第020話-2 彼女は前辺境伯に会いに行く
王都からかの村ほどの距離、海岸線に尾根が近づく要衝に、その砦跡は存在してた。
「乗馬も上手なのですね」
「こちらまで馬車と馬を半々で乗りましたので、それなりだと思っております」
「……」
実際、馬で早足程度ができるレベルでも令嬢としてはかなりのものだが、彼女は冒険者として商人として乗りこなすことを前提に馬術を習ったので、鎧をまとった騎士程には馬を乗りこなせるのである。
「しかし、あなたの日頃の立ち居振る舞いからは、その冒険者姿は想像できませんね」
伯姪をちらと見ながら、騎士団長は彼女を褒める。やめて欲しい殺気が怖いから。
『この男、娘に好かれている自覚がねえな』
「年の離れた妹ほどにしか思わないでしょう。それは、私に対しても同じ。団長殿は客人に敬意を払っているだけですもの。解らないのは甘やかされていたからなのでしょうね」
もし姉妹がいなければ、彼女もそうなっていたかもしれない。姉と妹、役割を明確にしてくれた上で、それに見合う教育を施してくれたという意味では母は賢明であったのだろう。普通に育てられたのなら、そうはならない。
ニース領でさらに風光明媚な場所に、前辺境伯の隠居所は存在した。その屋敷は、恐らく、城塞都市が包囲された場合の後背を脅かすための砦として機能するように配置されているのが見て取られた。
つまり、この場所に少数の戦力があるだけで、城塞都市を包囲する戦力は更に必要となるし、戦力を増やさずこちらを攻撃すれば、包囲は不完全になるように絶妙な場所と地形に配置されている。
この場所に詰める戦力は500を越えることはないだろう。しかし、まともに攻めるのであれば3000程度の戦力をここに集めねばならない。攻め口は限定されているので、戦力差はそのまま生かすことはできない。
恐らく、先代の時代は王国に帰属して間もない時期であり、法国との小競り合いも多く戦争の緊張感も高かったのであろう。今の辺境伯が王都との関係を主な関心ごととし、軍事は息子の騎士団長にある程度任せているのに対し、先代の時代は国防が最優先の課題であったため、御隠居様は……村での出来事に非常に関心を持っているのである。故に、「伯姪」と共に、この場所に彼女は呼ばれているのだ。
砦跡は一本道であるが、所々に橋がかけられており、恐らく攻め込まれた際は、この橋の部分を外すことにしているのであろう。橋の手前は切り払われ、橋向こうは木々がそのままになっているのもそういう仕様なのだろうか。
「最近、ここが戦で使われたのはいつ頃なのでしょうか」
「百年以上前ですね。ここは、王国に所属する前の最前線ですから」
なるほど。この険峻な尾根の先の砦を残して城塞都市を攻めれば背後を突かれたり、補給や連絡が脅かされるだろう。最初に、この城を攻めれば、時間を稼いでいる間に、辺境伯が増援を率いて背後を突く。そういう場所なのだ。
「令嬢がそのようなことに関心があるとは、驚きです」
「令嬢というよりは、冒険者としての関心ですわ」
こういった場所は水場の確保が難しいのだが、尾根伝いに水場まで移動できたりするのかもしれない。少数で多数を迎え撃つという辺境伯騎士団を象徴するような砦に思えた。
人の背丈の倍ほどもある石積みの壁に覆われ、屋根しか見えない屋敷が見えてくる。勿論、入口はしっかりしたゲートを備えている。当然石造りである。
「開門! 騎士団長が子爵令嬢を伴いまかり越した! 開門!」
騎士の制服に令嬢二人と、冒険者三人を伴った騎馬の集団の登場に、門番は一旦、門を開けるために木戸から中に入る。そして、大声で来客の到着を伝えると、ゲートは上に引き上げられ始めたのである、ゆっくりと。
「すげえな。この規模の砦なのに、とんでもねえ備えだ」
「射点もしっかり確保されているな。少数の兵士では近寄れもしないだろうな」
剣士と野伏が小声でつぶやく。ニース辺境伯は蓄えた財をこうしたことにしっかりと使う貴族なのだということが理解できた。騎士の装備も良いものを誂えていた。見掛け倒しではなく、使いでの良い工夫の為された装備だった。
『剣の拵えなんかもな。長い鍔は競り合った時に、相手の顔面を突刺す為のものだし、両手で振り回せるように、柄も長いしな。実戦仕様だな』
近衛の持つ装飾の施された片手剣ではなく、両手での使用を考えた片手半剣を装備した騎士が、山賊を一撃で斬り倒すのを見た彼女は、人を斬ることを前提にした実戦的な剣術だと思ったのである。
そういえばと、騎士団長にそのことを話すと、彼は何の事でもないようにこう言い返した。
「辺境伯の騎士団は、海賊討伐もしますので。賊を斬るのには慣れております」
というのである。サラセンというカナンの地に住む者の中で海賊行為をする異教徒がいるのだそうで、彼らから自分たちの船を守るために、騎士団員も船に乗り込み、時には船から船に飛び移り、海賊を斬るのだそうだ。
「故にあの構えで一撃で斬り倒すわけですわね」
「その通りです。あなたの村を襲うゴブリンの群を討伐した話を聞き、二人一組の戦いも、今後取り入れて訓練してみようかと思います」
一人で魔力を使って牽制と攻撃が可能な彼女には不要なことであるのだが、普通は二人一組でそれを実践するのは、騎士も村人も同じなのであろう。
「味方に半分は自分をゆだねるというのも悪くない考え方です。騎士は1対1での戦いに競り勝つなんてのは物語の中の話ですからね。実際は、賊を狩るのが仕事です」
辺境伯の騎士は冒険者よりの発想らしく、剣士は我が意を得たりとばかりに背後で笑顔を浮かべた。
馬を降り、それぞれを砦のものに預けると、6人は騎士団長を先頭に令嬢・冒険者の順で館に入ることになった。
「この館は、元々は兵溜として使用していた広場の一部を使って、おじい様が引退された際に建て増しされたものです」
砦は本来、戦時以外は維持管理の少数の兵士しかおらず、野営も同然の環境で兵士は過ごすのであるが、今の時代、それ程多数の兵士をここに置く機会もないという事で、子爵の屋敷ほどのこじんまりしたものが建てられているのである。城塞都市にある辺境伯の城館と比べれば非常に小さいものだ。
玄関を入ると、騎士団長を老人にしたような厳つい男性と、小柄で優し気な笑みを浮かべた「伯姪」に面差しの似た女性が迎えてくれた。
「御無沙汰しておりますおじい様。本日は、王都からの客人をご案内いたしました」
「おお、噂の「妖精騎士」殿か。ようこそ、我が庵に」
「いらっしゃいませご令嬢。我が家のような気持でゆったりと過ごして下さいね。王都の話、聞かせていただきたいわ」
夫人は普通の方のようで、久しく社交をしていなかったのか、王都の話を大変楽しみにしているようで申訳がない。
「お二人とも、まずはお部屋にご案内ください。そのあとゆっくりとお話し下さい」
と、孫である騎士団長に促され、騎士団長と令嬢二人は奥へと進んだ。冒険者は従者の控え室で待つことになる。同席は今は無理だろう。
砦の庭の先には、海と城塞都市が見えている。なるほど、そういう意味ではあの城砦都市の背後を守る場所なのだと理解することができる。
令嬢二人はひとまず持参したドレスに着替えさせてもらうことにした。流石に、夫人と食事をしたりお話しするのに冒険者の様な姿ではあまり好ましくないということでもある。
それぞれが着替えている間に、騎士団長と祖父母はここ数日の子爵家が城館を訪れた話をしていたようで、部屋に入るなりとてもキラキラした目で迎えられたのである。やはり、この人たちも辺境伯一家なのだ。
『なんだか、全員同じ気配がするぜ。血筋か』
魔剣が呟くのも無理もない。身を乗り出して、魔力を使って孫を翻弄した話をし始める前辺境伯……今後は「前伯」と称することにする……は年甲斐もなく興奮すると言いつつ、グイグイ来る。
「そうかそうか、騎士を翻弄する令嬢か。いや、長生きするものだな」
「こんなに可愛らしい方が、騎士団長を座り込ませるほどの技をお持ちとは、素晴らしいですわね旦那様」
と、老夫婦が褒める中、伯姪の機嫌がだんだん悪くなってきたことを、彼女は気になっていた。
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