第046話-1 彼女は薬師の卵を育てる


 王妃様王女様の訪問からしばらくたち、リリアル学院もすっかり落ち着いて来た。とはいえ、読み書きの復習や薬草の見分け方、それに、薬草畑を作ることなど……やるべきことはいろいろである。


「でもさ、なんで私が薪割りしなきゃなの?」

「身体強化の練習。生徒たちにも順次覚えてもらうから、それまではあなたの仕事になるわ」

「うえぇぇ……」


 身体強化を覚えて、先輩から後輩に教え伝えていく予定なのである。覚えさせたら仕事抜けられる的関係。下級生ができた場合、班とは別に、上級生下級生でセットにする。今の四人部屋は先輩二人、後輩二人の部屋になる予定だ。


「それに、身体強化使えないと人攫い対応できないし、余計な人を雇うと王妃様の負担になるじゃない」

「それはそうね。お優しいからと言って、なんでもお願いするのは違うものね」


 あれから毎週日曜日、王妃様からの差し入れが届く。その日は、学院の子供たちにとってとても楽しみなのである。それには、必ず王妃様直筆の手紙が添えられていて、読み上げてから感謝の言葉を述べて皆で味わうのだ。


「あの、順番にお礼状を書く……というのもいい考えね」

「字が奇麗で、文章が上手な子から書けるってことにしたからかしら。癖毛が相当やる気よね」

「あはは、あいつは王女殿下の方に気があるんじゃない?」

「身の程知らずね。懲らしめてやろうかしら」


 などと冗談か本気かわからないテンションで伝える彼女なのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 さて、本館である寮とは別に、実際の薬師や魔術師の練習をする場所は存在する。魔術は屋外が今のところ基本だが、薬師はある程度、道具を揃えねばならないので、『薬師室』を設けてある。


 そこは、もと別邸の『ダンジョン』と呼ばれる防御塔を改装したもので、いくつかの部屋に分かれた円形の建物なのである。キノコっぽい何かにも似ている。土筆とか?


「さて、今日は乳鉢の使い方のお浚いからですね」


 乳鉢一つとっても面倒なのである。例えば、力を入れて素早くすれば、時間はかからないが、摩擦熱で成分が壊れて効果が下がってしまうのだ。やはり癖毛は、有り余る魔力まで加えてゴリゴリとすっているので軽く魔力を叩きつける。


「ぅぅぅってえぇぇぇ」

「大げさね。あなた、私の話を聞いていなかったのかしら」

「……いや、早い方が……『いいわけないでしょ。そもそも早くすって役に立たない薬を作っても、鑑定ではじかれて売れないのよ。馬鹿なの?」

「……」

「材料集めるのだって大変で、乾燥させたり配合したりして手間暇かけてごみを作り出して……バカでしょ。馬鹿ならやめておきなさい。仕事にならないのだから。そうね、溝さらいとかネズミ駆除とか王都には沢山仕事があるわ。みな大切な仕事だから、薬師や魔術師なんて目指さなくていいのよ」


 馬鹿でプライドが高くても、魔力だけはあるので、この程度でいい。


「では、なぜゆっくりでも熱を加えない方が良いのか……答えてちょうだい」


 黒髪の娘に答えてもらう。


「……魔力を与えるのに、少量ずつなじませて調節する必要があるから……です……。それに、いきなり魔力を加えると、加熱して素材が劣化して薬としての性能が落ちてしまいます。効かない薬を作ったら買った病気の人が大変になります」

「そうね、とてもいい答えだわ。誰かさんは自分の事だけしか考えていない。魔力が多いか少ないかなんて関係ないの。多ければ多いなりに、少なければ少ないなりの工夫が必要なのよ。正しい手段で調合しなければ、魔力なんてない方が良いのよ」

「えっ、ない方が良いってほんと?」


 赤毛娘が声に出して驚く。多分、半分くらいは演技なのだろうか。


「あれば調合が楽だったり、効果が増したりするわ。でもそれだけよ。なくても薬は作れるし、むしろ、素材選びや、きちんと加工し配合を正確にすることの方が大切なの。あなたたち、騎士と私たちの立ち合い見たわよね」

「みた」

「みました」

「お姉ちゃんたちが勝った」

「そう。あの人たちも魔力で身体強化を使ったのよ。それで、同じように力任せに挑んでくると思ったのでしょうね。そんなわけないじゃない」


 彼女は意地悪く微笑んでそう告げる。なぜ力と力をぶつけ合うと思うのか。立ち合いはゲームでもスポーツでもない、殺し合いの練習だ。


「力比べがしたいなら、余所でやってもらえばいいのよ。薬師に必要なものではないわ。適切に正確に行う。料理もそうよ、時間・量・順番を間違えると、美味しい料理も不味くなる。薬作りも同じなの」

「そなんだ。じゃあ、薬師は料理も上手なの?」

「作り方の手順書さえあればね。そういうのは、料理人にとっては宝物で財産だから、普通は見せてもらえないの。だから、弟子入りして盗むのよ」

「えっ、泥棒?」


 癖毛の発言にげらげら笑う伯姪。


「馬鹿ね、見取り稽古ってのがあるのよ。見て盗むの。順番・量・時間だけじゃなく、下ごしらえや工夫で入れる秘密の調味料とかね」

「秘密?」

「そうよ。甘く感じさせるのにはね、少し隠し味に塩を入れたりするの」

「えっ、甘いお菓子に……塩を入れるんだ……」

「そう。薬師も同じよ。組み合わせの基本を学んで、自分なりに工夫する事も必要。でも、いい加減な調合をしていたら……見つける事すらできない。理解できたかしら」

「「「はい!!」」」


 女の子たちは料理と結びつけて考えたのかとても納得しているようである。がしかし……


「男は料理なんてしねえんだよ」


 と癖毛が反論するので、伯姪がピシャッと言い返すのである。


「馬鹿ね、騎士団とか若手が当番でみんな料理するわよ。知らないの?」

「し、知るわけねえだろ! 俺は孤児だぞ!」

「ははっ、都合がいい時だけ孤児にならないでよね。ほんと、自分で考えて見たり調べたりしないやつは、魔力バカっていうんだよ。あんた、そうなるよ」


 いつもの通りである。癖毛は怒られ役であり、彼はそのことを多少わかっている。それに、嫌われているのではなく、口げんかできるほど仲がいいと彼は思っている。多分。


「魔力は無くても胸はあるからな!」

「「うるさい、ばか、しね!」」


 魔力の大きな彼女は小さく、魔力の小さな伯姪は大きい。とはいえ、彼女の姉は両方大きいので、あまり関係がないと彼女は思っている。まだ、諦める時間ではないのだから


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