コンビニにて:第9話

父親硯りの人見知りで幼い頃から友達も少なく、加えてこの物欲の無さで色々と弊害もあったみたいだ

サンタクロースに貰ったお人形さんをその日の内に近所の女の仔にあげてしまったりと

母がその仔の家まで行って謝って返してもらって来ていたけど

大事なお人形さんをあげたりしなくてもお友達になってくれるって云ってたわよと、私からしたらトンチンカンな説教をされたのを覚えている

別に友達が欲しかった訳ではなく、単純にお人形さんなんて欲しくなかっただけだ

たまたま物欲しそうにしてる歳下の女の仔がそこにいたから、くれてやらない理由はなかった


そもそもそのお人形さんにしてもそうだった

おそらく母はふんぱつして、ある日キャラクターのプリントの入ったシャツを買って帰って来た

杖か何かを振り回しながら変身する正義のヒロインのアニメ主人公だったと思う

私は無地のシャツの方が絶対に良いと思った

胸に大きくプリントされたそのヒロインが邪魔で忌まわしく思えた

私はそのプリントを切り抜けば無地のシャツになると思ってハサミでそのキャラクターのプリント部分を出来るだけきれいに切り抜いた

当然だけど、胸に大きなイビツな形をした穴が開いたシャツが出来上がった

もはやシャツとして機能しない状態の布の塊になってしまった

母はそのきれいに切り抜かれたキャラクターの方を見て、私はこのキャラクターのことが好きで、切り抜いたプリント部分をお人形さんみたいにして遊びたかったのだと誤解した


その年のクリスマス前にサンタクロースに欲しい物をおねだりするように促されたけど何も思い浮かばなかった

そんな私を見て母は自信有り気な表情で「大丈夫、今年はサンタさん絶対に喜ぶ物を持ってきてくれるから」と云った

それが、例のお人形さんだ


父は無口で家にいてもほとんど言葉を発しなかった

娘の私との会話なんてほぼ皆無だった

そんな私と父との関係を見て母はもっと意思の疎通をしなければと心配して仲を取り持とうと努力してくれていた


言葉こそ交わさなかったが、私は母よりも父との方が意思の疎通が出来ていたと思っている

少なくとも父は私の欲しがっていない物を買い与えたりはしない


上京する際に私を連れて家電量販店に連れて行かれれば、無言でも父が「必要な物があるなら買ってやる」と云っているのは分かるし、そんな父だから私が断るまでもなく自分で安くて身の丈に合った冷蔵庫を買おうと思ってることまで察してくれた


上京する前に母に何故父と結婚したのかを訊いたことがあった

2人の馴れ初めが聞けると思っていたのに、お見合い結婚だったと云う面白くも何ともない返事が返って来た

ただ、その後に母は父と結婚して以来、1度たりとも他の男性に目移りすらしたことはないと云い切った

それはそれで立派だなとは思ったけど、道理で私が色恋沙汰に疎い訳だと納得もした


中学の卒業間際にクラスメイトの男子から「放課後に体育館の裏に来てほしい」と云われた事があった

私はそのクラスメイトから何か頼みづらい用事でも頼まれるのかと思いつつも下校前に体育館の裏に寄ってみた

そこには顔も知らない他所のクラスの男子が独りで待っていた

まさかその男子が私に用事かあるなどと思いもせずに、また、私を呼び出したクラスメイトの姿もなかったので踵を返して帰ろうとした


その見知らぬ男子は後ろから私の苗字を呼んで私を呼び止めた

振り向くと最初に「来てくれてありがとう」と云われた気がする

その後しばらくモジモジしてから「好きです」と云われた

私から見たなら顔も知らない会話もしたことのない赤の他人だ

その男子が発した「好きです」の意味が全く理解出来なかった

話をしたことすらない他人に対して「好き」と云う感情が湧く意味が分からなかった

更にその相手を呼び出して「好きです」と宣言する意図も当時の私にはさっぱりだった

たぶん「付き合ってください」まで云われてもあの時の私は何が起こっているのか理解出来なかっただろう


顔しか知らない私のことを好きになって、それを本人である私に告げてしまうと云う奇行に走ってしまったその男子は頭がどうかしているんだと思った


私は「好きです」などと血迷ったことを口走ってはしまわない自信こそあるけど

このままコンビニに買い物に行く時間をずらすことであの冷凍車のドライバーさんとは一生顔を合わせることもない筈なのに

何故かこのままでは終われないと云う胸騒ぎがしてしまい

もう話すことなんて何もない筈なのに、何を考えていてもあのドライバーさんのことに頭が行き着いてしまう

今の私なら、中学の時のあの頭のどうかしていた男子の気持ちが少しだけ理解出来るのかも知れない

もしくは、私も充分に頭がどうかしているのだろう


ほらまた、彼の事を考えてる

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