第174話-2 彼女は聖都を後にする
「おいおい、本当に吸血鬼なのか」
「その前に、魅了の耐性・対抗方法を持たない騎士は絶対に近寄らせないようにしてください。出来れば、尋問は同性の騎士にお願いさせてください」
「あー 女騎士か……近衛でない限りいないんだ」
警邏の中に女性騎士を見かけたことは確かにない。近衛騎士は王族の女性の身辺警護のために採用しているのであろうから、騎士団の捜査に加わるとも思えない。ならば……
「依頼を出してみるのはどうでしょう。薄赤の女僧侶なら適役だと思います」
「おお、あの真面目そうなちょっと……な娘な。騎士学校卒業しているわけだから、普通に呼び出せばいいな。冒険者ギルド経由で」
魅了は目を見つめなければかからないので、皆、目を反らせておけば問題ないだろう。また、騎士隊長クラスの人間であれば、隷属種の『魅了』は弾かれる可能性が高い。薄赤の戦士・野伏も同様だろう。剣士は危険だと思う。
「吸血鬼の尋問が終わりましたら、リリアルで回収してもよろしいでしょうか」
「なんだ、教材か? そりゃ、騎士団でも必要なんだが……」
「では、リリアルの駐屯地預かり……では如何でしょうか」
騎士団長はしばらく考えると、「なんかあった時に頼めそうだからそうするか!」と簡単に決めるのであった。
「取り返しに来たりするか?」
「いいえ。兵隊ですから、使い捨てだと思います。これが、直接派遣した指揮官クラスでなら可能性はあるでしょうが」
「ほお、因みにどんな感じの奴か知っているのか」
騎士団としても聖都の件を放置できず、御神子教の聖騎士の派遣を了承するとともに、自分たちもある程度の戦力を聖都に展開するつもりなので、その辺りの情報が欲しいのだろう。
「一人は指揮官クラスの『騎士』ですが、帝国傭兵風の派手ないでたちの浅黒い肌の長身の男です。聖都で見かけました。恐らくですが」
捕らえた女吸血鬼にカマをかけ、結果、推定したというところだと説明する。
「今一人は……恐らく若い娘の劣等種上がりの従属種……だと思われます」
「それは、危険かもしれないな。『魅了』の護符を肌身離さず、若い娘に言い寄られないように必ず二人一組……といったところか」
『あとは、目を合わせねぇって所だろうな。魅了は目を合わせて掛けてくるから。その対策の練習だな』
目を合わせて相手を探るのは、騎士では当たり前の事であるし、そもそも、目を合わせないのは不審がられることもあるので、要注意でもある。
「一先ず、先の女吸血鬼で練習……させましょうか」
「おお、先ずは、リリアルの少年たちからか」
「……魔力が強いので、多分弾かれますよ彼らは。試してはみますけれど」
吸血鬼の魅了も、より強い魅了か魔力を叩きつければ正気に戻る。つまり、『衝撃』を当てれば大概は改善する……はずである。
「じゃあ、早速、行くか!!」
彼女は何事かと思ったのであるが、騎士団長は『これから若い奴らに吸血鬼の恐ろしさを伝授するのだ』と大乗り気なのだ。
二輪馬車と騎士団長以下数人の幹部はリリアルにある駐屯所まで共に移動することになった。既に、夕方となる時刻であり、早くリリアルで夕食を食べたいと彼女は思っていたのだが……
「リリアルの男子を連れてきてもらえるか」
「……承知しました」
樽の中の吸血鬼と彼女を降ろすと、歩人は彼女の使いとして男子生徒を呼びにリリアルに馬車を向けた。
しばらくすると、騎士団の中が騒がしくなる。
「お帰り、吸血鬼捕まえたんだって?見せて見せて!」
伯姪が茶目栗毛と青目藍髪を連れて駐屯所に現れた。因みに、伯姪は騎士団で人気者なのである。彼女は……恐れられている。男爵であり、先日『副元帥閣下』になられたのでなお一層である。
「さて、先ずは女性から試してもらおうかな」
達磨化された女吸血鬼が樽から引き出される。猿轡に目隠しされた状態で椅子の上に魔装縄で縛り付けられる。
「ではごたいめーん☆」
軽やかなテンションで、伯姪が猿轡と目隠しを取る。
『ななな、何だあんたたち!』
「ここは騎士団の分屯所、あなたは誰?」
「誰だっていいだろ!いえ、す、すいません、ごめんなさい。だから、銃の引き金を引かないでください。お願い……」
うるさいので、短銃の銃口を後頭部に押し付けている彼女がいる。
「あのね、『魅了』ってできるよね。できるなら頷きなさい」
女吸血鬼達磨はコクコクと頷く。
「では、先ず彼女からやってみて」
「目を合わせればいいかな?」
吸血鬼は魅了を掛けるようだが、上手くいかない。
「無理だ」
「やっぱり異性じゃないとダメなんだ」
「……いや、そんなことはないよう……です」
曰く、支配種レベルの高位になると性別を問わず加護を持たない存在や魔力を持たない存在は操れるという。加護持ち・魔力持ちはその内包する物の影響で左右されると聞いているという。
「じゃあ、次は……あんたね」
「承知しました」
茶目栗毛が女吸血鬼の前に立ち、目を合わせる。吸血鬼は赤い目に力を込めているようであるが、その魅了にかかることはなかった。
「……やっぱり、『純潔』の少年は難しいかもしれない」
『純潔』というか、茶目栗毛は純暗殺者ゆえではないかと彼女は思うのである。
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