第183話-1 彼女は森の中の石の砦に吸血鬼を叩きのめす

「ちょっとちょっと大丈夫なのかよ!!!」

「平気平気。どんどん行こう!」


 グールに囲まれないように左右に走り回りながら、次々スマッシュヒットを頭に叩きつける姉。不屈のフレイル魂!!


 その後方で、『猫』が膝から下をバッサリ斬り落としていく。倒れたグールの頭に、鍬を振り下ろす要領で歩人が斧を叩きつける。


「うんうん、なんだかそのスイング、とっても似合ってるよ!!」

「グールの生えてくる畑とか、ぜっってぇ嫌だ」


 中庭は既に足の踏み場もないほど、グールの死骸で埋まりつつある。


 討ち漏らしたり、姉たちから距離のあるターゲットは円塔上の赤目銀髪の複合弓から放たれた魔銀の鏃が次々と倒していく。その背後では、円塔を登ってくるグールを警戒し、赤目蒼髪がブージェを構えている。


 中庭で倒されているグールの数は凡そ二十体ほど。城壁内の居室や通路で倒されているものも含めると既に半数が討伐されていると思われる。





 円塔の内部に残るグールを魔力走査を用いて確認した彼女は、円塔を駆け上がり、踊り場にいる二体のグールに斧を下からかち上げる。浮いたグールの体を蹴り倒し、そのまま身体強化したブーツのかかとでその頭蓋を踏みつぶす。


「意外といけるわね」

『段々容赦ないよなお前』


 もう一体は茶目栗毛が柄の中ほどと末端を両手で持って短いスイングで首元に叩きつけ、首を難なく斬り落とし討伐を完了する。


「次に行きましょう」

「ええ。あなたに次は先手をお願いするわ」

「了解です」


 茶目栗毛は軽やかに階段を降り、先ほど討伐したフロアより一つ上の通路を移動する。居室は退魔油球に火をつけ投入し、出てきたグールの頭を片端から叩き割っていく。出入口は構造上狭いので、頭を出した先からモグラ叩きよろしく弾き飛ばしていけばいいので、簡単である。





 彼女はグールの襲撃を排除しつつ、効率的な討伐の方法を模索していた。


「……これは効果が薄いわね」


 片手斧の突出した先に魔力を通して突き刺すものの、効果は普通の槍と変わらず、完全に首を斬り落とすには至らない。


「はあっ!!」


 暗器である魔銀鍍金の分銅付きチェーンをグールに絡め、力をこめて引くとあっさりと首が引きちぎれる。力技じゃないんだからね!!


「先生……それは」

「魔装鍍金のチェーンよ」

「護身用の暗器ですか。ワイヤーの両端に手のひらに収まる串のようなものを付ける装備も存在しますよ」

「……参考にするわ」


 恐らくは携行用の暗殺用具、絞殺具の類だろう。この場合、吸血鬼やグールの討伐には時と場合によっては有意かもしれない。剣が振れない空間、組み付かれた場合などである。


「先生なら、素手で『衝撃』を頭蓋に叩き込めば問題ないでしょうけれど……」

「こうかしら?」


 目の前のグールの真横に移動し、体を預けて壁に突き飛ばしつつ掌を側頭部に当てて『衝撃』を発生させると壁と挟んで叩き潰す。


「でも……気持ち悪いもの」

「……そうですね。訂正します。問題はあります」


 



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その頃、伯姪は……


「ほいっ」


 ボス……ガキッ……どさ


「……えげつねぇ」


 グールにマントを被せ乍ら斧で頭を叩き割っていく。魔装布のマントは常に身に着けているものの魔力を帯びている。故に、アンデッドにとっては電撃殺虫器のような効果をもたらしている。スタンガンではなく殺虫器。


「まあ、このマントは再利用できないかもね」

「なら、拘束具に流用すればいいじゃないですか」

「良い判断ね。後で使い道も考えましょう」


 そういう青目藍髪は、スカーフ状の魔装布を斧の柄の部分に巻き付け魔力を垂れ流しながら振り回すことで、斧頭以外のヒットもダメージに変える工夫をしている。


「ほんと、魔力多いからって調子乗んな!」

「えっ、そんなことないですって。無理しないで何時もの剣でもいいじゃないですか」

「剣の部分でダメージ入りにくいから駄目よ。こいつら無駄に装備良いんだから」

「確かに。元傭兵のグールは装備しっかりしてますよね。でも、なんでこんな……」


 青目藍髪は疑問に思うようだが、伯姪は何となく理解していた。


「傭兵団ってのは……まあ隊長ありきなの。そいつが団員を上の吸血鬼に売り渡して、自分だけ仲間に入れて貰った。そんなところじゃない?」

「……何とも言えませんね」

「食わせる義務があるからね。食わせられなきゃ最悪自分が殺される。だから、その前に打てる手を打った。自分は永遠の命、部下は飯食わぬアンデッド。効率いいじゃない」


 傭兵隊長は世渡り上手でなければならない。部下も資産のうち。無駄に戦で消耗させないことが大切だがここ一番で思い切れないのでは意味がない。


「傭兵隊長から吸血鬼の従属種でしょ。転職先は悪くないと思うわ」

「命の危険も減りますし、支配種は貴族様って言うのであれば貴族の執事みた

(改行不要)いな仕事ですかね」

「いいえ、この場合、精々下男でしょうね。使い走りの使い捨てよ」


 永遠の命を与えられ、人を超えた吸血鬼のパワーを手に入れることに成功した者は最初の時期に討伐されてしまう事が少なくない。自らの力を過信し、見つかり易くなるからだ。その辺りも考え、旧来の側近である『吸血騎士』は温存し、新規の傭兵隊長を前線に投入しているのだろう。


「その辺り、上手く煽れば、情報が引き出せるかもね」

「……やっぱ、生まれ育ちって大事なんですかね……」


 青目蒼髪は傭兵の中では出世した団長でも、使い捨ての吸血鬼になる事を選んだことを考え、暗い気持ちになる。


「はは、仲間裏切った時点で先はないよね。自分の手足を差し出して、頭だけ生きて行けるわけないじゃない? 傭兵隊長だからじゃない、その人間が駄目なんだよ!!」


 青目蒼髪は周りの環境が変わっていないから気が付いていないが、彼は既に王国では騎士爵、つまり貴族の末端なのだ。騎士爵に関しては未成年でも爵位をいただいた時点で成人と見なされる。これは、元々戦士であった貴族が戦場に出れる年齢=成人と定めていたことに由来する。


 男爵以上の貴族が、自らの子弟で役に立つと思うものであれば十五歳未満でも自分の持つ騎士爵位を与え『みなし成人』とすることができる。リリアル学院生の騎士爵にはそういう王国側の思惑もある。


「こんな奴らにならないように頑張らないとさ」

「もちろんですよ! 他に行く当てもないですし」

「可愛くないわね。でも、ここから離れたらボッチ確定だもんね」


 孤児には地縁血縁後ろ盾はない。騎士爵程度では傭兵になるしかない。なら、今とやっていることはたいして変わらない。仲間とやるか、一人でやるかの違いでしかない。


「装備もいいし、嫌いじゃないですよ」

「まあ、あんたそこそこいい顔してるんだから、これからに希望を持ちなさい。同期は無理っぽいけど」

「はあぁ、なんとなくわかります。一応最年長のはずなんですけどね」


 茶目栗毛と比較されるからかもしれないが、青目藍髪は魔術師見習達の間では「弟枠」扱いなのだ。それこそ、赤毛娘まで。赤毛娘は面倒見が良いので、どっちが年上かわからないということもある。


「二期生の面倒はせっせとみることね」

「うー まあ、薬師の人と仲良くします」

「嫁にはそっちが良いかもね」


 南都にも同行した薬師娘たちのように、自衛も出来て薬師としても見た目も優秀、家庭的な超優良物件。騎士の妻にはふさわしい気もする。いや、絶対相応しい。


「俺、この討伐が終わったら……」

「止めておきなさい。実際終わってからにして!!」


 無意識に不吉なことを呼びよせるものではない。こんな調子だが、二人は既に十数体のグールを仕留め、止めの首刎ね中なのである。



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