第195話-2 彼女は大司教様に呼び出される
王宮とは異なる総石造りの構築物の中を歩き続ける事十分余り、どうやら大司教猊下の来客室に到着したようである。
「こちらになります。従者の方の控室はこちらです」
さりげなく一人にされる。扉の前の衛士が中に声を掛けると、どうぞと返事があり、中に通される。シンプルに整えられた執務室兼来客室は大司教猊下の趣味であるとすれば、良い趣味だと彼女は思った。華美なタペストリーやこれみよがしの巨大写本などは無かった。
「おお、わざわざお呼びだてして申し訳ないねシスター・アリー」
「いえ、大司教猊下に置かれましてはご機嫌麗しく存じます」
「はは、堅苦しい挨拶は抜きにして、まずはおかけください」
「ありがとうございます」
ふくよかで明るい調子の猊下だが、どこか重々しい雰囲気を醸し出すのはやはり高位の貴族の出身であるからだろう。子供の頃から身に着けたものは早々変わることはない。
お付きの司祭がお茶の用意を整え、まずはどうぞと勧められる。王宮に引けをとらない高品質のお茶である。
「これは寄進された物なのです。奢侈なわけではないのですよシスター・アリー」
「ええ存じております。神様にお供えするのには、手に入る最高のものをという気持ちは理解できます」
勿論、庶民だって寄進・喜捨はするが、安いものは下の者が消費するのだろう。大司教にはそれなりの物を回さないとおかしな話となる。まして、来客用でもある。
多少の世間話の後、今日の本題へと話が移っていく。
「吸血鬼討伐、ご助力感謝いたします」
「いいえ、今回は偶然初動で捜査が上手くいきました。とは言え、元凶は残ってしまいました。申し訳ございません」
「シスター・アリー……教会の騎士と聖職者であれば、数十人の犠牲が出ていたでしょう。聖騎士は王国にはそれほどおりませんし、討伐に出せるほどの人数を集めることは困難です。教皇庁から派遣していただくにしても、あの時期では恐らく到着前に大きな事件が発生していたと思います。ですので、大変感謝して居るのですよ」
改めて大司教は深々と頭を下げる。
「いいえ、王国の騎士として当然のことをしたまでですわ。頭をお上げください大司教様」
「はは、あなたは悪魔の化身である竜も倒された」
「いいえ、それは王太子殿下の行いです」
「半ば討伐が成功していたのを、譲られたとか……」
彼女は肯定も否定もすることはなかった。是が否かであれば是であり、否定すれば嘘になるので答えるのをやめたのである。
「それで、折り入って相談なのですが」
大司教は「今後、重要な活動の際、教会の協力者としてミサなどに参加をしてもらいたい」という事なのである。
「……私は聖職者ではございませんが……」
「はは、聖職者などというのは専業で神に仕える者に過ぎません。信仰心とは自分を省みずに人にどれだけつくせるかどうかです。あなたと、あなたのお仲間は十分に神に仕えているではありませんか」
王都と王国と王家の為に尽力するのがリリアル学院の在り方であるから、結果としてそうなるのは仕方がないだろう。
「ですが、私自身は未だ当主の仕事も学院の院長としての仕事も中途半端な状態です。まして、成人したての私がミサに参加することがどれほどの意味があるのか正直判りかねます」
教会がお布施集めの為に彼女を利用しようとするのなら、看過できない。とは言え、孤児院を通じて関係があるのは事実なので、完全に関係を悪化させることは望ましくない。
「あなたは誤解されている」
「……誤解……ですか」
「はい。民は不安を感じています。吸血鬼騒動もこれで終わりではないと、あなたも仰っているではありませんか」
吸血鬼が王国内に現れて、聖都周辺の村で事件が発生し村人や旅人、行商人がかなりの数犠牲になっている。また、アンデッド化した山賊も現れたという噂も流れ始めている。不安の種は正直尽きない。
「不安だからと言って、毎日を無為に過ごせるわけではありません。心に蓋をし、日々を生きなければならないのが民なのです。あなたの存在が、あなた方の存在が希望と癒しとなるのであれば、それは方便であったとしても神はあなた方を許すでしょう。勿論、私の詭弁もです」
パニックになりそうな気持を落ち着かせるための方便として、彼女の存在を利用したい……という事なのだろう。
「私自身は是非もございませんが、王家の封臣としての身分もございます。できましたら……」
「既に国王陛下にはご承知いただいておりますよシスター・アリー。あなたの仰る通り『方便』という面もありますが、民はきちんと見ております。あなたが何を思い、何を為しているのか。決して利用するための名声ではなく、あなたの行いがあなた自身の名を知らしめているのですから、恥じることなく堂々となさればよろしいのです」
我が意を得たりとばかりに笑顔で頷く大司教猊下。ここを訪問する以前に話は決まっていたという事なのだ。
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その後、彼女は別室に案内され、礼拝用の聖衣の採寸を行われることになる。担当の司祭曰く「『聖女』様としての荘厳さを引き立てる衣装でございます」と、予想外のダメージを彼女に与えてくるのである。
「……荘厳さ……ですか」
「ええ。大規模なミサでは、どこにあなたがいらっしゃるかが多くの参拝者には分かりかねます。国王陛下や元帥閣下がひときわ目立つ衣装で飾られるのは、多くの人が集まる場所で、その方はそこにいると正しく理解できる様に……という意味合いが強うございます」
制服が必要な理由と同様、遠目にもそこにその存在がいるという事を知らしめる為の衣装・演出なのだという事だ。
「ドレスを着慣れてらっしゃいますでしょうから、裾の長い礼装もそれほど問題ございませんでしょう」
「……多少はですね」
いざとなれば、身体強化で何とでもなるのである。多少重い装束でも問題はない。
「どのような場合、ミサへ参加する必要があるのでしょうか」
「大規模なものは必ずでしょうか。『復活祭』『精霊降臨祭』『降誕祭』のミサと、慰霊祭です」
「ああ……それは……」
御神子教における春の祭りと秋の祭りと言えば良いだろうか。春と初夏と晩秋にあるのだ。それと、大規模な死者の出た災害や戦争においては、その都度大規模なミサが大聖堂で行われる。それに参加せよ……という事なのである。
「何度か、足をお運びいただき、衣装を着て多少の練習が必要となりますので、その際はご連絡させていただきます」
「……かしこまりました」
衣装は正装と通常の訪問着的高位聖職者風の装束を身に着けることになるのだという。
「修道女の物ではダメなのでしょうか」
「お忍びの場合は構いませんが……正式に訪問する場合は、こちらでご用意する物でお願いいたします。遠目で見てあなたの存在がはっきりわかる物でなければ効果がありません」
「……承知しました」
益々周囲の目にさらされていくのかと思うと、流石に少々嫌な気持ちになってくる。今度姉に相談してみようかとも思う。周囲の目を集める事に慣れている姉なら、何か良い方策を持っているのではないかと。
『辞めておけ。あれは性格だ』
内心の声に『魔剣』反応する。
『それに、悪い事でもないぞ。お前に対する信頼が増せば増すほど、お前の「王都の守護者」の加護が高まるし、リリアルに所属する「騎士」の加護も増える。俺の持っている「魔術師の加護」もな』
『魔剣』曰く、周りから信用され信頼され信仰されるほどに、加護が高まり、その加護の効果がそれぞれの魔力や耐久力に反映するのだという。
「どの程度なの?」
『今は即死が免れる程度、魔力が数%高まる程度だ。なにせそれほどでもねぇからな』
王都の守護者の加護が耐久力、騎士の加護が騎士の魔力、、魔術師の加護が魔術師の魔力を高める効果があるのだという。ならば……少々恥ずかしいのではあるが、教会の仕事も積極的に受けねばならないだろうか。
「お勤め頑張るしかないわね」
『いいんじゃねぇの、今さら中途半端に名が知られているよりも、実際に必要とされ頼られる方がいい気がするがな』
それは……全く思わないわけではない。何より、この先において敵国と繋がる貴族やアンデッドとも直接対決する可能性が高いのだから、手に入る『武器』は教会だろうが、王国だろうが手に入れるべきなのだ。
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「あらー 大司教猊下からの依頼、引き受けたみたいねー」
「聖女になられたのですね!! とても素敵なことですわぁ!!」
仕方がないと思いつつ、仕事増えるなと憂鬱であったのだが、王宮へ伯姪と顔を出すと、王妃様王女様ともに『聖女アリー』の一大ムーブメントが発生しているのであった。
「聖女にちなんだ新しいお菓子とか、王都大聖堂土産にニース商会が開発するんですって~」
「楽しみですわぁ~♡」
「……」
彼女の知らない間に、姉が暴走しているらしいのである。
『聞いてねぇのかよ』
「言うわけないじゃない。姉さんよ!!」
この後、姉が企画する「聖女なデザート」品評会に強制参加させられる未来が待ち受けているのはまた別のお話。
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