第186話-2 彼女はデビュタントの前に実家に戻る
久しぶりに子爵家に里帰りするつもりである彼女は、伯姪と祖母にその旨を伝え快く許可してもらうことができた。
「デビュタントで身に着ける宝飾品も確認しないといけないだろう」
「姉さんが引き継ぐ物は身に着けない方がいいのでしょう?」
前当主である祖母が身に着けたものを母が引き継ぎ、姉が更にそれを受け継ぐ事になるので、彼女自身は身に着けるつもりはないのである。
「いや、私の個人的にお前が身に着けた方がいいと思う物を預けてある。先の王太后様が王妃様であった頃に私が頂いたもんだから、子爵家の物じゃないからね。問題ないだろう」
「……それは……」
「話のタネになるさね。国王陛下のお婆様から祖母が頂いたものだと説明すれば、多少は喜ばれるだろう」
陛下はそうだろうが、厳しかった先の王太后様を王太子妃であった時代の王妃様は余りよい思い出とされていない気がする。特に侍女頭たちの反応から察するに。
「合うか合わないか自分で見て決めな。でも、お前に譲ることは決めているから自分の物だと思っていいんだよ」
「ありがとうございます。大切にいたします」
祖母は笑って「形見分けの前払いだよ」と付け加えた。
早速子爵家に手紙を出し家に戻る旨を伝える。翌日には返事があり、いつでも構わないが事前に知らせるようにとのこと。デビュタントの件のほか、今後の子爵家の話をするにも良い機会であるという事で家族で夕食を共にし、話をすることになりそうだ。
彼女は次の週末にと伝える。週末を家族で過ごし、食事を共にし神に感謝するのは御神子の教徒としては普通の習慣だからである。
そしてなぜか姉が来た。
「お、妹ちゃん、今日はお姉ちゃんが迎えに来ましたよ!!」
「……なんでわざわざ……」
「蒸留所の進捗状況の確認だよ。まあ、盗賊や魔物はこの辺り近づけないから問題なさそうだけどね」
大猪に狼人がいる時点で、非常に強力な魔物以外はあえて近づかないだろうし、そもそも王都周辺にそのような魔物が出れば一大事である。
蒸留所は総石造りとするため、基礎からかなり時間がかかりそうなのである。城塞並の作りとなるので、前哨砦扱いも可能かもしれない。
「温度とかの変化考えると、石造りの城塞みたいになっちゃうよね。王国の西側でも修道院とかがワインのセーラーやってるところが多いし、そこで蒸留酒を作っているところも多いね。コニャックとかそんな名前のさ」
「聞いたことがあるわね。それに、あの修道院跡になっていたノーブルでも『エリクサー』という名前の酒精を用いたポーションを作成していたようね」
レシピを見つけることができなかったものの、地元を含め南都やサボア領、ニースでも有名であった万能のポーション。『生命の水』などとも呼称されたようなのである。
「特濃ポーションにアルコールを添加して吸収効果でも高めたのかな。あんまり、お酒と一緒に飲んで体にいいとも思えないけどね」
「レシピが欲しいわね」
生成途中に爆発することもあり、修道院から離れた工房でやがて作られるようになったとかいう話もある。爆発するポーション、どんだけなのだろう。
姉と彼女が話していると、狼人がやってきた。
「お、今日もWILDだね君」
「……まあ、人狼半分入ってるからな。それで、あのポーションのレシピの写しなら俺が持っているぞ」
「……耳寄りな話ね。それなら、『伯爵』に最初の一本をあなたからの献上品と言って渡すことも考えるのだけれど」
「おお、ようやく我主様にお喜びいただけることが!!!!」
「流石にゴブリンとコボルドの兵隊じゃ……嫌だよね」
「気が利くのか利かないのか微妙なのよね、このワン太」
「ワン太言うな!!!」
そこに伯姪が加わって『ワン太』呼ばわりされるまでがお約束である。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
子爵家に到着すると、使用人全員がお出迎え、更に両親もそこにはいた。
「ようこそ、『王国副元帥』にして、『聖女』リリアル男爵様」
「お会いできて光栄ですわ」
「……二人とも冗談はやめてちょうだい。姉さんの悪影響かしら。次期当主が不安で仕方ないわ……」
この家を離れて二年ほど、その頃は姉が話題の中心で彼女はおまけの存在。デビュタントも済ませ、早々に夜会の華となった姉が子爵家の中心であり、彼女は周辺であり存在感など皆無であった。
とは言え、その後の話からすると変に姉に対抗意識を持たせないために別々の将来像をすすめたという事であり、結果が今の状態なのは……良かったのか悪かったのか微妙である。
「早速だが、最近の話を聞かせくれるか。色々あったのだろ?」
「ええ、色々ありすぎて……夕食の時にでもお話いたしますわ」
「……お帰り」
「只今戻りましたお父様、お母様」
随分久しぶりに二人と顔を合わせたものだと彼女は思うのだった。
何度か子爵邸には顔を出しているものの、両親とはすれ違いだったり、顔を合わせずじまいであったこともある。家族四人が揃うのは二年振りのことであろうか。
「そういえば、婚約した時以来かしらね」
「そうだね。お母さんはともかく、他の三人は超多忙だしね」
「……そんなことないわよ。私もあなたたちの為に社交がそれなりに忙しいわ」
対抗したがりなのは姉と母の共通の部分でもある。
「学院はどうなのかな」
「……それなりに順調です。生徒も増えて、卒業した薬師たちのおかげで王都の施療院や孤児院の状況も良くなっています」
「それは耳にするね。明らかにヨレヨレの孤児たちがいなくなったし、怪我や病気で働けずに生活できなくなる人も減って王都が明るくなったって。おかげでニース商会の商売も右肩上がりだしね!」
「……リリアルに還元しても罰はあたらないのよ姉さん」
「設備投資してるじゃない?」
「利用する気満々でしょうが。図々しい」
「二人とも随分と会話するようになったのね。一時期、すれ違いも多かったから姉妹仲が心配だったのだけど、大丈夫そうね」
母の知る二人の間は、ひたすら薬師の仕事(に隠れて錬金術の練習)をする何も言わない妹と、デビュタント直後から社交界の華となり家を巻き込んでいく騒がしい姉という印象なのだろう。今も変わらないが、周りが変化しただけなのである。
「仕事の話ばかりだけどね」
「うんうん、けっこう一緒に出掛けてるよね。南都とかも一緒だったし」
「そうそう、ドラゴン!! 見たわよ!! 凄いわね、王太子殿下と一緒に討伐したのでしょう?」
実際は、リリアルが痛めつけて止めを王太子が刺して華を持たせたのだが、その解釈で問題はない。
「ええ、その功もあって『副元帥』などという大それた名誉まで授かりました」
「将軍より上の位で、上は元帥と大元帥である陛下のみ。リリアルを利用しようとする貴族たちから守るための策とは言え……過ぎた身分だな」
「おっしゃる通りです。荷が勝ちすぎるので早々に結婚して返上したいものです」
「……あれは死ぬまで返上できないぞ。名誉称号であるし、『英雄』として王家が認めた証だからな」
父の言葉に内心『嘘、誰か嘘だと言って!!!』と叫び声を上げる彼女である。
「いや、お姉ちゃんも『英雄の姉』で鼻が高いなー」
替われるものなら替わりたいが……学院生と祖母に負担がかかるのでそれは無理筋だろう。替われないけれど。
「今日確認しておきたかったのは、お婆様から私に譲られる先代の王大后様から頂いた宝飾品の件です。デビュタントで身に着けるようにと言われております」
「おお、それなんだが、デビュタントのエスコートは王太子様がこちらに迎えに見えられることと聞いている。王妃様直々にお前のドレスのデザインを指示されているのだろう」
「……畏れ多いことにですが」
「えー すごいね妹ちゃん。王妃様のドレスに王太子様のエスコート……超目立つじゃない! うらやましーなー」
「……替われるものなら替わりたいのだけれど」
エスコートは替わりたいのだ。どの道、これ以降は夜会への参加は任務のみとなるであろうし、名も知れぬ貴族の娘として潜入するくらいであろう。
「それで、ドレスに相応な装飾品は王太子様がお前に下さるのだそうだ!!」
「さらに倍率ドン!! って感じで目立つね~♡」
「うう、ご先祖様も喜ばれている事でしょう。畏れ多くも王太子様がエスコートのみならず、装飾品まで下さるとは……(涙)」
母は本気で涙ぐんでいる。横でもらい泣き風にヨヨヨ泣きしている姉に腹が立つ。
「なので、お前は子爵家に前日昼過ぎに入るように。ニース男爵令嬢も先の辺境伯様がお越しで、先代様ご夫婦と従兄の騎士団長殿がエスコートするから、お前ほどではないが注目される。まあ、お前が最後の入場となるだろうがな」
本来であれば、爵位の低い順の入場となるので、伯姪は最初の方であり、彼女も前半で隅っこで目立たぬように振舞う予定が、エスコート相手が最上位の方である故、公爵令嬢より後の入場が確定である。
「……絶対恨まれるじゃない。今年はどなたかいらっしゃるのでしょう?」
「そだね、ギュイエ公爵家のカトリナ様が今年デビュタントのはずだけど……今回が今年初めての王家主催の夜会ではないから大丈夫でしょその辺」
ギュイエ公爵は王国南西部の外海に面する豊かな領地を持つ王家の支族にあたる。王女殿下を除けば最後に紹介されるべき淑女と言える。
「確認しなければならないわね」
「……もし被るなら、何らかの意図があってだから、回を変えるの多分無理だよ妹ちゃん」
姉の言葉に父である子爵が頷く。その通りであるのだろうが、王家の内輪もめに自分を利用しないでもらいたいというところが彼女自身にはある。
「原神子派が強い地域だからね。王家としては余り弱腰だと思われたくないので、敢えて強く出るつもりなのかもしれないね。王国南部は南都もそうだが南西部も連合王国や神国との関係も浅くない故に、王家とは違う行動をとりやすいから少々、手を打ちたいのだと思う」
個人的に王家の分家である公爵家に恨まれるのは御寛恕願いたいのだが。
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