第99話-2 彼女は一先ず王都の人攫いを駆逐する

 その後、王家から東の村に関して……『リリアル男爵の代官地とする』という詔勅があったのは少々彼女にとって衝撃であった。


 むろん、成人までは子爵家が代官をするのだが、住民がほぼいなくなった状態で、どのように対応するのかという問題があるだろう。これに関しては、村の住民を有期の奴隷身分とし、主犯格の村長ら幹部以外は村の奴隷として生活をそのまま保障することとなった。


 また、周辺の森を新たに開墾することを命じ、リリアルに子供を『孤児』として収容し、農作業の技術習得を行わせることにした。今まで、王都の孤児が就農することが難しかったのだが、全員を奴隷とした『東リリアル村』で営農を経験させ、集団で廃村となった王都近郊の村の復興に当たらせる政策を立ち上げる事にしたのである。


 つまり、孤児院からリリアル農学校、そして東の奴隷村で営農経験を積んだ者が、集団で廃村となった場所に移動する。そこで、孤児が自営農家として家も土地も持てる政策を行うという事なのだ。


 その場合、新しい村は「リリアル男爵」の領地となり、経営を彼女がしなければならなくなるのである。うん、とても大変そうなのだ。


「孤児の優秀な子の中から、村の役人を育てないといけないわよね……」

「実際、リリアルのひも付きになるのだから、継続して関係が発生するからね。子供たちは目標ができるから良いかもしれないけれどね」


 村には鍛冶屋や大工も必要であるし、教会もあるだろう。職人として仕事をする先も増えるという事だ。


「薬師に施療院もあれば、近隣のリリアル領以外の村とも交流するのに良い効果があるわよね」

「飛び地であるし、孤児の集団移住は抵抗あるかもしれないもの。何らかの取引手段があれば、それも緩和されるでしょうね」

「鍛冶屋はいるけど、次は大工に施療院に宿屋に酒場兼食堂も必要よね!!」

「この学院の周りの街から、株分けして村を立て直すということは、悪いことではないでしょう。孤児の受け皿がその子たちがいたかもしれない廃村というのは悪くないと思うわ」


 まずは、今回の東の村の立て直しから始まるのだろう。王妃様も彼女たちがどの程度実際の村づくりができるのか、力を見てみたいというのはあると思われる。






 リリアル学院の傍に、「東村寮」が完成。ここは当初、人攫い事件で全員奴隷とされた村人の子供が孤児として収容される寮である。そこで、リリアル学院の畑を耕し、リリアル出身の孤児として村に戻されるのである。勿論、その中には王都の孤児院出身の子供も加わっていくことになる。


 今のところは十人を超える程度の人数だが、徐々に希望者を孤児院から募ることにしている。それでも、魔力の有無は必要ないのでそれなりの応募となるだろう。その場合、体力・読み書き計算の考査を行い、一定人数を受け入れる事になる。


 鍛冶屋の弟子を何人かと、使用人見習いも同様に受け入れる事になっている。当面は老土夫と新たに設けられる宿屋兼食堂兼酒場の雑用を行う事になるのであるが、育てば東村の宿屋を任されるものも出てくるようになるし、王都での就職も『リリアル出身者』として口利きをすることになるだろう。


 リリアル出身の互助組織も立ち上げたいと考えている。その中で、情報が集まる関係を築いていければと思うのだ。伯姪を共犯者にして。


「孤児であることがハンディにならないようにしたいわね」

「とはいえ既存のギルドとは利害対立することになるから、王都に食い込むのは難しいわね。王都や領都のような大きな街の職業ギルドに入らない、村落中心に活動していく方がいいんじゃないかな」


 そういう意味では、都市から零れ落ちる孤児を救い上げ、王国内の復興に活躍してもらえるのは、悪いことではない。一度失った経験のある彼らは、自分たちの生活圏を守ることにどん欲になるだろう。


 今の段階では、考えるだけで何一つ……とは言わないが様々なやりたいことが渦巻いているだけなのだが、やらないと……仕事がちっとも減らないので周りを巻き込みつつ、頑張らねばならない。


「未来の男爵様は、色々大変ね」

「……おかしいわ……商人の妻として帳簿とにらめっこして、子育てして、たまに取引契約なんか旦那の代わりにする……くらいの人生だったはずなのに。何故、こうなったのかしら……」

『主には、王都を守った者たちの血が流れておりますからな』

『しょうがねぇんだよ、あいつの血が流れてるんだから。後先考えるほど、賢くねぇんだよ。ま、それが魅力なんだけどな!』


 伯姪は他人事のように笑い、『猫』も『魔剣』も通常運転だ。彼女は深く溜息をつくと、取り合えず受け入れる孤児たちの資料を手に取り、読み始める。その書類は……うずたかい山のようにいくつも綴られている。


「随分と沢山あるのよね……セバスにやらせようかしら」


 ついつい、誰かに任せたくなるのだが、一人一人の人生の掛かった書類なので、あまりいい加減なことはしたくない。どうしようかと悩む。


「やめておいた方が良いわよ、あいついい加減だから。私も手伝うわよ、半分よこしなさい。その代わり……」

「ワインを差し入れるわ。一樽でいいかしら」

「……そんなに要らないけど……もらえるものは貰っておこうかしらね!!」


 こうして、夜更けまで二人は学院長室で書類を読み続けるのであった。


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