第154話-2 彼女は『魔熊使い』の話をする

 契約書は同じものを三通作成し、公爵・魔熊使い・リリアル男爵がそれぞれ一通ずつを保存するようにした。彼女は王国語も帝国語・法国語に古帝国語も読み書きができるという。もっとも、契約書は古帝国語と現地語で併記される事が多いので問題ない。


「この内容でよろしいかな。月の給与は金貨一枚。それとは別に契約金が金貨六枚を支給するものとする。支払いは……」

「冒険者ギルドを通していただきたいと思います。彼女を冒険者として登録する形で王国内での身分を整えたいと思いますので、ご了承ください」

「なるほど。魔獣使いであれば、従魔共々登録することも可能であるから、メリッサ殿を知らない者に対して身分を示すのに問題ないだろう。が……私からはこれを預けたいと思う」


 サボア公爵家の紋章の入ったダガーである。武器より道具に近い小さめのものであるが、身分を証明するのに十分なものである。


「詮議された場合、サボア公爵家ゆかりの者であると証明することができるであろう。魔熊使いがサボアの守護であると認識されるまで有効に使ってもらいたい」

「……ご配慮いたみ入ります」


 侍従が公爵から受け取ったダガーを魔熊使いは恭しく受け取る。


「ならば、リリアルからは、この片刃の剣を差し上げます。ミスリルの合金で魔力を纏わせ斬撃を高める効果があります。あなたの身を守ることができると思います」

「あ、ありがとうアリー。うん、こういうの欲しかったんだ!!」

「「……」」


 公爵の紋章入りダガーより、ミスリルのスクラマサクスの方が余程うれしかったことが部屋にいる全員に伝わってしまったのは言うまでもない。


「それと、このダガーもね。あなたもリリアルの仲間なのですもの、身に着けて欲しいのよ」

「!! ミスリルのダガー……すごく嬉しい☆」

「……」


 たぶん公爵のダガーもミスリルなのよねと彼女は思うのである。





 公爵閣下のお誘いがあるものの、魔熊使いを連れて一旦ギルド登録を行う事を優先する事にした。従魔と共に登録する必要があり、サボアのギルドではできないため、一度南都まで行く必要があるのだ。それと……


「『セブロ』は大きさ変えられるのよね」

「……わかる?」

『主、あれは半精霊でしょう。つまり』

『お前と同じ。ありゃ、中身……幼子だな。まさか実の子の魂じゃないだろうな』


 可能性的にはないではないが、魔熊の活動時期と彼女の出産した後の子供の死亡年齢を考えると……十歳前後で生み、その後数年で死亡したとみなさないといけない。


「あの子は、私の幼いころ亡くした弟の生まれ変わり……」

「あなたの母親はあなたに良く似ているというわけね」


 魔熊使いは黙って頷いた。その頃、彼女のいた里では死病が流行していた。最初に彼女の父親が倒れ、幼い弟が倒れる。二人を介抱していた母もやがて病となる。その頃母親は二十代後半であった。


「私は獣使いの修行で師匠について里を離れていたから……助かった。けれど、家族三人はだめだった」

「それで、弟さんの魂が拾った魔熊の子供の体に乗り移ったという事なのかしら」

「たぶんそう。自分が死んだとこも気が付かずに、母によく似た私に纏わりついてきたんだと思う」


 母親を求める魂が、母によく似た姉と共にいる魔熊の中に納まった……という事なのだろう。


『……それはあり得る話です』

『子供の魂は純粋だからな。そういうことは起こりやすい。あれだ、天国とかに行く前にちかしい者の傍に居たくなるんだろうな』


 迷える魂の先達たちのいう事は説得力がある。半精霊ゆえに、体の大きさもある程度変えることができ、子熊の大きさに変わる事も出来るのだという。


「背中に乗せて走ることもできるから……意外と便利……」

「便利ね」

『主の命あらば、私も背に乗せて走ることは吝かではありません』

「いいえ、馬で十分よ。しがみつくのも大変じゃない」


 獣使い・魔熊使いならともかく、騎士の端くれが大きな猫の背中に乗るのはあまりお奨めとも思えない。


「では、一度『セブロ』を連れて南都に向かいましょう」


 彼女は宿に戻り、学院生に南都に一度立ち寄ることを伝え兎馬車で魔熊を回収するために移動することを伝える。


「熊の回収もしたいので、同行しますね☆」


 赤目銀髪に赤毛娘と黒目黒髪がもう一台の兎馬車で同行することを願い出る。今日の仕事は残してきた熊の素材回収も必要だろうか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 熊の素材を川から引き揚げ簡単に解体して必要な素材の形に加工している間に、二人は魔熊を回収するために尾根道まで上がっていた。魔熊は主の姿を確認したのか、ゾロゾロとその前に集まってきた。


 魔熊使いは里には戻らないこと、この辺りの山をみなの縄張りとして怪しい人間や魔物がやってきたら撃退する仕事をしばらく引き受けたことを伝える。


『ミナトコノ山デクラス。母モイッショ!!』

『Gwaaa』

『Guwo?』


 セブロの言葉を解釈した他の半魔獣……というよりセブロの子供たちである魔熊が反応する。半分ぐらいはよくわかっていない気がするがこの辺りを縄張りにしてもらえれば問題ない。


「セブロは小さくなってついてきてちょうだい」

『小サクナル』


 家の屋根ほどの背丈の巨大な魔熊がどんどん小さくなり、やがて小型犬ほどの大きさとなる。手足も短くなり随分とずんぐりむっくりとした子熊らしい姿となる。


「「「……かわいい……」」」

「ありがとう」

『カッコイイガイイ!!』


 男の子はかわいいよりカッコイイと言われたいものなのである。





 リリアルの学院生と別れ、彼女は魔熊とその主人を連れて南都の冒険者ギルドを目指すことになる。恐らく、登録だけであれば夕方には戻ることができるだろうと彼女は考えていた。


「この兎馬の馬車……凄く早いのね」

「乗り心地もただの荷馬車とは思えないでしょ? 魔力を生かして走行性能を上げているのよ」

「……王国……すごい」

『母モスゴイ!』


 魔熊はシスコンでありマザコンのようである。


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