第153話‐1 彼女は『魔熊使い』と話をする

 彼女は、一人魔獣と山野を移動する生活を送っているというのだが、金髪碧眼の顔立ちの整った美女であり、姉と似たグラマラスな女性である。それに、身に着けているものも実用的な厚手の毛織物だが、刺繍や折柄がとてもカラフルであり、狩人のような山の中で生活するものとは一線を画している。


「素敵な織物ね」

「……これは里で女たちが内職で織る織物。とても……素敵なもの……」


 里に未練はないとは言うものの、マロ人(まろびと)としての意識が高いのか。彼女は誇らしげにその織物を手にする。


「山の中ではどのような場所で寝起きしているのかしら。とても身綺麗にしているので、地面で寝ているようには見えないわね」

「落ち葉とこれがあれば、どこでも暖かく寝ることができる」


 彼女は外套に隠れた魔法袋から三本の竿を出した。


「外側に狼の鞣革を張れば雨も風も通さない。動物も近寄ってこない」

「敷物にも使うわけね」

「……そう。狼は勝手に襲い掛かってくるから毛皮には不自由しないの」


 リリアル生はあまり野営することがないので、このような仮の住まいを持ち歩く習慣はない。魔熊使いの場合、山の中を移動しながらこの狼の毛皮のテントで何日も暮らす生活をしていると思われる。


「川の水は冷たいから、魔力の水で湿らせて体を拭いたりするから、それなりに綺麗。魔術は一通り使える」

「それは何よりだわ」

『魔物と会話できている時点で魔力はあるんだろうけどな』

「……また声がする。話す魔道具……魔物?」

『魔物じゃねぇよ多分。昔魔術師だった魂のなれの果てだ』


 『魔剣』が自分でそんな紹介の仕方をするのは珍しい。


『で、お前はあの魔熊と子供の頃から仲良しなのか?』

「森で見つけた。最初は狼の子かと思った。フェンリル? とか」

「フェンリルの子供が森で一匹だけいたら……親が取り返しに襲ってくるわよね」

『そもそも、大山脈の周りにはいねぇよ。もっと北の国の魔物だ』


 魔狼とは異なる、真の魔狼とでも言えばいいのだろうか。魔法を操り人語を解する魔物。一説には神の係累とも言われるほど強力な魔物だ。


「もう、十年くらい前の話」

「あの半魔獣は、魔熊の子供たちなのかしら」

「そう。でもラバみたいにあの子たちと熊の間には子供は生まれない。セブロは熊と番える」

「『セブロ』は……あの魔熊の名前ね」

『マロの言葉で「白銀」だな』


 マロの里のある奥国あたりの言葉なのだろうか。


「あの子たちがこの辺りで生きていけるようになるようにしたいのだけれど、あなたの希望は何かあるかしら?」

「見た目で怖がられるから、山から離れることは難しいと思う。領主と傭兵の契約をした後、どこで顔を合わせればいいのか想像できない」

「里ではどうしていたの?」


 彼女曰く、里のはずれの森に一人で生活していたらしい。簡単な小屋のような住まいが与えられ、そこで森で魔熊たちの食料を確保しながら害獣退治や狩りの手伝いをし、依頼があれば出征していたのだという。


「家事の手伝いみたいなものね。他の村の人達とはどうお付き合いしていたのかしら」

「……食料を持ってきてくれる顔見知りのおばさんがいたくらい。子供の頃は村の子供たちに混ざって遊んでいたけれど、親が死んで魔熊を育てるようになってからは交流が無かった」


 住んではいたが、生活をしているという実感がわかない里であったという事なのだろうか。


「魔狼使いは知りあい?」

「あの人は里の出身じゃなくってよその人。でも、一緒に仕事をすることもあったし、里で普通に生活していた。客人扱いかも」


 その二人だけが魔物を直接使役できる存在で、他の村人はマロの旅人のふりをしてあちらこちらで情報収集や工作活動を行う事が仕事であったという。馬車で移動しながら何か月も旅するのが当たり前なのだという。


「だから、魔物使いは割と短い期間で仕事が終わるから、嫌じゃなかった。

でも、セブロたちが殺されるのはいや」


 彼女の希望は村のはずれに家を貰い、魔熊たちと山の中を定期的に巡回し、マロの織物を夜なべして作ったり、猟の手伝いをすることで村の端っこに暮らすことを認めてもらいたい……という事なのである。


『水晶の村の方が話が早そうだな……』


『魔剣』のいう事は最もなのだが、他国と直接国境を接しているサボア公領にいる方が彼女の存在はありがたい。受け入れてくれる村……『魔狼』に襲われた村であれば受け入れられる可能性は高いかもしれない。


「……この先の村よりは遺恨がないこと、魔狼使いの禍根がある分護り手として大切にしてもらえる可能性が高いわね」

『それに、公爵閣下もあの村には直接足を運んでいるので、紹介しやすいでしょう。顔を見せるにも好都合です』


『猫』のいう事はもっともである。



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