第058話-2 彼女は歩人を従僕とする契約を結ぶ

 彼の名前は今日から「セバス」である。ビト・セバスと名乗らせることにした。歩人の名前は不要だ。なぜなら、この先、彼は『彼女』の従者であるから。


「跪きなさい」


 伯姪が告げる。見届け人は、この中で唯一の正規の騎士である前伯だ。彼女は未成年であるし、当事者でもある。


「恐れず、敵に立ち向かいなさい。勇気を持って戦う者を神は愛します。たとえ死に至るとも恐れず真実を語りなさい。弱きを助け、正義に生きなさい。あなたは私に誓うのです」


 騎士の誓いだが、それは少々違う。これは、彼女と歩人の精霊契約となる。生涯を縛る契約なのである。嘘やごまかしはできない。


「……ち、誓わなきゃ『バラすわよ』……誓います……」


 そして、魔剣を構え、首筋に刃をあてる。軽く……切れたようである。


「そして、誓いを裏切れば、あなたの人生は終わります」

『魔力は覚えた。俺とこいつと猫からは逃げられねえぞ』

『主を守るのは、我が役目。とはいえ、人に似た姿のお前の方が向いている雑用もある。その辺り、お前が仕えるのだ。命にかけてな』


 魔力を刃を通して入れたため、彼女を通して歩人と魔剣と猫はリンクをすることになる。つまり、逃げても姿を隠す事すらできない。そこに様子を見に来た者たちが加わる。


「騎士よ、立ちなさい」

「まあ、嬢ちゃんが成人するまでは仮だな。正式な男爵でないと、君主とは認められんのでな」

「そうなんですね……」


 主人の家族として仕えることがあっても、主はあくまでも当主である爵位持ちなのだという。


「なんだか、随分と偉くなられた気がするね」

「……いや、相当偉いんだと思うぞ……」

「ははっ、黙っていれば深窓の令嬢なのにな。もったいない気もするな」


 黙っていればとは一言余計である。所作に関しては、祖母のお墨付きをいただいているのだ。姉は仮目録程度である。彼女は本目録から免許皆伝に近づきつつあるのだ。


「では、この剣をあなたに授けます」


 彼女は魔剣の予備でありレプリカのミスリル合金の短剣を与える。


「あなた、魔力を持っているなら、身体強化と武器の斬撃強化くらい……使えるわよね」

「……いや、隠蔽以外得意じゃねえんだよ『……言葉遣いに気を付けなさい』得意ではございません」

「ちょうどいいわ、あなたの練習相手になるわね」

「いいアイデアね。学院の子供相手だとどうしても手加減しなければいけないから。思い切りやれるわ!」


 伯姪の剣技の練習相手に丁度いいとされるのであるが、薄黄剣士はかなり嫌そうな顔をしている。なぜなら……


「覚悟しておけ。その娘は、魔力を使うとこの二人より強くなるぞ」


 いかにもベテラン冒険者の薄赤は二人をさし、そう歩人に告げるのである。レンヌから帰ってきたあたりで、薄黄戦士は相手が務まらなくなっていたのだ。足の悪い戦士や、本職が弓の野伏ではレベル差が少なくても相手はしにくいのだ。


「ははは、何なら、王都にいる間はわしが直々にしごいてやろう。今日からでも構わんぞ」

「おじい様、よろしくお願いいたします」

「わし等も協力するぞ。どの道、領都までは護衛するからの」

「はい、ぜひお願いいたしますわ」


 前伯にのっかるジジマッチョ二人組である。





 さて、解放された五人を自分たちの馬車に乗せ、厩舎の馬は全て回収することにもする。帰りは馬に乗れるので楽である。


 そういえば、首領は五人から真剣に石などでぶん殴られて、顔の形が全体的に変わり歯も砕けたようである。虫歯良くない。


「さて、武器の回収も終われば、そろそろ出発しようかの。途中のオランは遠回りになるから、領都にそのまま戻るぞ。捜査もあるしの」

「承知いたしました」


 兵士の装備を鎧兜、剣に槍、それから、希望する使用人の女性たちは同じ馬車に乗せ、領都まで護送することにしたのである。とはいえ、使用人の女性たちはやむを得ないとはいえ山賊と行動を共にしていたので、数年の強制労働が課せられるだろうということだ。生活的には、領都の公用所で同じような使用人をすることになるらしい。


「主、馬の用意が整いました」

「セバス、あなたは馬に乗れるのかしら」

「いえ、歩人は地面がぬかるんでいなければ、馬の轡をとらえて同じくらいの速度で走れるのです」

「そうですか。では、轡を取ることを許します」


 先頭をジジマッチョと修道士の二人、御者台に戦士、馬車の後ろに剣士、馬車の外に縄でつないで首領を引き連れている。野伏と二人は馬で後備を守る。


 後方では、頑張ってジジマッチョ達が破壊したおかげで城門は崩れており、周囲の作業小屋は燃え上がっているのだが……


『鍛冶や修理の道具、上手く回収したな』

『流石は主でございます』

「ほとんど、火事場泥棒……でございますな」


 学院の作業用に道具を回収したまでである。日々の清掃道具や煮炊きの道具は備え付けのものがあったのだが、今後、武具の補修や手入れなど考えると、一揃い欲しくもあった。


『鍛冶屋ってのは無理じゃねえの』

「そうとは言えないわね。鍛冶屋が門前になければ、簡単な治具程度は扱えなければならないでしょう。その辺り、学院直でなくとも孤児を弟子入りさせてくれる親方を……探さなければでしょうね」

『鍛冶屋は徒弟制度がしっかりしているから、簡単じゃねえぞ。野鍛冶のたぐいなら問題ないだろうが、武具を整えられるレベルは難しいだろうな』


 とはいえ、道具はそろったのであるから、その先のことはもう少し後で考えてもいいだろう。さて、領都でどのような話が進んでいくのか、今から楽しみがないわけではない。



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