第六幕『孤児院』

第040話-1 彼女は王都に戻る

 十日ほど滞在した公都で、王女殿下の侍女をしつつ、人攫いの情報と「ソレハ伯爵」に対する情報収集を彼女たちは行っていた。


 どうやら公都の旧都と繋がる経済圏と、ソレハからブレスの経済圏は別のエリアであり、現在は、ソレハ伯が「副大公」のようにふるまっているのだそうである。大公よりやや若いものの、前伯爵である大公の大叔父が健在で、その人脈を生かしてソレハ伯家の力を高めているのだという。


「前辺境伯様みたいな感じかしら」

「いや、老獪な政治家だな。連合王国とも、王都の貴族とも繋がりがある。利益誘導も上手だし、何をしたかは後からの推測でしかわからないような人らしい」


 薄赤戦士が酒場や冒険者ギルドで聴きだした情報を組み合わせると、人攫いの組織を壊滅させる程度では、どうもなりそうもないと判断できるのだった。


 因みに、海賊船の一行はその伯爵家が間に入り、それなりの金額を払い、船共々連合王国に引き渡すことにしたそうだ。大公家では扱えない外海用の船であり、売却することが最良と判断したためだ。


 その際、回収した書類に関しては一切返却をしなかったのである。その書類は王女殿下の侍女が回収したものであるとして、宮中伯が王国に戻る際に持っていくことになった。連合王国の犯罪の証拠とでもいえばいいのだろうか。


 侍女と警護の仕事って……意外と大変だと彼女は思ったのである。




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 更に五日後、彼女たちは王都に帰還した。アジェンまでは船で移動したが、そこからは陸路馬車を利用した。とても辛かったとだけ言いたい。それでも、荷馬車と違い、衝撃をバネで吸収する王家の馬車(魔石利用)であったのだから、本当に、馬車で旅をするものではないと考えるのである。


「王都からブレスやソレハに行くなら、ローレ川を下る方がいいでしょう」


 侍女頭がそう教えてくれた。いやいや行かないから、しばらく王都でゆっくり薬草でも採取するんだからと彼女は誓うのである。


『色々考えねぇとだな……お前の方向性とかな』

『主は、王女殿下と民を守るためにまたもや活躍されたのです。誇るべきであり、迷うべきところはございません!』


 魔剣の嫌味も、猫の褒め殺しも……痛し痒しである。仕事を引き受けると、新しい事件がついてくるのだ。自分のせいではないと彼女は思うのだ。


 帰りの旅は、それはそれは大人しく、薬草採取などしつつポーションを補充しながら戻る。流石に、整備された街道に魔物は出てくる事もなく、安全安心の旅であった。


 問題と言えば……王女様が油球と水馬にとても興味を持たれたことにある。確かに、あのサイズの海賊船をほぼ一人で制圧するのは……出来過ぎである。とはいえ、『猫』の脛斬りがあってこその短時間の制圧なのだ。


「ビジュアル的に、王女様が煮えたぎる油を撒き散らすのは良くないわよね」

『子爵令嬢でもだな!』


 魔剣の答えにその通りと内心思いつつも、どうしても魔物退治の感覚で対応してしまうのが彼女の心理的な問題なのだ。


 例えば、眠らせて無力化するとした場合、掛に個人差が発生する。その場合、眠らせた後、縛り上げるか息の根を止める必要がある。油を撒くより時間がかかる。火球だって、金属の鎧や盾、土や岩を遮蔽物にされると効果がない。指先でランプの炎をつまんで消すことに似ている。


「油……効果あるのよね……ダメかしら……」

『いや、そのまま火をつけて焼き殺すんならありだろうな』


 本来は、そんな使い方なのだろう。熱湯ではダメな場合も考えての高温の油なのだが……検討の余地があるだろか。





 さて、一か月振りにギルドに寄り、ポーションを納める。買取おじさんも「おお、無事に戻ってきて何よりだ。また、活躍したんだってな!」と悪気なく声を掛けられるのは良いのだが、正直微妙なのである。


「一人でガレオン船制圧したらしいじゃねえか」

「……二人よ。私と辺境伯家の令嬢とね。侍女同士で組んでいたのよ」

「ほおぅ、辺境最強の騎士の孫娘……とかなんだろうな」


 前辺境伯のジジマッチョ、やはり有名人である。彼女は姉の婚約者の親族として親しくしており、今後、冒険者としてパーティーを組むかもしれないと話をする。すると、顔なじみの受付嬢が「アリーさん、ギルマスがお会いしたいそうです!」と声を掛けられる。


 2階のギルマスルームに入ると、「おお、待っていたぞ」とばかりに声がかけられる。あまりいい予感がしない、厄介ごとに違いないのである。


「レンヌでも活躍したようで何よりだな」

「……海賊退治ですか……たまたま舟遊びの最中に殿下の乗る船が私掠船に狙われただけです」

「それでも、一方的に制圧したと聞くが」

「運が良かっただけです」


 これ以上口を開くのは得策ではないと、彼女は口を閉ざす。話を進めるようギルマスに促した。


「興味があるかと思ってな」


 指名では無いものの、他の支部で持て余された案件が王都に回される事があるという。その一つなのだそうである。


「……ブルグントの山賊。人攫いですか……」

「辺境伯領へ行く時にも山賊退治したと聞いているが、丁度、ブルグントとシャンパー領の境目辺りに出没してな、どうやらヌーベに逃げ込んでいるんだそうだ。本来は、それぞれの騎士団が取り締まるべきなんだがな、越境するわけにいかないんで、話がこっちに回ってきたんだ」


 あの一団だけがヌーベの傭兵ではないのは当然だろう。少なくとも百人単位で雇われているはずなのだ。私掠船のように、免状でも発行しているのだろうか。彼女はレンヌでの出来事を思い出し、心がざわついたのである。


「準備をして……少し時間をもらえますか。一人でというわけにもいかないので、パーティーを募ります」

「そうだな。薄赤のメンバーだけじゃ、心もとないだろうしな」


 伯姪と薄赤三人に、できれば女僧も加わってもらいたいものだ。二人より大人の女性を入れた三人の方が攫う方も乗り気になるだろう。


「薄赤パーティーが揃った段階で動くのではどうでしょうか」

「二月くらい先になるよな。他に受ける者がいなければ……構わないな」

「それでは、準備を進めてまいりますね」


 という事で、彼女は人攫い退治を引き受けるつもりでギルドを後にした。



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