第175話-2 彼女は女吸血鬼で『魅了』について実験する
翌日、朝早く彼女は老土夫の工房を訪れた。バックラーのボスやフランキスカの調達と鍍金をお願いする為でもある。数は多めに頼むことにした。可能であれば、騎士団や冒険者の魔力を持つ者にも使ってもらいたいからである。
「吸血鬼か……厄介なのが紛れ込んでるな」
「ええ。それも、聖都の周辺……首魁は内部にもいます」
「……では、十分に準備せんとな」
彼女は、吸血鬼にダメージを与える武器について、フレイルの魔銀ヘッドを考えていた。それも、モーニングスターや、ボール&チェーンと呼ばれるもののヘッドの流用である。
「ほお、魔銀のあれか」
「ええ。暗器として使おうと思いまして」
彼女は老土夫に吸血鬼用の武具をいくつか試作してもらう事を考えていた。吸血鬼を殺すには心臓と脳を破壊する必要がある。例えばバルディッシュのような大きな刃で首を切り落とし、心臓と脳を破壊することは容易だろう。
ただし、使用条件が限られてくる。魔装銃は連発できないから、それも一気には限界がある。
「これですね」
モーニングスターの一種である『スコーピオン・テイル』と呼ばれる棘のついた数個の鉄球を鎖で繋いだフレイルの一種ともいえる。
「これ全体を魔銀鍍金すればいいんだな」
「ええ。中央を握れば左右から挟み込むこともできますし、片方を伸ばせば遠間からでも攻撃、鎖の部分で縊り殺すことも可能ですし、スリングのように投げつけることも可能です」
「……考えつくのが恐ろしいな……」
暗殺者の暗器としては普通の物だと茶目栗毛には聞いている。あごの線に沿って皴に隠れるように絞め殺して暗殺に見えにくくするとか……盛りだくさんだ。
「数はどのくらい作る?」
「騎士の位を持つ者全員分ですか。予備も含めて……十二個ほど」
「一週間、いや、五日で仕上げよう。つてを頼れば物は見つかる。後は鍍金の手間だけだからな。なんなら、フレイルの部分も作っておくか。行商人か旅人に見えるようにだな」
「ええ、それはありがたいですね。フックもよろしくお願いします」
「おう、任せておけ。新しい酒は、新しき皮袋だ」
何のことかと思いつつも、彼女は「お願いします」と工房を後にする。
午前中の日課が終わったところで、今日はリリアルの女子メンバーで吸血鬼の実物の確認に駐屯所で向かう事にする。とは言え、希望者は薬師や使用人、それに……
「お、俺も武器を作る上で参考にしたいから!!」
そういえば、癖毛はまだ会わせていなかったと思い、許可する事にした。
「あんた、美女の吸血鬼を想像しているならおあいにく。普通の元冒険者の女だからね」
少々年を取っているので「ギリギリお姉さん」である。
「ば、ばっか、そんなの関係ねぇから! お、俺は……『多分魅了されるよ』……な、訳ねぇだろ。俺も魔力結構あるから、弾けるだろ!」
いや、それはそうとは限らないと、彼女はこの後思い知るのである。
先ずは、魅了の確認の前に、吸血鬼の実際の反応を見せる事にした。
「吸血鬼の中で、この個体は最下位の『隷属種』です。主人は『従属種』。劣等種はグールのみ生み出すことができるので、噛まれても死ななければ何とかなる……というところね」
ポーションを持っていれば、最悪何とかなる相手だ。
「それで、吸血する『鬼』なのだけれど、スイッチが入るとかなり危険ね。では皆さん、少々離れてもらえるかしら」
彼女は先ほど〆ていた鶏の血を持ってきていた。
「これは、先ほど〆たての鶏の血だけれど……飲みたいかしら」
『………ノミタイ……』
捕獲されて四股もない状態で放置されているので、何でもいいから血が飲みたいというところなのである。
「さて、これを与えることにします」
彼女は、テーブルを出し深皿の中に鶏の血を満たす。それを顔を近づけて飲み始める女吸血鬼……かなり怖い絵面だ。
血の匂いを感じた時点で顔が変わる。それまでは顔色の悪い人間の顔であったのが、目が切れ上がり口が裂け、犬歯が大きく伸びる。筋肉も隆起し、もし完全な体であったら、非常に危険であったと思われる。
「このように、血を吸うと、もしくは血を口にすると……完全に「狂化」するのでしばらくは非常に強い力と瞬発力を発揮するようになるみたいね」
仮に、グールにでも襲われた人間の血に興奮し「狂化」したとすれば、非常に脅威であり、それも素手で組み付かれる場合、体力勝負となり分が悪い。
「なので、気配を隠蔽し、魔力走査で先に吸血鬼を発見し、興奮状態になる前に仕留める必要があります」
「……こんなの目の前にしたら……固まっちゃうかも……」
気の弱い藍目水髪や碧目栗毛が涙目である反面、使用人・薬師のメンバーはキャーキャー言って喜んでいるのは、実際相対する可能性が低いからだろう。まあ、そうでないと会った瞬間、彼女らはグールになることだろう。
「それと、隷属種が従属種に進化するためには要件があるみたいなのね。それは……『純潔』の人間の血を死ぬまで飲みつくすこと。数は不明だけれど、従属種には多分五十人分の魂、支配種には五百人分の魂が必要みたいね」
全員が『純潔』であるようでさっと顔色が変わる。女所帯で隔絶した学院なのでそれはそうなのだろう。因みに、伯姪も貴族の娘なので『純潔』を結婚までキープしているようで何よりだ。意外と身持ちが堅かった。
「さて、では吸血鬼の『魅了』を試してみましょうか」
少し落ち着いた女吸血鬼の前に癖毛を座らせる。昨日の騎士たち同様、体を魔装縄で固定するのは勿論なのだが、彼女がその縄を握る。
「合図をしたら相手の目を見て、逸らさないように」
「お、おう!」
癖毛は女吸血鬼と目を合わせる……
「あ、馬鹿! なんで魔力馬鹿のあんたが『魅了』されるのよ!!!」
背後に立つ彼女の代わりに癖毛の顔を観察していた伯姪は大声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます