第155話-1 彼女は『魔熊使い』の冒険者登録を南都で行う
「『魔獣使い』……の冒険者登録ですか」
南都の冒険者ギルドの受付嬢は固まっている。目の前にはリリアル男爵である『妖精騎士』アリー、その横には白銀色の子熊を抱えた金髪碧眼の美女。どこに魔獣使いがいるのかと訝しげである。
「彼女はメリッサ。従魔は目の前にいる子熊なのだけれど……『おいおい、ここは女の子が冒険しに来るところじゃないんだぜ!!』……大きさを変える事ができます。精霊が入っているので」
「せ、精霊……それは従魔なのでしょうか?」
そんなことは知らないわよと思いつつも、背後に不安な空気を感じて振り返る彼女である。
「俺たちが折角親切に教えてやっているのに無視するとはいい度胸だな」
『こいつらの方が余程いい度胸だ。薄青等級の冒険者で王国の男爵様に絡んでるんだからな』
『魔剣』のツッコミを聞き流しつつ、彼女は言葉を返す事にした。
「あなたは何等級なのかしら?」
「……濃黄等級の戦士だ」
受付嬢がさらに硬直しているので、彼女が話の主導権を握ることにする。
「獣使い、魔物使いはその使役する従魔の等級が冒険者登録の等級に反映される……で間違っていないのでしょうか」
「は、ハイその通りです! ですので、その子熊ちゃんの等級がメリッサさんの最初の冒険者登録の等級となります」
「おいおい、そんな子犬みたいな従魔で登録するって、薄白からか?」
ヘイヘイ、ビビッてるとばかりに言葉を重ねる薄黄剣士。その後ろには同じパーティーであると思われる何人かの鎧姿の男たちが同じようにニヤニヤとしている。どうやら、メリッサが美人さんであるので、自分たちの仲間にでもしたいという事のようなのだ。
「まあ、俺たち中堅の冒険者であるし、護衛の仕事でそれなりに潤っている。お前さん一人仲間に加わってもらっても困らねぇ。そっちの小さい嬢ちゃんは無理だが、あんたさえよければパーティーに加えてやるよ」
「雑用係みたいなもんだな。俺たちの世話をしてくれればいい……」
訳ありげに『世話』を強調する男たち。
「では、ここでは従魔の力を見せることができないので、どこか適切な場所で試用試験をして頂けますか」
彼女は『薄青』の冒険者プレートをそっと受付嬢に見せると、受付嬢は無言で何度も頷き奥に消えていった。
「……大丈夫?」
「問題ないと思うわ。それに、このギルドは魔物の討伐や素材採取のような地域の人の助けになるような仕事を嫌がり、安易に商人の護衛で小銭を稼ぐ張りぼての冒険者ばかりですもの。嫌なら、王都で登録しても構わないわよ」
「そう。でも、試験してもらえるなら、ここでもいい」
「おいおい、随分自信があるんだな嬢ちゃん」
ゲヘゲヘ笑っている薄ら禿げのマッチョなオッサン戦士が彼女に絡む。
「南都の冒険者がまともに調査や討伐の依頼を受けないから、王都から私たちが遠征しなければならなかったのよ。仕事を選ぶ権利が冒険者にはあるので強制はしないけれど、依頼を指名される程度の実力を示してから絡んでもらえるかしら……薄毛戦士さん」
「……ん、だとぅ……」
頭皮が赤く染まる薄毛戦士である。頭皮の色なら薄赤等級なのだが!!
「それに、私は冒険者登録済んでいるの。彼女の付添でここに来ているだけなのだから、絡むのはお門違いよ」
「……はっ、素材採取の依頼しか受けられない見習かよ」
彼女は実年齢よりさらに幼く見える……外見である。黙っていれば薄青の冒険者……現役で依頼を受ける中では極少数の存在であるとは思われない。
「素材採取も大切でしょう。そのおかげで安い命が助かるポーションも作ることができるのよ? 使うほど稼げていないのかもしれないのだけれど……いえ、ポーションを使うほど深刻なダメージを受けたことがないのかしらね……頭皮以外」
頭皮にこだわる彼女の言葉に、薄毛戦士は激怒する。
「そんじゃよ、その金髪姉ちゃんの従魔の試用試験に俺たちが協力してやろうじゃねぇか。で、俺たちが勝ったらお前ら俺たちの奴隷な」
彼女の中で面白い事が始まったと思い始めている。
『チャンス来たな』
「ええ、リッサの存在を知らしめるいい機会だわ」
サボアの山奥で魔熊と警備員をしていても、彼女の名声は高まることはない。故に、このギルドの登録時点で『恐ろしく強い魔物使いが存在する』と知らしめれば、サボア公爵の顔も立ち優秀な傭兵を雇用したとして配下にも示しがつく。悪くない踏み台になる。
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「……男爵……よろしいのでしょうか……」
「構いません。それに、彼女は既にサボア公爵家で傭兵として雇用されているのです。王国内での今後の活動を円滑にするために冒険者としての登録を希望しておりますので。できれば試用試験としてあの方達との立ち合いを希望します」
「承知いたしました。王都ギルドや公爵閣下にはよしなにお願いします」
「ご協力感謝いたしますわ」
南都のギルマスとは手打ちができた。後は、魔熊使いの能力査定をお願いするだけである。本来、『魔熊』と呼ばれる熊の魔獣はオーガクラスの戦力であり、冒険者等級で言うところの『薄赤』となる。故に、討伐対象としては『薄黄』レベルの冒険者パーティーであれば依頼をすることが可能なのだ。
半精霊のセブロは更に上の存在であり、濃赤もしくは薄青に相当するだろう。魔獣使いであるリッサの戦闘力が魔力持ちであることを考えると薄青単体で互角、パーティーなら薄赤等級以上を推奨するだろう。薄毛ではかなり無理がある。
南都の城壁の外にある古の帝国時代のコロシアム跡に移動する。冒険者ギルドと南都騎士団の管理下にある施設だが、主に訓練用に使用されているという。
「この場所なら、外から見られることもないわね」
『……ギャラリー沢山だけどな』
冒険者ギルドでのやり取りから一転、新人冒険者の魔獣使い・金髪美女対ちょっとは名の知られた冒険者パーティーの対戦として……騒ぎが大きくなったということもある。さっさと登録を終わらせて戻る予定が、南都で一泊せざるを得なくなりそうだ。既に、ニース商会の南都支店には二人で宿泊できる宿の手配をお願いしているので、問題ないとは言えるのだが。
さすがに商会頭夫人の実妹で男爵様のお願いなので、最優先で動いてくれた支店長に感謝である。日が傾きつつあるコロシアムに少なからぬギャラリーが集まり小さなグループごとにどうなるか予想を言いあっているようだ。
「そろそろ始めるぞ!!」
相手となるパーティーは予想以上に多く、護衛専科の為なのか八人もいるようなのだ。長期の野営やまとまった規模の隊商につき従い護衛を行うなら、ある程度の規模がある方が雇い主や他の冒険者との遣り取りも主導権を取りやすいという事なのだろう。
「アリー、結構人数いるわね。戦士が四人に斥候が二人、治癒系の術師と攻撃魔法の術師が各一人……でも殺してはダメなのよね」
「そうね、ポーションで治せる程度なら構わないわ。腕一本ももらいましょうか」
「ふふ、傭兵と冒険者の違い……分かってもらう必要もあるか。でも、やりすぎないようにしないと。いい、セブロ」
『ワカッタ。母ノ壁二ナル。ソレト武器コワス!』
魔熊は武器破壊の能力もあるようだ。さて、半精霊の魔熊とはどの程度の脅威なのか、並の騎士程度の冒険者相手に実力拝見と彼女は思うのである。
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