第135話-1 彼女はコボルドチーフと対話する

 その日、老土夫と癖毛は新しい槍を携えていた。それはまた見慣れぬ戦斧のような武器にも見えた。曰く……


「小僧にも使える武具を用意したのよ」ということなのだ。


「これは、降国(おろしこく)の戦斧でな。バルディッシュというのじゃ」


 降国は帝国・原国の更に東にある国で、大河と平原、湖沼の合間に集落があるような場所で今は亡き古の東帝国の影響を受けたロマン人の王が支配する国なのだという。なるほど、ロマン人の好きそうな武器だ。


 その特徴は両手斧のようで刃先がサクスを弓のように曲げた刃を持っているというところだろうか。


「バルディッシュは斬撃と刺突を両立させた戦斧でな、馬でも斬ると言われている。実際、こいつなら、あの大猪も斬り殺せるだろう」


 ただでさえ斬撃能力の高い湾曲した大きな刃に、どうやら魔銀(ミスリル)の鍍金を施しているという。魔銀の刃そのものを装備しないのはコストの面の他にも訳がある。


「魔力を通さねばフレイルのような打撃武器、通せば斬撃・刺突と両立できる仕様じゃな」


 刃の部分を鈍く作ることで欠ける事を防ぎつつ、魔力通して斬り落とすことを可能としているのだ。斧の先は鋭く尖り槍の代わりとしても使える。今のところリリアルではウイングド・スピアがポールウエポンとして主装備なのだが、遣い手を限定しているのは「魔力を生かした斬撃」が剣に劣るからである。


――― バルディッシュなら斬撃でも剣以上の能力をえられる。


「実際、振り回してみても?」

「……存分にな!!」


 グレイブやビルも斬ることは可能だが、あくまでも槍に近い刃の大きさであり、『斬撃』に適しているとは言えない。バルディッシュは伯姪のバデレール並みの刃を持つ。若干重たいものの、身体強化前提の装備とすれば問題はない。


 振り回す彼女にも剣よりやや重い程度の感触であり、実際は両手剣に近い感覚に思える。そして、両手剣との最大の違いは石突を装備でき、さらに……


「魔装銃の台座ともなるかの。ほれ、銃は重く支えるのも子供らには難しい。石突を地面に刺して、こう……構えるのじゃよ」


 銃架として運用する国もあるというので、その用途も検討できるという。


 リリアルは「子供の兵隊」のように思われており、スクラマサクスを主武器とするのは、実際魔物狩りの依頼などでは押し出しが足らないのである。見栄えも悪くなく、使い勝手が良ければ討伐依頼用の装備として揃えても良いだろう。


「鍍金で仕上げるから、外注も難しくない。普通に武具鍛冶に依頼して、鍍金だけ儂等で仕上げる事ができるからの。安く済む」


 ハルバード程複雑ではない刃であり、ソケット式でもあるので、金属部分も限られている。それに……


「魔力を通せば、一抱え程度の木なら一撃でバッサリじゃな」

「……つまり……」

「フルプレートでも魔導鎧でもなければ斬り倒せる!! オーガもヴァンパイアも一撃で粉砕よ!」


 斬撃だから粉砕ではないと彼女は思うのである。


 そして、このバルディッシュが討伐時の前衛の主装備となり、皆から「バルちゃん」等愛称で呼ばれるようになるのは今少し先のはなしである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 馬車の周りのコボルドの討伐部位を回収していると、老土夫と癖毛は一匹の大柄なコボルドを引き立ててきた。既にミスリル糸製縄で拘束されており、手足が斬りつけられていた。恐らく『バルディッシュ』の斬撃によるものだろう。


「ほれ、このコボルド人語を解するぞ」

「なんかしゃべれ、犬」

『ワ、ワレハ犬デハナイ。調子ニ乗ッテイラレルノモ今ノウチダ。御主様ガキサマラヲ殺シテクレルワ!!』


 御主様とは何のことだろうか。彼女は挑発し、コボルドに話させることにした。


「あなたのお仲間は全部討伐したのだけれど、他にもいるのかしら」

『バカメ、ワレハこぼるどちーふ。ナミノこぼるどデハナイ!! ソシテ御主様ハ至高ノ存在ダ!!』

「至高のコボルドってなんだよワンコロ」


 伯姪、赤毛娘、癖毛は挑発が得意だ。すかさず会話に割って入ってくる。


『ワ、ワンコロダト!!!! 御主様ハ至高ノ存在、こぼるどデハナイゾ!』

「じゃあ、ゴブリンキングとかか? 一応キングだから、至高の存在か。もしくはコボルドキングってのもいるのか?」

『ご、ごぶりん如キト並ベルナ!!』

「いや、だから何なんだよ。説明してくんねえと分からねえだろ。あれか、ボキャブラリーが貧困なのかお前。犬頭だからな」


 そしてとうとう、コボルドチーフは御主様を具体的に説明し始めた。ふさふさの銀灰色の毛に、強大な肉体を有しプレートメイルも切り裂く爪と、グレートソードも通さぬ鋼の肉体を持つ……人狼……それが気配を隠蔽していた存在であると、証言したのである。


「お、サンキュ。じゃあ、最後にお前の体がどの程度その、御主様に近づいているか、俺が試してやるな!!」


 バルディッシュを持ち癖毛が彼女の顔を見る。彼女は眼で同意すると、癖毛はコボルドリーダーの頭頂部から股までをバルディッシュで一気に斬り下ろした。真っ二つに切り裂かれ倒れる大き目のコボルド。


「お、魔石見っけ!」


 チーフ哀れ……癖毛の関心は魔石に移行している。真っ二つのコボルドの死体をみてドン引きかと思いきや、薬師娘はコボルドの討伐部位である犬歯をさっくり回収し、集めたコボルドの死体を油を掛けて焼く魔術師娘たち。だんだんと感覚が慣れてきたのか麻痺してきたのか……





 集落の中にはあまり良い素材は残されておらず、銑鉄と工具を少々回収しその後、魔物の巣とならないように焼却処分して次の集落跡へと一行は向かう。


「緊張しました~」

「最初のゴブリンの時よりは……落ち着いて対応できたかな」


 薬師娘二人は交互に感想を述べ、ちょっと落ち着いたようである。この中では魔力の比較的多い藍目水髪は……結界に気配隠蔽身体強化と重ね掛けの繰り返しで少々疲れ気味のようだ。


「次は気配隠蔽なしで行きましょうか」

「はい、正直慣れてきたので、普通に討伐します……」


 コクコクと皆が頷く。


 その日は他に二箇所の集落跡を回り、ゴブリンとコボルド十数体討伐した。それなりの数の魔物が潜んでいるにもかかわらず、滞在している村やノーブル近郊で魔物に襲われた被害と言うのは少ないのは何か理由があるのかも知れないと彼女は考え始めていた。


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