第002話-1 彼女は『濃白』の冒険者
森に入りしばらく歩き、踏み慣らされた林道を外れて木陰に隠れる。
『どうする。一気にヤルか』
「……やり過ごすのよ。冒険者をいきなり殺そうとするのはいただけないわね」
魔剣的には魔力を吸収したいのかもしれないが、魔力を持つものの大半は冒険者にはならないし、持っていれば新人のうちに中堅冒険者のパーティーに勧誘される。新人は効果的に経験と依頼達成を行うことで等級を上げることができるし、パーティーは希少な魔力持ちの恩恵を独占でき、さらなる高みを目指すことができる。
魔力持ち=貴族の関係者と考えると、『青』等級が最低ラインであり、魔力持ちは赤等級のパーティーに勧誘されることが多い。青にはすでに育てたメンバーがおり、今さら新人を入れてバランスを崩す必要性を感じないから、勧誘することは少ないのだろう。
結果、魔力持ちは青や濃赤のパーティーに集まっている。反対に、黒や黄でくすぶっているパーティーは魔力持ちが欲しいのである。
しばらくすると、目の前を4人の冒険者がやってきた。ギルドで見かけた顔であるし、高位の冒険者はあの場にいなかったので下位のそれだろう。全員、20歳前後の男性であった。冒険者となり数年がたち、続けるつもりならそろそろ中堅に入らなければと焦る年齢でもある。
世間では20歳は若手の部類だが、下位の冒険者としてはベテランなのだ。高位の冒険者ともなれば40代50代で活躍する者もいるが、それは達人の域に達したものか魔力持ちである。魔力は経験を重ねるほど効率がよくなるので、年齢はそのまま実力差となりやすい。若さが味方することがあまりないのだ。
『隠蔽』をかけなおし、彼らの足跡がない分岐を移動する。森の中で何か所か『狼』の群が確認されており、同じ方向に行く必要はあまりないからだ。
しばらく進むと狼に食われた鹿の死体があった。熊などもそうだが、一度に食べずに、時間をおいて食べに来ることもあるのだ。この場所で群が現れるのを待つのが良いだろう。
『足跡的には……』
「6頭……7頭かしらね」
森の中で生活する群は母親とその子供たちという系統が多い。そして、母親は賢いので相手を見て仕掛けてくるのである。ゆえに討伐は少数では危険で、多ければ姿を現さないのだ。
討伐依頼が来るのは……狼が逃げない人数で討伐が可能だからと言える。
ギルドを出てそれなりに時間が経っている。そして、彼女が夕食の時間までに戻らなければ……家族に不信感を与えてしまう。そろそろ引き上げなければと考えていると、待ち人ならぬ待狼がやってきた。
森にすむ狼はそれほど大きくはない。中型犬並みだろうが、噛み切る力は犬よりもはるかに強力である。俊敏さも大きく異なる。
『じゃあ、始めるか』
彼女は黙ってうなずく。見張りの狼を除いた群の大半が残された鹿の死骸に口をつけ咀嚼し始める。1匹だけなら『隠蔽』で殺すことも容易だが、死んだ仲間を見た狼が逃げてしまう可能性を考えると、うつべき手は一つだ。
彼女は小さな竪琴を持つと……旋律を奏で始めた。それは、ゆったりした気持ちで心休まる……眠くなる音律であった。人間ならばさらに彼女の詩を乗せ、さらに速やかに眠らせるのだが、狼は少々時間がかかりそうだ。
一頭また一頭と頭が落ちていき、見張りの狼含め、すべての狼が寝息を立て始めた。彼女は魔剣を取り出すと、リーダーらしい最も大きな狼の首に魔剣を突き立て切り下した。
『おっ、こいつ魔物だな。フェンリルと狼の合いの子かもな』
少量だが魔力を有していた母狼を魔剣はそう評価した。討伐依頼が来るほどの狼の群というのは、そんな理由があったのだ。母狼は仔馬ほどの大きさがあり、明らかに並の狼ではないし、大型種としても規格外の大きさであった。
『お前の魔力の質の高さは、ハープの旋律の効果も高めるのだな』
魔剣は竪琴を奏でる彼女を何度となく見ているが、魔物相手に使うのは今回初めてであったから、そんなことをつぶやいたりしていた。
狼の皮を急いで剥ぎ取り、一番大きな母狼の毛皮を魔法の収納袋に納めると、二人は森を後にした。
ギルドの冒険者カウンターで依頼達成の報告を行う。そして、問題の群のリーダーが魔狼であった可能性を指摘する。
「……魔狼……ですか」
「はい、買取カウンターで素材をお見せします」
買取担当のおじさんと受付嬢を前にして、彼女は魔法の収納袋から普通の狼の皮6枚と、魔狼と思わしき1枚の皮を取り出す。
「こいつは随分と立派な……狼か。熊じゃねえんだよな」
「仔馬ほどの狼でした」
「……これほど大きいとは……確かに魔狼かもしれません。この素材は……」
彼女は一番大きな皮は自分の装備として使うので売却はしない旨を伝える。ならばということで、ギルドマスターに報告するために数日お借りしたいと説明された。その分、調査費用として達成料に加算して支払うというのだ。
「承知しました。では数日お預けいたします」
「では、こちらにお預かりの控えを用意しました。それとそれ以外は」
「買取でお願いします。清算は魔狼の毛皮の返却時で結構です」
夕食の時間も近づいており、早々にギルドを出たかった彼女は控えを確認すると急いで帰るのであった。
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