第162話-2 彼女は王太子と王都に帰還する
「これからは騎士様と呼びなさいね」
「……なんだよ、俺だけ仲間外れかよ」
「そんなことないよ。リリアルの魔術師見習はみんな『従騎士』だし」
「男で俺だけ騎士じゃねぇって話だよ!!」
「だって、鍛冶師……」
「「「「「違いない」」」」
あー 騎士は男のロマンなんだよ!! と絶叫する癖毛を皆で弄り倒している。
『タラスクス』討伐に参加した結果、黒目黒髪・赤毛娘・茶目栗毛・赤目銀髪・赤目蒼髪・青目蒼髪の六人は揃って騎士爵となる。特に、赤毛娘は僅か十歳で騎士爵となるのである。十歳で黒等級の冒険者も異常だが、騎士爵も記録に残る叙爵となるだろう。
「お前たちも留守番じゃきゃ、騎士だったんだぜ」
「……羨ましくないよ」
「そうそう、女騎士とかかっこいいけど、自分の柄じゃないし」
碧目栗毛と藍目水髪は予想通りの平常運転である。騎士になれば可愛い騎士さんであったろうが、少なくとも魔術師見習は『従騎士』並なので十分凄い事なのだ。
「大体、『従騎士』だって騎士団では主戦力だからね。半分くらいは従騎士さんたちだし」
「そうそう、あんたも『従騎士』なんだから、剣くらい扱えるようにならないとね」
「ばっか、男は拳で語り合うんだから、いいんだよ。拳最高!!」
いやいや、それは修道士とかだから。騎士は剣が標準装備だし、リリアルの魔術師見習には全員サクス支給しているから……と彼女は内心思う。
「それより、ドラゴン相手に無事でよかった。聞いた時には恐ろしかったね」
「ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。南都を守るためには他に
手段がありませんでした」
「いや、王太子殿下をお守りできたことは誇るべき事さ。みんな、胸を張って騎士になるがいいさ。私も院長代理として鼻が高いってものさ」
王妃様の庇護があるとはいえ、騎士団以外からは『孤児院』扱いされているリリアル学院である。彼女の知らないところで祖母や使用人の人達が嫌な想いをすることもあるのだろうと感じている。それが、王太子殿下をお守りし、南都をドラゴンから救ったと公式に認められるわけであり、更に騎士爵がゴロゴロといるとなれば、孤児院出身であろうが身分的には貴族様の端くれとなる。もう、馬鹿にすることは……相当に『勇気ある行為』となるだろう。
「あんた達のやっていることは王国と王都を守る騎士様の仕事なんだから、騎士になるのは当然さね。うちもそうやって平民から騎士、騎士から男爵・子爵になったわけだからさ。元はといえば孤児の子孫、みんなと同じだよ」
「……孤児ばっかりだねリリアル」
「「「「そうそう!!」」」
祖母の言葉に皆が頷きなんとなく笑いあう。孤児だって、ここにいるメンバーが皆家族なんだから、関係ないんだと思えるのである。
「さて、久しぶりの学院飯を堪能しようかな」
「あー 御馳走も毎日だと飽きるよね」
「ふざけんな! 俺も言ってみてぇぞ!」
「無理よ、あんたテーブルマナーで撥ねられるから。追い出されるわよ」
「なんだと!」
「「確かに」」
癖毛は不器用なので、食事のマナーもギリギリラインである。正直、貴族の会食に同席させられるレベルではないのは自身も良く分かっているだろう。そう考えると、魔熊使いは……貴族的な振る舞いが板についていた。
久しぶりの学院の夕食は、決して豪華なものではなかったが心と体に優しい食べなれた食事であった。野菜と肉の入った具沢山なスープにパンとチーズ、少々の果物と平民としても豊かな商店主や職人ほどの食事である。
「騎士様の食事としてはお粗末様でしょうか?」
と、ふざけて聞かれるが、そこは何故か祖母が『騎士は粗食さね。但し、量は多くていい』と答えていた。確かに、子爵家の日ごろの食事は余り豪華であった記憶がない。姉の夜会好きはその辺りもあるのだろう。美味しいものが沢山提供される……立食だが。
「そうすると、礼装が必要じゃないか。騎士様なんだから、リリアルで騎士の礼装を揃えないとじゃないか」
「……そうですね。この際、王妃様ともご相談させていただいて……良い物を揃えたいと思います」
「それは良いね。騎士と従騎士は飾り違いにすると良いだろうね」
肩章などの飾りの有無でという事だろうか。こういう時に伯姪や姉が王都に不在なのは少々痛いと思うのである。二人は彼女よりその辺り詳しい。
「騎士団か近衛騎士の制服をベースに、女性も着用が可能なデザインという感じだろうね。制服屋を呼べばいいさね」
「……なるほど」
騎士団の制服は幹部クラスになると自前で仕立てる事になる。故に、カスタマイズすることもあり、配色やデザインのルールはあるものの、ある程度アレンジが可能となる。その為に、制服専門の仕立屋が存在するのだ。
彼女は早速、翌日に騎士団長経由で紹介状を貰い、仕立屋を訪れることになった。高位の冒険者の礼服なども扱う割と敷居が低く、柔軟な仕立職人の店を紹介してくれたそうだ。
「これはこれは、リリアル男爵様。先日のドラゴン討伐のお噂、伺っております」
「……恐縮です。王太子殿下の露払いを務めさせていただいただけですわ」
柔らかい口調に反して見た目はジジマッチョ並みの筋肉質。仕立屋というより鍛冶師のように見える。
「驚かれましたか? 制服は生地が分厚いのでドレスの仕立屋よりずっと力が必要なのです。故に、この筋肉が必要となります。勿論、お相手するお客様にこの姿の方が信用される……ということもありますが」
流石脳筋比率の高い騎士や冒険者相手の仕事、『筋肉は口ほどのものを言う』
とでも言えばいいのだろうか。
制服のデザインは騎士団は軍編成に移行時そのまま使用できるタイプの色合いなので近衛の制服の色違いに近いものを考える事にした。色調としては騎士団が紺黒、近衛が赤黒に対し、リリアルは青紺を考えている。
「女性の方も多いと聞いておりますので、青は明るめの色で顔色が映えるようするのはいかがでしょうか」
「……ではそれで試作を。私がモデルでもよろしいでしょうか」
「承知いたしました。早速、そちらで採寸を」
採寸は女性が行ってくれるようで何よりである。但し、一言注文を加える。
「制服の下に胴衣を着用することになる可能性がありますので、その分、胸周りは余裕を持たせるかサイズを多少変えられるように調整代を持たせてください」
「承知しました。サイドを金具で締めるタイプのデザインにします。胴衣を着用するときは金具を緩め、ない場合は締めるという事で。先ずは試作させていただきます」
最終的な期間は1か月ほどになるだろうか。試作に一週間、その後調整して全員分を特急で仕上げてもらえることになった。
「お手数おかけします」
「いえいえ、ドラゴン討伐のリリアルの騎士様たちの叙爵に着ていただける礼服ですから、職人たちも一生の記念でございます。みな、張り切っておりますから、楽しみにしてください」
王太子の衣装を手掛ける事は無理だが、それでも、同じ場所で賞される騎士の制服を手掛けるというのは職人冥利に尽きるのだろうと彼女は思うのである。
彼女は、その足で冒険者ギルド時代から贔屓の武具屋へと向かう。それは……
『帯剣するのに、普通の鞘だと制服に合わねぇぞ。普通は礼装用のものを誂えるもんだ。間に合うかどうかだが、鞘だけならスクラマサクス用に揃えて頼めばなんとなかなるかもな』
という事である。礼服が豪華であるのに、剣が冒険者のそれでは合わない。短剣であるサクスは制服に着けるように、また、スクラマサクスは体に吊るすように整える事になるだろうか。
最近は老土夫の工房での調達ばかりとなり、直接相談することのなかった彼女の久しぶりの訪店に、いつもの店員は大いに驚く。
「アリー……いやリリアル男爵様、ご無沙汰しております。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「ふふ、今まで通りアリーとお呼びください。実は、この度学院生が騎士の爵位を賜ることになり、王宮に呼ばれております」
礼装を整えるので、それに会うサクス及びスクラマサクスの飾り鞘を用意したい旨を伝える。
「なるほど。鍛冶師ではなく装飾含めた職人の仕事になりますからね。それでは、既成の規格で同じものを作ればよろしいでしょうか」
「こちらをお預けしますので、同じものを十三セットお願いします」
「……畏まりました。期間はどの程度でしょうか」
「半数は一ケ月以内でお願いします。残りはさほど急ぎません。式典に間に合うようにお願いしたいのです」
店員は「間に合わさせますね。恐らく、張り切る事でしょう」と仕立屋と同じことを彼女は告げられるのである。
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