第148話-1 彼女は学院生たちの腕前をサボア公爵に見せる
公爵の腹の中ではニース辺境伯の力を借り、直臣団を育てリリアル・ニース商会との関係を築き自らの足で立てるよう力を蓄えるという決定がなされているのだが、周りは当然納得しない。
故に、前伯曰く「力試ししてやろう」という事になった。つまり、話を止めたいなら力づくで来いという事なのである。
翌朝、「孤児たちがどの程度のものか腕前を見てやる」という事になり、公爵の配下の騎士とリリアルの生徒が御前試合をすることになった。完全に巻き込まれモードである。
「誰を呼ぶのよ」
「考えがあるのだけれど……勝っても負けても遺恨が残りそうで嫌なのよ」
「なに、儂が黙らせる。問題ないぞ!!」
それが問題なのだと何故分からない! とはいえ、孤児出身の冒険者に貴族出身の公爵の近侍どもが負ければ公爵に強く言えなくなることは確かだ。自らの家の利益のために行動しているであろう近侍どもに配慮しすぎる必要もないだろう。
彼女は『茶目栗毛』『赤毛娘』を呼ぶことにした。おそらく、その後お茶か昼食に招かれることを考えると、茶目栗毛なら使用人として問題なく対応できる。赤毛娘はまだ「幼女」枠であるので多少の無礼があっても「子供だから」で済むだろういう点と、十歳の幼女に騎士が敗れるという……事があれば面白いと彼女が思ってしまったこともある。
「ふむ、騎士と相対しておかしくない冒険者と、最もおかしな冒険者か。あの嬢ちゃんはなかなか胆が太いから、儂も楽しみだ」
「……手合わせは御遠慮くださいね」
「も、勿論じゃよ、ふ、ふぁっふぁふぁ!!!」
先に釘を刺しておいてよかったと彼女は思うのである。姉がフレイルを振り回す様子と、赤毛娘が専用メイスを振り回す姿が重なる。本質が似ているのだろうか。
兎馬車で到着する茶目栗毛と赤毛娘。何故か黒目黒髪も同行。どうやら、救護の為に同行したのだという。三人の姿に「本当に孤児か?」という声が聞えてくる。
孤児院で暮らしている子たちと比べれば、二年の間に心身共に成長した三人である。特に、黒目黒髪は侍女姿も王宮のそれと遜色ないとまで言われる美少女である。そっちの関心だろうか。
「ご挨拶させていただきますわ」
彼女はリリアルの魔術師第一期生である事を告げ、茶目栗毛と赤毛娘が対戦すること、黒目黒髪は後衛で防御と魔術が専門なので立ち合いはしないことを告げる。
「我、願いを聞き届けてくれて感謝する。後で、もてなしをさせていただくつもりであるが、先に要件を済ませてしまおう」
公爵は既に関心が御前試合の先に行っているようなのである。ほんの少年少女である者たちが自らの近侍に……打ち勝つとして、その後どう世界が変わるのかと。
「先鋒はあなたよ。申し訳ないけれど、警戒される前に出てもらいたいから」
赤毛娘のパワープレイで度肝を抜いた後、巧妙な茶目栗毛で二戦目を制する作戦である。
「先生、どうすればいいですか」
「あなたのことは最初舐めて掛かっていると思うの。だから……」
いつもの通り、思い切りメイスを振りぬけばよいと彼女は伝えた。
集まった公爵の近侍たちはその小柄な少女が大きなメイスを構えるのを見て可笑しそうにニヤニヤしていることを隠すつもりもないようであった。流石に公爵の招いた客であり、鬼の辺境伯騎士団長の前でその知人を嘲笑するほど命知らずではないようである。
「さて、どの程度の内容で立ち会うのかな」
「身体強化あり、魔術による攻撃は無し。相手が戦意喪失か意識喪失まででどうでしょうか」
「それと、急所への攻撃は不可。攻撃部位は首の下から足の付け根まででいいじゃろ」
公爵と彼女、前伯がルールを確認する。以前、騎士団で立ち会ったときとほぼ同じ内容である。
赤毛娘はフル装備である。とは言え、魔銀色のフェルトっぽい帽子にフェイスガード、胸当てこそ金属っぽいものの、それ以外は布にしか見えない装備。そして、背の半分ほどもあるだろうメイスを持ち明らかにアンバランスである。冒険者にも、騎士にも傭兵にも見えない。
対する近侍はハーフプレートで兜はあるが視界を狭める面貌は着けておらず、バスターソードサイズの刃挽きの剣を構えている。
「始め!!」
近侍が前に出て上段から剣を赤毛娘に叩きつける。バスターソードの優れた点はその長い柄の部分にある。振り出して片手持ちで構えれば、剣の長さを活かして先制攻撃ができるのだ。
ガイン! とばかりに赤毛娘の頭上に振り下ろされた剣が弾き飛ばされる。
「なっ、魔術は……『攻撃は不可。防御は問題ない!!』……」
ルールは「魔術による攻撃は不可」であり、それ以外は何でもありなのだ。近侍は剣の軌道を変え、様々な角度から斬り降ろし突きを放ち剣を振り回すがあらゆる角度で剣が弾かれる。
「あれ、剣の軌道上に、結界を展開して潰しているのよね」
「最近あれがやりたいみたいなの。相手の動きを見てそれを阻害できるってことなのよね。進歩だわ」
魔物や集団戦なら結界の全面展開は必要だが、一対一や街中では他者の行動を阻害するので護拳ほどの大きさの結界を剣の振るわれる先に置いておくことを展開しているのだ。
「ほほ、進歩と言うか、成熟してきたのかの」
「いいえ、メイスを振り回すのに結界が邪魔なだけです。我姉と発想が似ています」
自分のやりたいことの為に努力を惜しまない。どんな場合においても全力で状況を楽しもうとするところ……実は伯姪もそうである。
バスターソードはロングソードより戦場において選択肢が増える分、重くもある。振り回すのにはそれなりの体力と技術が必要なのだが……
「もう失速しておるのあ奴は。戦場では使えぬ道場剣術だ」
肩で息をする近侍。そして、赤毛娘が反撃に出る。
「それっ!!」
低い姿勢で踏み込み、相手の胴をメイスでフルスイングする。ゴワンと大きな金属の板を叩いた音がして、そのままゴロゴロと転がっていく近侍……
「しょ、勝負あり!!」
赤毛娘は一振りで勝負を決めた。
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