第056話-2 彼女は騒ぎが始まることに気が付く

 月のない夜、月があればその位置の変化で時間がわかるものの、月明かりは襲撃に不利なのだから、幸いと言えるかもしれない。


『主、そろそろ始まるようです』


 戻ってきた『猫』が薄赤メンバーの行動開始を伝える。騒動が起こったのち、扉ごと斬り倒すのは騒ぎになりかねないと考え直し、ドアを開けさせ中に呼びこんでから刺殺することに変更した。見張りも、まさか貴族の令嬢や薬師の少女が『魔剣』を隠しもっていて、刺殺されるとは思わないからだ。


『それと、外の使用人小屋に遊びに来る兵士を何人か仕留めるそうです』

「わかったわ。そいつらの振りをして乗り込むのよね」

『その中に……前伯様たちが参加されます』

「……なんですって……」


 猫曰く、前伯は領都からソーリーに彼女たちを追いかけ向かったそうなのである。そして……


『修道士の皆さんも、参加されます』

「訳を聞いてもいいかしら」

『その……前伯様とは修行仲間だそうです……』

「……納得だわ」


 どうやら、ジジマッチョどうし修道会絡みで修行という名の他流試合で若い頃から研鑽し合った仲のようである。恐らく、法国からの越境攻撃を受けていた時代に世話になるなどしていたのであろう。修道士とは、僧兵の事であり、いざという時は教会の為に戦う事も仕事であるからだ。


『今回も、近隣の農村からさらわれた人を助けるタイミングを計っていたようで、その為に、前々からブルグント公爵と前伯と打ち合わせしていたようなのです』


 つまり、ジジマッチョどもが乱入するのは大前提で、その為の舞台作りをするために、彼女や冒険者を利用した……というところなのであろう。とはいえ、彼らだけではまともに奪還するのは難しかったであろうし、それは正直助かるのである。


「どうやら、前伯様たちが外に応援で来てくれているようね」

「……あなた、にゃーにゃー言ってたけど……」

「言わないで。ソーリーの修道士たちも応援に来てくれているのだそうよ」

「おじい様なら賊に情けをかけることもないでしょうから、かえって安心だわ」


 ジジマッチョどもは確実に撫で斬りにしてくれるであろう。門番から哨兵から皆殺しにしてもおかしくはない。起きている兵士は十人ほどであろうか、そのうち何人かは外でお楽しみであるから、実働はその半分程度。


 そうこうしている間に、外がにわかに騒がしくなってきたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 最初は「火事だ」「消せ消せ!」といった大声が聞こえていたのだが、やがて「敵襲!」であるとか「見張りが殺されているぞ!」といった声に変わっていく。


 礼拝堂に油球(辛くない)をぶちまけ、小火球で火をつける。外側はレンガや石造りであるが、内部は木材の内装なのでそれなりに燃えるのである。風魔法で空気を調整しつつ、外に向けて煙を噴出させる。


『なんだか、ヤバくなってないか……』


 まだ焦るような時間じゃないわ、と彼女は思うのである。そろそろ煙くなった段階で……


「ひ、火が出てます。燃えてます!」

「たすけぇてぇー 礼拝堂が火事なの!!!」


 伯姪の絹を引き裂くような悲鳴に、扉の外の見張りが動く気配がする。


「火事! ちっ こっちにも放火しやがったのか。ちょっと待ってろ!今、扉を開けるから!」


 ガシャガシャと鍵を回す音がし、金具で補強された木の扉が内側に向けギイっと開く。


「うわっ、派手に燃えてるな、お前たち、大人しく外に……」

「ごめんなさいね。来世ではまじめに生きてちょうだい……」


 胸鎧を貫く魔剣、彼女に信じられないようなモノを見る目を向ける兵士。とはいえ、助けることはできない。どんな人間でも、全てが悪、もしくは全てが善ということはあり得ない。心配してくれたことは間違いないだろうが、それだけで助ける理由にはならないことぐらい、彼女も伯姪も理解していた。


「この兵士の剣、あなたが使って」

「鍵はあなたが持てばいいわ。魔法袋もあるじゃない?」


 兵士の身に着けた幾つかの鍵を奪い、混乱する城塞の広場にそっと出る二人。背後の火の手が大きくなる前に、この場を離れねばならない。中央の城館から三々五々兵士が出てきて、主塔の方に走り出していく。また、城門辺りにも数人の兵士が集まり、守りを固めている。


『主、前伯様、薄赤の二人が兵士の装備を身につけて城内に侵入しております。巻き込まれぬようにご注意ください』


 城内には聞き覚えのある声で『森に兵が潜んでいるぞ!』とか、『兵長が倒された! 気を付けろ!』といったパニックを誘引する掛け声をかける一団がいる。


 幕壁の上には、明らかに動きのおかしな白髪の二人組……修道士だろうか。兵士を壁の向こうに叩き落している。ギシャとかグシャという音とともに、兵士が地面にたたきつけられているようで、断末魔の叫びが聞こえる。


「カーテンウォールの上に敵だ!」

「囲め!」


 と叫び、円塔を駆け上る兵士の姿がちらりと目に入る。中庭に人影は少なく、幕壁の上か城門・塔を固めている様である。


「行くわよ」


 彼女と伯姪、そして猫は『隠蔽』を発動し、城館に向けて走り出した。城館からは駆け出していく兵士と、室内で大きな声で指示を出している幹部らしき兵士の姿が見て取れる。


 すると、大声をあげ階段を下りてくる男が現れた。その姿は少々異様であり、赤革兜に緑目、そして顔の上半分を鉄仮面で覆ったとても大きな男である。


「敵は何人だ! 表出るぞ!」


 巨大な両手剣をもつその大男は、その場にいた数人の兵士を連れ、外に出て行った。それとすれ違うように、二人と一匹は城館に侵入したのである。


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