第127話-2 彼女は『兎馬車』で王都を征く
ギルドに彼女が訪れると、気が付いた職員や冒険者がピリッとしたりザワっとする感じが伝わる。
「アリー今日はどのようなご用件でしょうか」
「この二人を冒険者登録したいのですが」
「承知しました。ではこちらでお手続きをさせていただきます」
二人が冒険者登録をしている間、彼女はポーションを卸し依頼書の掲示板に目を通す。気になる依頼が目に付く。
「……ルガルーの調査依頼……」
ルガルーとは人狼と呼ばれる、アンデッドに近い魔物の事だ。依頼場所は、南都の郊外……水晶の採掘場所のそばである。依頼主は南都の代官となっているが、南都駐留の騎士団では討伐できなかったという事なのだろうかと彼女は疑問に思った。
「この依頼なのですが、騎士団ではなく代官からの依頼なのでしょうか」
近くにいる職員に確認したところによると、実際の依頼場所が王太子領とされる旧アルボ伯領内であるということから、王都への依頼が並行して行われているのだという。水晶鉱山もアルボ領内に存在する。
「実際は、アルボの中心地である『ノーブル』のギルド出張所が管轄になるかと思います。詳しいご案内をいたしますか?」
面倒な依頼を引き受けてくれそうな高位冒険者が現れたとばかりに、彼女に説明を始めようとする職員に「資料をリリアルあてに送付して欲しい」と頼み、彼女は冒険者登録を終えた二人を連れギルドを後にした。
薬師ギルドで「見習」としての登録を行う。実際、何度か薬を収めた上で問題ないとなった場合、正式な薬師としてギルド登録されることになる為、今回は仮登録の扱いとなる。
「薬師として正式に認められるには、素材採取から薬の精製に納品して売り物になると判定される必要があるの。だから、二人には施療院で薬師見習を行う次の段階に進んでもらいます」
「「はい!」」
ギルドで薬師として登録されるという事は、年会費や薬を納める義務を果たさねばならないが、世間一般に受け入れられる「薬師」としての身分を確立することにもなる。薬を販売した利益は彼女たち個人の財産となる。孤児から孤児出身の薬師になるというわけだ。
「薬師として独り立ちするには今少し時間が掛かるでしょうが、素材採取系の冒険者と薬師として経験を積んで学院の外でも評価されて欲しいのよ。それが、あとに続く後輩の目標にも励みにもなるのだから、頑張ってね」
彼女は『頑張れ』とあまり言う人間ではない。言われた人間がまるで今まで頑張っていないかのように感じられるからなのだが、今回ばかりは『頑張れ』と言いたかったのは、リリアルの象徴は彼女たちであると考えるからだった。
魔力が無くとも、薬師や冒険者として一人前に成長していけるという証明が彼女たちだからだ。実際、多少の魔力はあるのだが、魔術師を名乗れるほどではない。それが、普通の平民なのだ。
そして、武具屋に移動する。既に、フレイルや魔装布のマントは用意してあるので、冒険者用の厚手の服と胸当・革のブーツを購入することにする。護身用兼素材採取用のダガーは支給のものを当ててもらうつもりだ。
「お久しぶりです」
「ええ、ご無沙汰しております」
いつもの店員に今日の用件を伝え、冒険者用の服の試着に、革の胸当を誂えてもらう。試着をしている間、彼女はそういえばと思いつつ、弓銃の件について聞いてみることにした。
「弓銃は店では扱いがありません」
「何故でしょう?」
彼女の疑問に、店員は「王国では弓銃の扱いを騎士団と軍で管理しているので、冒険者は購入することができません」との答えが返ってきたのである。
『確か、騎士の鎧も貫けるって事から、反乱防止の為に管理が厳しくなった記憶があるな』
誰でも騎士が殺せるとなれば、騎士の存在自体が抑止力にならなくなるということもあり、扱いが容易な弓銃は規制の対象となったようだ。因みに、『銃』は扱いが難しい事と火薬が一般に入手できないことから、規制には至っていないようだ。
「弓銃を台数を限って自衛用に許可いただくしかないかもしれないわね」
『魔力を用いた射撃方法を工夫して、制限を掛ける事が得策かもしれません』
『猫』の提案になるほどと思い、彼女は老土夫に相談してみようと考える。
試着を終えた二人に、サイズ的な問題もなさそうなのでその服を購入することにし、ブーツと胸当も装着してもらう。新人『薄白』の冒険者としてはかなり充実した装備をしていることになる。
実際、冒険者登録した最初の段階では討伐依頼を受けることは稀であり、素材採取や雑用を引き受けるのが精々故、胸当や革のロングブーツなど高価なものを身に着ける余裕はない。身一つでなれるのが冒険者であるから、身を守るすべを持たずに王都の外に出かけ、ケガをしたりあるいは運悪く命を落とすものがいる。自己責任の厳しい世界だ。
「素材採取もやがて一人で行うこともあるでしょう。その場合、共にいる犬や兎馬がいればあなたたちの身を守ることができる可能性が増えるのよね」
鎧とブーツを身に着けた二人は見た目はすっかり冒険者なのだが、実際は『薬師』なのだ。これから少しずつ、身を守る術を身に着けていくのだが、兎馬は大事な仲間になる。
「その、兎馬を身代わりにするって事ですか」
「それもあり得るのだけれど、獣の気配や魔物の存在を人間より早く見つけて警告してくれるでしょう」
「……なるほど。早く気が付ければ、逃げることも反撃することもできるということですね」
ゴブリン三匹でも一人の女性では対応することは難しいだろう。犬や兎馬が警戒し牽制してくれればあるいは先制で一撃し逃げ出すきっかけを作れるかもしれない。
ということで、先ずは魔力の操作の中でも「身体強化」を多少でも身に着けることができれば、魔物と出会った時も平常心でいられるかもしれない故、フレイルの扱いの練習と並行し魔力の操作も学んでもらうことにする。
『魔力があまりない子たちですので、少しずつでしょうな』
『猫』が心配するのは魔力が枯渇した際に気絶したり、力が入らなくなる現象の問題だ。その辺りは、学院で確認しつつ無理がない範囲で使用の練習をすることになった。
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王都から戻った翌日、薬師二人に魔力の操作にフレイルの使い方など遠征に向けてのトレーニングを開始した後のこと、再び姉が学院を訪れた。
「王都で昨日なにしたの?」
開口一番、姉は彼女にそう言った。はて、昨日は冒険者・薬師のギルドに武具屋によって帰っただけのはずだと考えていると姉が『兎馬車のこと』と言い出した。
「そうね。リリアルで遠征用に試乗している『魔装兎馬車』に乗って行ってニース商会に預けたわね」
「それよ! なんだかスッゴイ速いらしいじゃない。兎馬が牽いている荷馬車なのにさ。お姉ちゃんも乗ってみたい」
姉は簡単にいうのだが、ハッキリ言って兎馬は人を見る。日頃から接している飼い主たちには従順だが、見知らぬ人間の言うことをきかないところが馬と比べると格段に扱いにくいところだ。そして、頑固でもある。
「姉さんのこと警戒して、多分懐かないから動かないと思うわよ」
「えー そんなこと言わないで、ちょっと試してみてもいいでしょ!」
しばらく押し問答をしていたのだが、言葉で説明してもらちが明かないので、彼女は実際に兎馬車のところに姉を連れていくことにした。
結局、姉の言うことをきく子は一人もおらず、彼女が御者をする兎馬車に乗せることで落ち着いたのだが……
「なにこれ、カッコいいし……滅茶苦茶乗り心地いいじゃない」
姉は馬も御するが、この手の乗り物が大好きでもある。欲しい欲しいと言い始めるのだが、それは無理だと断る。
「何でイジワルいうのかな」
「イジワルではないわ。魔装馬車は機密扱いなのよ。こんな優秀な機材が騎士団の急進派にでも知られたら、何が起こるか予想できるでしょう」
対外戦争を行わない専守防衛を旨とする王国だが、騎士団の中でも戦争に勝って出世したいと考えている者たちが存在する。その戦争に、ネックとなるのは敵地に侵攻した場合の補給の問題だ。
現地調達などと言っても、人口規模の小さな村落では何日分も食料は確保できないし、集積地である都市は陥すことも容易ではない。遠征先まで王国から補給物資を簡単に輸送できれば……進撃速度が上がり、速やかに敵国内に侵攻できる。
「そんなものあると知られないようにするには……姉さんに渡すわけには行かないわよ。見せびらかしたいのが丸わかりよ」
姉の性格からすると、王都でこれ見よがしに乗り回しアピールするのに違いないのだ。絶対に譲れない。
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