第195話-1 彼女は大司教様に呼び出される

 孤児院の面談が進む中、王宮へ伺う連絡をしている間に大司教猊下からの呼び出しを彼女は受ける事になったのは想定外ではなかった。


「……で、今日は俺がお供なんでございますね、お嬢様」

「ええ。シスター姿の時はあなたが無難なのよ。他の子たちは忙しいのだしあなたが適任なのよ」


 言外に「お前暇だろ」と言いたい彼女である。とは言え、騎士学校に在学中は、歩人が連絡係として学校と学院を往復し、彼女の仕事をフォローすることになるので、彼女の従者として各位に認知される必要があるという理由もある。


 いつもの二輪馬車で大聖堂に乗りつける二人。流石に修道女の姿で正面から入るわけにもいかず、通用口に回ることにする。


「こんにちは。本日は大司教猊下のお招きにより参上いたしました。シスター・アリーと申します」


 シスターと名乗るものの、今だ十代前半と思われるシスターを大司教猊下が招聘するとは思えない。それに……


「本日の来客予定に、シスター・アリーという者は伝えられていないぞ。王都で最も神に近い存在である大司教猊下が、年端もいかぬ少女とお約束があるとは思えないのだが。確かなのか?」


 神に近いというのは……神の代理人である教皇の代理人ということであろうかと彼女は不遜にも考えていたりする。


「もしかすると、リリアル男爵であるかもしれませんね」

「そうか。……確かに男爵のお名前があるな。で、男爵様はどちらに」


 大聖堂の衛士は、目の前の修道女……それも未だ見習の年齢の少女が男爵様本人だとは思っていない。なので……


「目の前のシスターがリリアル男爵にして、仮の名をシスター・アリー。ヴァンパイア・ハンターとでも言えばいいか」

「……ヴァンパイア・ハンターの……た、大変失礼いたしました!!!」


 周囲の衛士が勢いよく頭を下げる。歩人は「どうだ、気持ちいいだろう?」とばかりのドヤ顔でイラっとする。


「では、案内をお願いいたしますわ」

「しょ、少々お待ちください。案内役の司祭を呼びますので、どうぞこちらの待合所にてお待ちください」


 勢いよく向きを変えると、衛士は先導し、大聖堂入口傍の個室に案内する。そこは質素ながらも趣のある椅子とテーブルが備え付けられている部屋であった。


「趣味が良いわね」

「……なんか、野暮ったいじゃねぇか」

「教会の待合所が貴族のサロンみたいだったらお布施もしたくなくなるじゃない。

その辺り、人間の機微がわからないようでは、まだまだ仕事が足りていないようね」

「勘弁してくださいお嬢様、死んでしまいます」

「そう。死んでもすぐなら多分生き返らせられると思うわ。それに、レブナントかエルダーリッチでも私は構わないのよセバス」

「俺が構います!! し、死なねぇから。まだ嫁ももらってないのに」

「あなた、このままだと不死者になるわよ」

「……いや、だから、なんでいつまでも嫁がもらえない前提なんだよ!!」


 歩人としては勤勉なのだろうが、人間としては十分に怠け者であるセバス・チャンである。


 


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 迎えに来た司祭の大仰な挨拶をさらっとかわし、彼女はいそいそと司祭の後ろをついて大聖堂の奥へと進んでいく。この場所は王都発祥の地であり、当時のルーテシア司教がロマン人と半年にわたり対陣した場所でもある。


「王都が破壊されたときも、この場所だけは守り抜いたのよね」

『ああ。古い王宮もあるだろ? ありゃ難民キャンプになってな。対岸のロマン人のいない側から命懸けで小麦を運び込んだ奴らとかいて……よく持ち堪えられたって今でも思うぞ』


 そういえば、聖都の先にある傭兵が補給を行っていた帝国の司教領も事の発端は、ロマン人の襲撃を見事に追い払った司教座のあった場所がそのまま残されて直轄領化したのが始まりであったと聞いている。


『貴族の子弟で司教を務めているものが多いから、ある程度はな』

「あの方たちを思うと、修道士は教会の騎士であるのよね」

『おお、聖征に参加した聖騎士達なんてのは、化け物並みだぞ。ニースの爺みたいなのがゴロゴロだな』

「……いやねその世界。生まれた時代が今で良かったわ」


 ジジマッチョだらけの聖征軍、聖地に向かう際にであう修道騎士たちは全員、汗臭い筋肉質の中高年……そんなのは嬉しくない。全然ない。



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