第067話-1 彼女は民を助け害獣を殺す
「人が殺せなかったから殺されて処分された」というのが、茶目栗毛の孤児院に収容された理由である。
「訓練では、実際に王都や街道などで一般の人をターゲットに殺人の訓練をするんです」
「……そうなのね。それは、強盗とかそういう目的ではなく……」
「はい。実際に関係ない人を無差別に殺害します。最初は老人とか子供、行商人や農夫、そして衛兵や傭兵、冒険者や騎士。最終的には、依頼を受けた比較的簡単な商人や貴族を殺害すると、初めて一人前と認められ施設を卒業します」
本格的に何度も殺人を経験させることで、場慣れさせるという事であろうか。
「勿論、動物や魔物を殺すところから始めます。なので僕もゴブリンは殺したことはあります。人間と変わらない……そう思ってたんですけど……」
実際そうではなかったという。目の前に同じ言葉を話す人間がいて、話掛けられたときに、ゴブリンと同じようには殺せなかったのだという。
「やり方は完全に理解してました。けれど、体が動かなくなってしまって、結局、立ち合いの教官が殺して、僕は回収されました」
そして、訓練施設で尋問を受け、廃棄処分が決まり、殺され捨てられた。それだけなのだ。
しばらく、黙って並んで座っていた。彼女は……自分の話をすることにした。
「私が最初に殺した生き物は狼だったわ。まだ、半年くらいしかたっていないのだけれど、その時、魔狼含めて6匹くらい殺したかしら」
「……魔狼ですか……」
「そう。私は常時『隠蔽』を発動させているので、急に襲われることはなかったのでそれほど恐ろしくもなかったわ。身体強化も使えたのでね」
「なるほど。その後は……」
「ゴブリンを何十と斬り殺したわね。ほら、妖精騎士の話って、あれ完全に創作なのだけれど、あんなものではないのよ。実際はね」
魔力で強化してゴブリンの群れの中に飛び込み、ひたすら首を刎ね続け、ゴブリン・ジェネラルには全身油球をぶつけて嬲り殺したのである。ゴブリンを恐怖させるためでもあるのだが。
「でも人を殺したことは……」
「……もちろんあるわよ。両手の指の数くらいかしらね」
その大半が、ニースの人攫いの用心棒と、ヌーベの城塞の山賊傭兵の時である。海賊相手では殺しはしなかった。
「殺すとき、なんとも思いませんでしたか?」
「思わないわね。ゴブリンや狼と変わらない『害獣』じゃない?」
「害獣……ですか。人ではなく」
あれらは人ではないと彼女は考えているし、人であったとしても彼女が守るべき対象ではなく、駆除する対象なのだ。
「そうね、王都と民を守るのが私の家の存在意義なの。子供の頃からその為に育てられてきたわ。商人の真似事も、薬師もそういう理由で学んだし、護身術や乗馬ができるのもそれが理由。では、なぜ、民を害する獣を狩り殺すことが出来ないなんて思えるのかしら」
彼女は殺さず済むときは殺していない。ニースの時はやろうと思えば全員殺すこともできたが、向かってきた用心棒だけであり、明らかに殺し慣れしている者たちであった。ヌーベの場合、生かして全員回収するのは場所的に不可能であった。助けるべき人もいた。故に殺処分としたのである。
「生かして処罰を与える事を公にするべき時もあるから、殺せるからと言って全員殺しているわけではないのよ。罪を明らかにして、為政者の手により皆の前で処刑されることが必要な存在もあるわけだしね」
彼女の場合、殺す理由が明確であり、それは彼女の中では正しいのだ。
「それにね、可哀想だからとか、殺すのが嫌だからとかではないのよ。罪を明らかにして大勢の前で処刑させたいし、安易に死を与えるような慈悲を施したくないの」
「死んだ方がましという状況に追い込みたいんですね」
「そうね。何も悪いことをしていない人が、どこかの訓練施設の為に命を奪われているのでしょう? 簡単に死なせるわけないじゃない。生ぬるいわ」
彼女の視点は、都市の管理者・貴族の娘としての視点に過ぎない。貰った給金は仕事の為に使い込むような性格なのだ。ポーション売ったお金で学院を運営しているといっても過言ではない。騎士爵の給与では正直、20人の食費を賄えないからである。
「僕も人が殺せるのでしょうか」
「できるのではないかしら。見ればわかるわ、これは殺した方が良いなって存在。人間には見えないもの。魔物や獣にしか見えないわ」
「……善人のようにふるまってもですか?」
「わかるでしょ貴方だって。纏う空気が違うわよ、フリはフリですもの」
だから、あなたの話が本当かウソかくらいわかるわよ、と彼女は続けた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『あいつ、お前にちょっと似てるな』
「そうかしら? 彼の方が優秀だと思うわ」
魔剣は二人が似ているというのである。
『アー 俺と出会った頃のお前だな。あんな感じだったぜ、自分ではわからないかもしれねぇけどな』
優秀だけど面白みのない子と言われていたことは覚えている。毎日、自分の役割に忠実であろうと努力し続けていた。姉と比べられ、姉との違いに傷ついた事もあった気がする。
「人が殺せないから殺されたというのは……どんな気持ちなのか想像もできないわ」
『優秀だが、どう転ぶかわからねえな。一度死んだ奴ってのは。俺も肉体は死んだが精神は死んでないからな』
死んだあと生き返った気持ちは、ほとんどの人はわからないのが当然だ。子供に年寄りの気持ちはわからない。経験したことがないからだ。
「死んだと思ったら生きていた時の気持ちってどんななのかしらね」
『うーん、そうだな。おまけの人生楽しもう! くらいの感じだな』
「それは、あなただけじゃないかしら」
『主、私なら自分の思い残したことを成し遂げたいと考えたでしょうね』
「似てるじゃない二人とも。それもボーナスステージくらいの感覚よね」
彼女は思う。施設にいる間に学んだ職業の経験の中で、茶目栗毛が興味のある事を最優先にしようと。生まれ変わったらやってみたかったことを、やらせるようにしようと。
「ちょっと、楽しみね」
『主、あまり気にする必要はありません』
「なぜ? 気になるじゃない」
『主の期待が彼にとっての成りたいものになると思いますよ。彼自身の中で何かが芽生えれば自然と育っていくでしょう。それまでは、主は命じて懸命にその内容を実行することでよいのではないですか』
『猫』の言い分もそうかもしれないと彼女は思うのである。願っていまの自分の状態があるわけではないことを、彼女は誰よりも理解しているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます