第153話‐2 彼女は『魔熊使い』と話をする

 熊の血抜きを終えた三人娘が戻ってきたので、軽く夜食を提供し明日に備え寝ることにする。とはいえ……


「毛皮の家だ……」

「……落ち葉で偽装すると……さらにいい……」

「毛皮がふわふわしているのは、魔力水で洗ったからですか?」


 とワイワイ話始める。彼女より年上の魔熊使いは、三人娘にとって興味津々となる相手なのだろう。特に……スタイルとか……


 食べ物を進め、一緒に紅茶を飲む。体を動かしたのでバターを溶かし蜂蜜をいれた甘めのものを出す。


「……美味しい。で、も、みんなと一緒だから……いつもよりずっと美味しい……」


 考えてみれば、姉と同じ年の若い美女が山の中で熊と生活している事自体とても問題だろう。魔力を有し魔物を従えるマロの美女……敷居が高いのは間違いない。


「騎士団には掃いて捨てるほどあなたに見合う男性がいるでしょうけれど、サボアでは分からないわね」

「……いる……辺境騎士団長のお兄様」

「それは、納得しない人が居そうね」

「でも、メイさんは王都でいい人見つかると思うので、多分大丈夫です」

「最近、それどころじゃなさそうだから、多分大丈夫でしょう☆」


 三人娘的にはニース辺境伯の次男がお奨めであるようだ。確かに、お似合いではあるだろうし、後ろ盾としても問題ないが……どうだろう。


『勝手に考えんな。辺境伯家と本人同士が決める事だろ?』

「姉さんでも結婚できたのだから、全然問題ないと思うわ辺境伯家は」

『前伯様あたりは大喜びでしょうな。なにせ、魔熊と試合がいつでもできますから』


 彼女は内心あーあこれはそうなるかも……と思わないでもない。


「サボア公が難しいなら、話はニース辺境伯様にお願いすることが良いかもしれないわね。山越しに法国と接しているのだし、サボア領が帝国に降れば二正面になりかねないのだから、彼女の協力はありがたいわね」


 プランBも考え、恐らくは問題ないだろうと彼女は考えるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌朝、魚のソテーとパンで朝食を済ませていると、茶目栗毛が戻ってきた。朝食をともにしながら、公爵の返答を聞く。


「閣下はすぐにでもお会いしたいそうです」

「……騙し討ちは無いわよね」

「ええ。今回魔物に襲われた村周辺の哨戒を依頼できるのであれば、喜んで契約したいという事です。昨夜のうちに契約書を作られお預かりしてきました」


 彼女は契約書を先に読ませてもらう。特に難しい文章でもない、普通の雇用契約であると思われる。魔熊使いに契約書を渡し、中身を一通り読むよう勧める。


「契約内容に不備はなさそうなのだけれど、どうかしら」

「……契約期間の定めが少々長め。普通は三か月ごとで半年単位が基本。これは一年契約だけれど……どうなの?」


 通常、傭兵の雇用契約は戦争に参加することが前提なので半年拘束で、途中解約が三か月以降という形になる。つまり、三か月以内で戦争が終われば支払われる賃金は半額、三か月を超えれば後半分別途支払われる契約だ。なので、傭兵は最初の三か月はまともに戦わず時間を掛けるのが常だ。


「戦争をする契約ではなく、常備軍契約だからでしょうね。一年ごとの自動更新、つまり、どちらかが契約終了の半年前までに申し出なければ、一年単位で契約が続いていくものね。有期ではあるけれど実質無期に近い契約ね。支払いも、悪くないでしょうし、住まいは公爵が手配するからその家賃は自腹ではないわ」

「……戦場じゃない契約……とてもいい……」


 どうやら彼女の頭の中では『魔熊牧場』のような牧歌的な生活が浮かんでいるように見て取れる。


「では、早々に公爵邸に向かいましょうか。それと、被り物は降ろしてちょうだい。外套もね。公爵閣下は公国の王に相当するので、それなりに姿勢を正してもらわなければならないわ」

「……では、どこかで着替えることができるなら、正装する。マロ人は頼まれれば祭りや式典でエスコート役もする。私も一通りは嗜んでいるので問題ない」


 なるほどと思い、彼女は自分たちの宿で着替える事を了承した。


「私の事は『アリー』と呼んでもらえるかしら。リリアル男爵でも構わないけれど、そのほうが嬉しいわ」


 魔熊使いの立場を安全なものにするため、彼女はある事を考えていた。


「……私の名はメリッサ。でも『リッサ』と呼んで欲しい。何故なら……」


 メリッサとは古代語で『蜜蜂』のことである。彼女が熊の魔獣を使役するのに、自らの名をその好物である蜜を集める蜂の名を名乗ったのだろうか。けれど、『リッサ』とは同じ古代語で『真実』という意味であり、『アリー』とは同義語なのだ。つまり……


「二人は友達」

「ええ、そうありたいわ。だから、一つ提案があるの」


 彼女は魔熊使いとある誓約をすることになる。





 宿にメンバーを残し、彼女は魔熊使いの着替えを手伝うことにする。マロ人は固有の民族衣装を有しているが、彼女のそれは少しアレンジされているようで、王都の夜会に出てもおかしくない出来のドレスであった。


「必要に応じて、そういう場に駆り出されることもあるのがマロの娘」


 彼女や伯姪のように貴族の娘の侍女に扮して護衛を務める事もあるのだという。魔力を有し、護身までできる魔熊使い……傭兵としては十分以上の戦力だ。軽く化粧をし、髪形を整えた彼女は短髪ではあるものの、その美しい金髪に深い青の瞳を備えた美女であった。


「ふふ、素敵に仕上がったわね」

「……ありがとう……」

「どういたしまして」


 二人は互いにニッコリ微笑むと、リリアル生や宿の人のざわめく声を後ろに、公爵邸へと向かうのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『魔獣使い』と聞いていたであろう公爵家の迎えの馬車の侍従は、本人の姿を見てしばし呆然としていた。


「では、案内よろしくお願いしますね」

「は、はい。ではお二人はこちらにお乗りください」


 手を差し出し、馬車へと案内する侍従は顔を赤らめたまま『魔熊使い』をエスコートする。彼女も同じように並んで座り、馬車はゆっくりと進み始める。


「慣れているのね」

「多少は。でも、挨拶は苦手」

「ええ、私もよ。それでも、サボア公爵は誠実な方なので普通に接して問題ないと思うわ。時間的にもお茶をしながら会話という感じになると思うから、聞かれたことに素直に答えればいいと思うの。言いにくいい事があれば、目で合図してくれれば、フォローする事も出来るから」

「そう。ありがとう」


 彼女の容姿、着こなし、そして持っている魔力量から察するに、帝国の貴族の血が流れているのかもしれないと彼女は思うのである。マロ人は男性のパートナーを務める事もあり、美貌の踊り子が貴族の一夜妻になることも十分あり得る。旅から旅へと生きてく中で、子供ができてたとしても、貴族の御落胤と名乗るわけにもいかないのだろう。可能性的にはあり得る話だ。





 公爵邸の入口には物々しい使用人の列は作られていなかったが、公爵付きの侍従と騎士の一人が入口で待ち構えていた。


「……男爵……こちらの御婦人が……」


 熊使いだから熊の如き存在が現れると思っていただろう侍従が確かめるように話しかけてくる。横の騎士は完全に硬直して見とれている。


「ええ。帝国の元傭兵です。間違いないですわ」

「で、では、こちらにどうぞ……」


 彼女がエスコートし、魔熊使いを侍従について案内する。背後には一応警戒するつもりの騎士がつくが、視線は二人の後ろ姿に釘付けのようである。因みに、彼女は男爵用の礼服を着用している男装である。


 1階奥の庭の見えるサロンに案内される。このまま会話をしながら午後の紅茶の時間になると考えたのだろうか。カジュアルな席で少し安心する二人。


「どうぞ、お入りください」


 侍従がサロンのドアを開け、二人が並んではいると、公爵閣下は……立ち上がり迎えてくれている。傭兵である彼女に対して身分以上の敬意を払ってくれているようだ。


「リリアル男爵。彼女が話にある『魔獣使い』なのか?」

「左様でございます閣下。彼女は、メリッサと申します。マロ人であり、帝国の大山脈東方のマロの集落出身です。リッサ、公爵閣下にご挨拶を」


 魔熊使いは美しくカテシィをすると、周りから溜息のような声が聞こえる。


「リリアル男爵様からご紹介いただきましたマロ人のメリッサと申します。サボア公爵閣下にお会いできて大変光栄でございます」

「あ、ああ。こ、こちらこそ。その、サボア公国に仕える事も吝かではないと聞いているのだが」

「その件は、少しお話してからでもよろしいかと思いますわ。それに、彼女はすでにリリアル学院の特別講師として魔獣の使役について担当してもらう事になっております。いわば、王国の臨時雇いの研究者とでもいいましょうか」


 公爵閣下の表情が一転強張る。さて、この件について、少々お話しましょうか。



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