第110話-2 彼女はゴブリンの巣の前で『ビル』を構える

『主、中にはゴブリン以外生きた人間はおりませんでした』


 『猫』の報告に少々暗い気持ちとなる。つまり「死んだ人間」は存在したと言う事である。死なない程度に回復させた男から、この場所の使われ方について教えられた事実。


 冒険者をこの場所までおびき出し、若い者は捕まえる。使い道のない者、大けがして死にかけている者はゴブリンの巣に放り込む。村を占領した時も、老人や抵抗して死んだ人間をこの場所で処分したということを教えられた。


「なるほど、人の国で散々なことをしてくれているわね。流石に国全体が盗賊の国だけのことがあるわね」

「王族同士の殺し合いが趣味の国だもの。島から出てきてほしくないよね」


 この村だけでなく、もしかするとほかにも連合王国に秘かに支配されたり、中身が入れ替わっている村が存在するのかもしれない。税金さえ支払えば代官のものは口を差しはさまない。資金は何とでもなるのだから、発覚が遅れたのはその辺りに理由があるのだろうか。


 昏倒させた六人とあばらをへし折った案内の男を数珠つなぎにすると、ゴブリンの洞窟を離れ村に向かおうと考えていたその時、洞窟から二体のホブゴブリンが飛び出してきた。


「アリー!!」

「一体ずつ倒しましょう!!」


 前面に結界の障壁を展開、不可視の壁にぶち当たり仰向けに倒れる騎士ほどの体格のゴブリン二体。そこに、身体強化と結界を形成した彼女たちが覆いかぶさるように上に乗る。そして、大声で喚くホブの口にスクラマサクスの切っ先を深く差し込む。


 しばらく痙攣していたものの、ホブゴブリンはすぐに動かなくなった。


「先生、中のゴブリンは殺しておきましょうか」


 茶目栗毛がいつの間にか戻ってきている。洞窟内の探索を青目蒼髪と念のため『猫』を護衛につけると任せることにする。


「魔石!! あるといいなー」


 討伐部位である耳削ぎをしつつ、魔石を抉り出す二人。洞窟の外にいるゴブリンの討伐を行っていると、洞窟の中からゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。順調に討伐が進んでいるようである。





 ニ十分ほどして、中から討伐部位を確保した二人と一匹が出てきた。


「出口はあの一箇所だけですね。どうやら、昔、村の避難場所であった洞窟をゴブリンに利用されてしまったようです。非常用の食料の樽や武具の類も奪われたようです」

『ロマン人対策が裏目に出たんだな』


 川から遡ってくる異国の盗賊団から身を守るため、農村では村の守りを固めるより、盗めるもの自体を隠す方向で対策することもあった。人口の少ない防備する地形にもない村であれば、山野に隠れるという選択肢が妥当だったのだろう。


「では、盗賊の生き残りを探してもらおうかしら」

『先行して村に戻ります。村長以外の存在がいれば、場所を特定して知らせますので、村に入らず手前でお待ちください』


 主である彼女にそう伝えると、『猫』は走って村の方向に去って行った。証拠の品であるビルと帯剣を回収し、魔法袋に収納する。装備品は明らかに連合王国のものである。普通は、帝国辺りで市販品を武具屋で購入して足がつか無いようにすると思うのだが、かなり王国を甘く見ているようで隠すつもりもないようだ。工廠の印くらい削り落とせばよいだろう。


「あなたたち、随分と堂々と武具を持ち込んでいるのね。偽装する気もないのかしら」

「真新しくてよく手入れされている装備の山賊とか村人って可笑しわよね?」


 数珠繋がりの先頭で身体強化を用いてぐいぐい引っ張る伯姪に引きずられるように偽装兵たちが歩いていく。相当痛めつけられているので歩くのも苦しそうだが、特に問題はないだろう。正規兵はなく賊なのだ。





 どうやら村には村長しかいないようだという。周囲を一通り確認、更に馬で外周を再度確認する。


『見れば見るほど怪しい村だぜここ』

「ええ、何を見て問題を感じていなかったのでしょうね。ここの代官は」

『馴れ合いもたれ合いじゃねえかな。感覚麻痺してんだろ』


 まずは村長と会い、この村の事実について確認……そのまま騎士団に偽装兵共々連行だろうか。偽装兵を捕縛して戻った彼女たちを見て、村長は覚悟したかのように話し始める。


「……ご迷惑をおかけしました……」

「ほかの村人たちはどこへ行ったの?」

「わかりません。そいつらに村を占領されて、最初は男と若い女、そして次に年寄りが少しずつ連れ出され、最後に母親と子供が連れていかれました。私の妻も、息子夫婦も孫も……」


 大人しく従えば、家族を返すと言われ協力してきたのだという。それが嘘であることは村長も気が付いているだろう。


「冒険者は何組くらい訪れてるのかしら」


 伯姪の質問に数組が訪れており、案内の男に連れていかれたまま誰一人帰ってきていないという。つまり、村人と同じ運命をたどったのだろう。


「この二か月ほどは依頼を受ける冒険者もいなく……」

「当たり前じゃない。もうギルドに冒険者なんてほとんどいないわよ。あんたが散々嵌めたせいで、ここの冒険者ギルドは機能停止寸前よ。採取関係も全然足りていないし……自分たちの事、いいえ、自分の事しか考えていないのかな」

「とりあえず、馬車の用意できました。乗せますか?」


 淡々と作業をする茶目栗毛と青目蒼髪の少年組。孤児たちは大人の薄汚いところを小さいころからよく見ているので、意外と動揺しない。彼女と伯姪のほうがよほど動揺している。


 馬車に乗せ動けないように荷台に固定すると、馬にのる彼女と伯姪、馬車で御者をする茶目栗毛、荷台で監視をする青目蒼髪の役割となる。馬車は二頭立てにする。


 村長の家にある書類関係をあらかた回収し、案内人の男が仮住まいしていた家の中にある品も凡そ回収する。やり取りした書面が残っているかどうかは不明だが、先日の待機所めいた拠点には何もなかったことから、ここでの証拠に期待なのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 騎士団が駐屯しているベルモントに移動すると、昨日の今日で早速、偽装兵の拠点を討伐したことをった騎士隊長が「流石妖精騎士」とおだてるように称賛する。


「一先ず、この騎士らしき男に尋問していただければと思います。他は、兵士のようです」


 彼女が思い切り叩きのめした案内役の男は、息苦しそうにしているが、尋問するくらいのことは問題ないだろう。あったとしても知ったことではない。


「アリー、その村使えそうだな」

「ええ。ルーンから馬で2時間ほど離れていますので、騎士団が仮に駐屯するには問題ないかと思います。ただ、川からかなり離れた内陸なので、駐屯地として城塞を築くにはむいていないでしょうか」

「では、我々はひとまずその偽装兵の村に行こうかな。空き家がたくさんあるのは正直ありがたい。井戸もあるだろうしな」


 一部の騎士を残し、本体は捉えた偽装兵、協力者である御者と村長を伴い、再び依頼のあった偽装兵の村に向かうようなのだ。


「村人はどうなったのかな」

「そうね、売れる者は人攫い同様連合王国に連れ去られ、売れないものや反抗的で怪我をしたものは……ゴブリンの餌になっているのではないかしら」


 生きている人間はおらず、恐らくは死骸となった者の中に多くの病人、老人、怪我をした村人がいたのであろう。とはいえ、捉えた冒険者たちは同じように攫われたのかどうかは、騎士団の取り調べ待ちなのであった。


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