第052話-1 彼女は侍女頭に学院の留守を任せる
「あら、そういう事なら、協力は惜しまないわー」
王妃様、話が早くて大変助かる人なのである。王女殿下が攫われかけたこと、レンヌ大公との書簡でのやり取りの中で、大規模な人身売買組織が王国内に存在することの証拠が、公都の捕縛した商人たちから大量に見つかっているのだそうだ。
この世界で、王国と法国の北部、連合王国の南部はかなりの人口を抱えているものの、人手不足は帝国以東の世界で甚だしい。一時はサラセン人の国に攻め入るほどの勢力のあった御神子教国家は、その後、枯黒病の流行で人口激減となったのである。
帝国東部においては人口が半減したと言われている。その為、奴隷として御神子教徒以外の者を購入する地域が存在し、秘密裏にその中に王国の民も含まれているのではないかというのが、今回の問題の核心部分だと言える。
「それで、学院の方なのよねー」
カリキュラム的には、自分で学べる課題を与えてあるので、薬草の育成や魔力の操作の鍛錬に薬師の練習など、危険度も低いし、それほど大変でもないと思われる。
また、使用人も九人体制で引継ぎ育成中であり、最初の三人は帳簿や契約書の作成の練習フォーマットを与えてあり、令息と姉が週一日程度、習得状況を確認しているので問題ない。
「重石の役割と、何か突発的な問題が発生した場合の騎士団や王都への連絡ができる人材が必要です」
「……侍女頭なら……適任かしら」
王女殿下とレンヌに同行したときの侍女頭。王妃様の無茶ぶりにもクールに対応する才女。そして、お茶目で優しいところもある。安心できる配材である。
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王宮での引継ぎを終え、侍女頭が学院を訪問したのは……王妃様と王女様も御一緒でした!!
「みなさん、しばらく二人が別のお仕事で学院にいられないので、代理の侍女頭に学院の運営を手伝ってもらうことになりましたー」
王妃様は、軽い調子で話を進めるが、周りはとても驚いているのである。何しろ、王女様付きの侍女頭という時点で高位貴族の娘確定なのだから、孤児ばかりの学院では王妃様以上に扱いに困る存在と思われたのだ。
「レンヌに一緒に旅した時にも、指導していただいた方なので、薬師や魔術師としての質問は受けられないけれども、王宮の所作については私の姉より数段高いレベルなので、良き先生となっていただけると思います」
「使用人としてランクアップ目指すなら、最高の先生だと思うので、この期間に、気になるところは指導していただくといいよ」
二人は依頼の間、侍女頭にお願いできる指導内容について……できる限り実行してもらうことにしたのである。恐らく、姉の足が遠のくことは間違いない。なぜなら、侍女頭は姉の天敵と社交界では有名だからである。
「子爵令嬢も関わっているのでしたね」
「姉の婚約者が学院の経理面での支援をしてくれているのでその関係で多少出入りしていますが、恐らく、私が不在の間は来ないと思われます」
「妹大好きなのね彼女」
ふふふと思わせぶりに笑う侍女頭である。違うって知ってる笑いだ。
さて、魔術師・薬師としてのカリキュラムは、テキスト通り自己学習で進展度を確認する期間に設定することにした。薬師も魔術師も人に教わる時期は短く、自分自身で創意工夫することが延々と続くのである。それをこの期間で確かめたいと思うのだ。
幸い、黒目黒髪娘が知識面で、赤毛娘がサポートや助言者として中心的な存在になってきているので、二人を中心に相談しつつ進めるとよいだろう。癖毛は……この期間伸び悩むかもしれないが、それは先々同じことが発生するので仕方がないだろう。
「なるようにしかならないわね」
『主が心配するまでもありません。あやつはあやつなりに考えております』
猫曰く、隠れん坊で思い知らされたのか、はたまた、魔力の一切関係ない薬師の仕事で魔力の少ない子たちに差を付けられたのが悔しいのか、最近は、それなりにコツコツと勉強をしているようなのである。
『まあ、いざとなったらお前に首を刎ねられるかもしれないと思えば、真剣になるだろうさ』
『主は、首を刎ねるのがお上手ですから。痛みを感じぬ間に刈り取るでしょう』
実際、感想を聞いた事は無いが、ゴブリンも狼も人攫いもそれなりにスパッとイケたと思うのである。むしろ、生かす方が難しい。
今回、侍女頭にお願いしたいのは学院生の問題というよりも、使用人の仕事の内容の精査、手順や仕事も漏れなどの確認を重点にお願いするつもりなのである。
メイドとして働ける中では最も優秀な者を孤児院から引き受けたのではあるが、本格的にお屋敷仕事をしたことがあるわけではないので、恐らく、王宮の侍女の目から見れば問題が多々あるだろう。
『とはいえ、侍女は召使の仕事を監督するのが仕事だから、実務の部分は、使用人を実際呼んで教育するしかないはずだぞ』
そう考えると、子爵家から気の利いたものを呼び……彼女の祖母を教育担当として呼ぶのも必要かもしれないが、諸刃の剣でもある。些事に巻き込まれ、本質的に学院の教育に支障が出る可能性もある。
むしろ、マナーの講師として二期生入校時に依頼するのもありかもしれない。週に一泊程度のスケジュールで、貴族と接しても恥ずかしくない程度のマナーを身に着ける授業をお願いするのである。
「おばあ様も一人で暮らすだけでは気鬱になるでしょうし、お元気で子供と接する時間もあってよいのではないかしら」
『いい考えだろう。講師としての賃金も出せるし、ここで商会に頼んでアパルトマンまで配達させれば、買い物要らずだぜ』
姉も来るタイミングを合わせれば、令息とも会話できるであろうし、ここが街として発展していく姿も見てもらえるかもしれない。なにより……
『子供たちにとっては母や祖母の代わりとなる存在がいてくれることは、嬉しいと思いますよ』
「少々口やかましい祖母ではあるけれど、それも大切よね」
『意外と、余所の子供には優しいもんだぞ、ああいう年寄りは』
それは薄々彼女も感じるのである。実の孫ほど、細かいことが気にならないからだろうと思うのだ。大事な孫だから、いろいろ言いたくなるという事だ。
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