第148話-2 彼女は学院生たちの腕前をサボア公爵に見せる


 派手に吹っ飛んだ近侍は幸いプレートが凹んだ程度で済んだ……いや、プレートはかなり高価な物なので、彼のプライド同様財布も凹むことになるだろう。


「やるな嬢ちゃん」

「当然です。まあ、人間相手なので、手加減しました」


 と、被り物をとり、マスクを外した顔を見た公爵家の近侍たちはさらに驚く。


「本当に普通の少女なのだな」

「普通のではありません、彼女はリリアルの魔術師の一角ですので。私たちを除けば、最も討伐に参加している冒険者でもあります」

「実戦経験豊富だからの。見た目よりずっと怖い存在だ」


 えへへと笑う赤毛娘の横で、絶賛中の黒目黒髪。まあ、ほら、そういう感じだ。


「では二番手、いってまいります」

「ええ、戦い方はあなたが得意な方法でお願いするわ」

「承知いたしました」


 胸に手を当て最敬礼する茶目栗毛。どこぞの貴族か富豪の子息と紹介されても不足の無い物腰である。実際、数年後には男爵家の家宰に任ずるつもりなので、彼はその程度の事は当然であると彼女は考えている。


「彼も孤児出身なのだろうか」

「ええ。ですが、それ以前に様々な教育を受けておりますので、出自は少々他の子たちと異なります。但し、魔力は少なめです」


 まさか、アサシン農場出身とも説明できないので、彼女は言葉を濁した。





 サクスの背を向け半身で構える茶目栗毛。その構えは、戦場の剣というよりは平服での構えである。


「変わっているな」

「街中で剣を扱う場合も多いものですから、レイピアやバデレールのような扱いを得意としております」


 茶目栗毛は不意打ち上等なタイプであり、正面から剣を叩き合うようなスタイルを好まない。出来るが、やらないという事である。


「始め!!」


 赤毛娘になぶられた仲間を見て、近侍は両手で剣を構え突き出すような姿勢で攻撃を待っている。剣が触れ合う距離に接近すれば剣で防御しながら踏み込んで攻撃するつもりなのだろう。


 茶目栗毛は剣を寝かし、体の横に折りたたむように構える。体が剣より前に出ていると形容すれば良いだろうか。


「斬ってみろとでも言わんばかりの構えだな」

「ですが、実際は斬りつけることはできないでしょう」

「……どういう意味かな?」


 公爵の質問に彼女は答えず、黙って事の成り行きを見ている。気配が徐々に薄くなり、そして……


 茶目栗毛が踏み込んだように見えたのか、近侍は剣を跳ね上げ踏み込もうとする。その先に……茶目栗毛はいない。


「気配を飛ばしたの」

「ええ、背中を取られましたね」


 剣を持たぬ左手の掌を近侍の背当てに添えると「ゴン」という響きが庭に広がる。


「アレはなんじゃ」

「身体強化の応用でしょうか。それなりにダメージは入ったようですね」

 

 リバーブローのような効果があるのであるか、元々体力のない近侍の動きが更に鈍ってくる。数分後、近侍は牽制し躱し続ける茶目栗毛を追い続けることができず、動きが鈍ったところで剣を首に当てられ「まいりました」と負けを認めることとなる。


「……話になりませんでした」

「稽古が実戦を想定していないからでしょうか」

「まあの。学院生は何だかんだで体も使うし頭も使う。それに、魔物と相対した経験の多さが実戦での消耗を防いでくれる。緊張・死への恐怖というものは、未熟なものの精神も肉体もあっという間に消耗させる。それが個の差であろうな」


 剣術の稽古は同程度のレベルで勝った負けたと言える程度の内容にすぎない。圧倒的な恐怖も、人体を超えた攻撃もそこにはあり得ない。疲れれば休める、傷つけば即座に治療してもらえる。戦場で、討伐でそんなことはあり得ない。


 相手は不意を突いてくるし、見えない場合もある。一対多数の事もあるし、人体の何倍も強い魔物だって当然存在する。それに不意に出会い戦闘となる事を考えれば、目の前の騎士風の何かなど大した存在ではない。


「冒険者と言うのは大したものなのですね」

「いや、こ奴らは別格だな。辺境騎士団の正騎士とも互角以上にやれるだろう。そもそも、魔術が反則レベルだからの」

「探し当て育ててきた者としては当然です。騎士ができること以上の能力がなければ、わざわざ孤児で編成した騎士団を創設する理由はありませんわ」


 彼女に与えられている『リリアル騎士団』の創設と、王都王国の治安機関育成という過大な使命を考えると、貴族の子弟のゴッコ騎士程度に後れを取ることは許されないのだ。目の前の近侍たちは騎士の子に生まれた故に騎士なのであって、騎士の仕事が務まる故ではない。


 王国で言うならば、近衛騎士団の騎士であり騎士団所属の騎士たちとは異なる存在なのだ。公爵家が公爵として認められるためには、周囲に公爵に従う貴族の子弟を騎士として寄り添わせる必要がある。正当な支配者と周りの貴族が認めている証としてだ。


 故に、存在が必要なのであり能力は二の次なのである。優秀な者は出仕せず、血筋だけが求められた結果……十歳の幼女にぶちのめされる程度の騎士でしかないのである。


「次は、私も出ようかな!」


 伯姪の参戦宣言。とはいえ彼女は完全にドレス姿なのである。


「止めておきなさい」

「そうだな。儂と、男爵が模範試合でもやって見せるか」


 さり気にウインクするのがウザイ。とは言え、男爵の力量を見せておくこともリリアルとの関係を深めるうえで公爵とその一党には必要かもしれないと彼女は思うのである。


「では、準備いたしますので少々お待ちください」


 彼女のドレスは伯姪のそれと違い、サイドにスリットが入ったものであり、下に魔装衣を履き、手袋を魔装衣に変え肩にマントを羽織ればそれなりの防御力を発揮するので問題が少ない。無いわけではないのだが。


「得物は何にいたしますか?」

「折角なので、バルディッシュでどうだ。一応、寸止めで勝敗はお互いに認めると言うところで良いか」

「……それでお願いします」


 ジジマッチョ、バルディッシュを相当気に入っているようである。魔法付与をしなければ刃挽きの斧と同じ程度のダメージで済む。『斧』の時点で相当なものなのではないかと思うのだが。


 魔法袋から引き出されたバルディッシュに声を失う公爵家の皆さん。明らかにドレスを着て構えるような武具ではない。精々、ダガーかレイピア辺りが相場ではないのだろうか。


「そのような大ぶりの武器を使って、叔父上様に相対するとは……」


 横で伯姪がボソッと呟く。


「二人は二年ぶりの対決で、前回は引き分けなのですよ。男爵はその頃より一段と成長していますし、お爺様も再戦を楽しみにされていましたの。ですので、この勝負は大いに盛り上がりますわ」


 いやいや、盛り上がるのは前伯とあなただけよと内心恨めしく思いつつも、実力を示す必要を感じる彼女は、バルディッシュを構え、満更嫌な気持もしない自分に気が付いていた。



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