第021話-1 彼女は前辺境伯夫妻に好ましく思われる

 彼女は『妖精騎士』と呼ばれているのだが、それは、その妖精じみた容姿に『妖精の粉』が入ったかのようなポーションを卸したことにかけた「フェアリー」というあだ名に端を発する。ゴブリンから村を守る際の戦いぶりは、魔力を纏い輝く姿が村人や冒険者に遠目には妖精のように見えたこともそれを助長している。


 そして、彼女が訪れたことが、本来ゴブリンに蹂躙されるはずであった村を救うことになる『幸運をもたらす象徴』として名付けられたこともある。


 元々が騎士の血筋であり、王都と民を守るために命を使った夫婦を祖とする由緒正しい家系であり、その代官地の民を見捨てなかった志は先祖の遺志を継ぐものであり、真の騎士であるとされた。王には騎士爵にも叙されているわけであるし、それを王家も認めているのだ。


 それがさらに、『隠蔽』『魔力飛ばし』を組み合わせることで、不可視な存在になることができることから、ますます、妖精じみてきているということを彼女だけが気が付いていない。妖精は、本人が妖精である事に対し真に持って無頓着である。


 この世界では、エルフの如き姿と言えば、金髪碧目ではなく、黒目黒髪でアーモンドアイの華奢な姿の女性をイメージする。正に、彼女は妖精そのものの姿をしているのだ。


 また、黒目黒髪に雪のように白い肌を持つ女性を『白雪姫』と呼ぶ。彼女の少し前の呼名でもある。




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 前伯は、王国に帰属してまだ間もないころに生まれた。そのせいか、当時の空気を身にまとったまま今に至っている。簡単に言えば、軍人度が高いのだ。孫の騎士団長よりである。


「わしの若い頃は、王国とも法国とも上手くいっておらぬ時期でな……」


 辺境伯領がなぜ王国に帰属したかというと、法国は指導者が変わると方針が真逆になることしばしばであり、辺境伯領はその影響をとても受けることが問題だったのだそうだ。


「経済的には、どちらに所属しても何とかなるようにできたので、方針が王家で一貫している王国に帰属する方が安心だとわしの祖父が判断して王国に仕えることにしたのだそうだ」


 その当時、法国の指導者である御神子教の教皇は、自らの親族とされているものの、本当は実の子である伯爵に軍を編成させ、教皇に従わない法国の貴族を討伐していたそうなのである。


 本来、武力を持たないはずの教皇が武力を持ったことで話の流れは大いに変わる。賛同者を増やし、ついに王国へと攻め入る事になったのだそうだ。


「当然、王国に接するニースの騎士団が先鋒を命じられるのだが、我々は自分たちを守るために騎士団を有しているわけであって、教皇の私欲を満たすために騎士団を持っているわけではないのでな」


 準備が整わぬとか、天候が悪いと言い訳をし、時間を稼いでいる間に、王国にこの事情を伝え、王国に帰順する旨を伝え、了承されたのである。


 この先は、彼女も知っている歴史であり、ニース領に攻め込んだ教皇軍は城塞都市も主だった砦も落とすことはできなかった。従軍した貴族や傭兵に戦意は乏しく、また、教皇の息子である伯爵が従軍中に病に倒れ、そのままなし崩しに撤退することになった。


「その後、伯爵と同じように教皇も病に倒れて戦は二度と起こらなかった。というよりは、外征に賛成した派閥と反対した派閥で揉め始めてな。しばらく教皇がコロコロ変わったので、ニースどころではなくなったのだ」


 法国はそれ以降、積極的な外征を行うことなく、また、王国もニース領を辺境伯領とし、法国との戦争を行わない為の防壁としたのである。





 前伯曰く、話はそこで終わらなかったらしい。


「敵国となったとばかりに、法国に所属する者どもが野盗になって荒らしに来るようになったのだよ」


 つまり、隣の領地の領主が、出稼ぎ代わりに兵士に野盗のフリをさせ、ニース領を荒らして回ったのだそうだ。


「おかげで、戦争は回避できたが、民を守るために、騎士団は大いに忙しくなってしまったのだよ」


 村落は堀を巡らせ柵を囲い、騎士団は国境沿いに哨戒線を引いた。それでも侵入する隣国の兵士が化けた山賊を斬りまくったらしい。


「捕まえても、相手の領主は知らぬ存ぜぬであったのでな。わしの若い頃はまだそれなりに入り込む馬鹿どもがいたので、ほれ、城塞都市の広場で公開処刑したもんじゃて」


 刃引きした剣でずたずたに切られるのだそうで、簡単に死なせないのが作法なのだという。


「おかげで、ニース辺境伯領とその騎士団にケンカを売る近隣の領主どもは王国にも法国にもおらぬのよ」


 大きな声で笑う前伯と、ニヤリと笑う騎士団長。よく似ているのは顔と雰囲気だけではないのだろう。大した面白い話でもないと言わんばかりの夫人が彼女に話を向ける。


「それは、殿方なら当然のことでしょう。その為の領主であり、騎士団ではありませんか。何を威張っているのですか」


 前伯はさらに高笑いだが、騎士団長はややしょんぼりしてしまった。


「そんなことより、これほど可愛らしいご令嬢が、村人を率いて小鬼退治をするなんて、噂では聞いておりましたが、御本人を前にしても信じられませんわね。いえ、疑ってるのではないのよ」


 ほほほと笑いながら、その話を振られると覚悟していたものの、ちょっと切り口を変えることにしたのである。


「いま、王都では『代官の娘』であるとか『妖精騎士』と呼ばれる物語が流行っております。その中で、比較的事実に近いのが、この絵本でごさいます」


 今回の子爵家のお土産の中で、比較的数を揃えたのは……この手の書物である。


「ちょっと拝見してもよろしいかしら」

「どうぞ、これは前伯様に差し上げようと持参したものでございます」

「ほお、ご令嬢推薦の武勇伝ということでよろしいかな」


 再び大きな声で笑い始める。そういうキャラクターなのだと納得するしかないのである。


「冒険者ギルドの依頼で、代官の娘として調査にいったのね。それは、貴族の一員としてとても大切なことね」


 夫人は、同席する妹の孫に視線を向ける。思うところがあるらしいのは何となく察するのである。


「そして、冒険者を二手に分け、自分と一緒に残ったものと村人でゴブリンを迎え討ったわけ」

「おおよそその通りです。その後の活劇部分は相当膨らませてありますが、他のお話よりは事実に近いです」

「魔狼の首をはねたり……ね」


 騎士団長はさもあろうと頷く。それに……


「魔狼は、それ以前にも一人で討伐しているので、それほど大変ではありません。村人にケガ人死人を出さない配慮の方が大変でした」

「騎士団長の私を圧倒するくらいだから、魔狼は当然なのでしょうね」

「……そんな。騎士としてはお兄様の方が格段に上ですわ」


 伯姪は騎士団長を庇うように声を上げる。実際、あの村に騎士の小隊でもいてくれれば、あんな思いはせずに済んだであろうとは彼女も思うのである。


「あの技は受けてみたものでないとわからないだろうな。恐らく、魔狼もその技で倒したのですね」

「『隠蔽』と身体強化ですわね。それと、山賊にも使いましたが、油球を当てました。とても痛みを伴うカイエンという辛味のあるものの成分を油に混ぜて、当たると激しい痛みを目や鼻に与えます」

「ああ、護衛騎士の小隊長の報告にありましたね。それは、防衛戦に使えそうです。戻りましたら、教えていただけますでしょうか」

「錬金術士か薬師であれば簡単に作れると思います。カイエンと植物の油があれば作れますので」


 前伯は、そんなものがあれば、野盗どもにも一泡吹かせられたのにと残念がられているようである。まあ、扱いが大変だ。漏れたり割れたりした時にだ。



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