寅田大愛

第1話

 海だ。視界が真っ白になった。

 白い砂浜は、裸足で歩くには熱すぎる。あたしはくたびれたぼろのブーツを脱いですぐに後悔した。蒸れて湿ったあたしの足の裏は、すぐに乾いて焦げる音を立てて火傷を負った。あたしの白い足の裏が。彼が白くて奇麗だといってくれた足は強烈な日差しを浴びて、熱されすぎた瞼が眩暈を起こすように、皮膚の表面が熱くなって、この南の地の砂浜を踏むことを拒みたがるように引き攣った。同じ白い色でもこんなに危険なほどに熱く熱されたものがこの世にあるのだとは知らなかった。あたしは両手にブーツを持って立ち止まったまま、どうしていいのかわからず立ち尽くした。足の裏がだんだん焦げていくのが痛くて、あたしは顔を歪めた。汗が流れて、垢くさい身体が蒸れて嫌なにおいを発して、のどに舌がはりつきそうなほど渇いて、息が切れる。十数歩進んだ先に、青緑色の鮮やかな大きなパラソルの下に露天商が出ていた。あたしは拷問のなにかの刑の一種で、熱された鉄板の上で裸足で歩いているかのような思いをして歯を食いしばりながら、叫びながら足を大きくばたつかせて地面を飛び跳ねるような乱れたダンスを踊ってしまわないように我慢しながら、苦労してそこまでたどり着いた。足の裏はきっと赤く熱されて火傷を軽く負っているだろう。子どものようにきゃあきゃあ喚いてみっともなく転がるように走りまわったりできないのが、あたしの性格の鬱陶しいところだ。気どり屋さん、だからだ。肌を黒く焼いたTシャツに水着姿の男のそばにはいろいろな商品が売ってあった。丸いドーナツ型や魚の形をした浮き輪、黄色や白や水色のビーチサンダル、明るい色の水着が数種類、ゴーグル、透明なビーチバッグ、ボール。あたしはぼろの布の鞄のなかから財布を出して金を渡して、一足の黄色いビーチサンダルだけを買った。男は真っ白い歯を見せて笑ってすぐに手渡した。快活そうなその南国の男の肌は汗で黒光りしていた。あたしはその男のことを、南の国の楽天的な音楽が流れる黒塗りの奇妙な楽器みたいだと思った。人間の姿をしているけど、情熱的な旋律のその音色、つまり彼の話す声は、ウクレレのように軽快なのだった。ウクレレみたいな弦楽器っぽい声で、男は礼を言った。この男はこの南国の楽器を弾くのだろうか、そこまではあたしにはわからない。その男にこの思い出のあるブーツを破棄してくれとは頼めなかった。商人の男は、あたしの持っているブーツについて、なにもたずねては来なかったが、きっと内心では不審に思っているに違いない。ブーツを一瞥したとき、男の笑顔の口の端が一瞬歪んで、目が泳いでいた。この女は狂人なのだろうか? とすら思ったに違いない。あたしの被害妄想だろうか? もともとこれは雪の国の仕様の革製の頑丈なブーツで、あたしはきっとどこにも捨てていけないんだ。捨てようと思っても、どこまでも大事にとっておいていつまでもそばに置きたがるだろう。あたしにはそれがわかる。捨ててしまうには、あまりにも大切なものでありすぎた。

 あたしはサンダルを履いて、砂浜を振り返った。眼が潰れるくらいまぶしい白い砂浜がまっすぐに緩やかにどこまでも続いていた。商人の男がさわやかに笑って、手を振ってくれた。

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