赤い糸


 私は今、嘘偽りの無い純粋な恋をしている。私の隣へ机を寄せている彼に。今月の席替えで隣になったのだ。


 彼が好きであるという明確な理由は無い。気がつけば彼のことを目で追うようになっていたのだ。それだけでなく、彼の居そうな場所に顔を向けて目をキョロキョロさせていた。


 正直、自分では重症であると思う。なぜなら、こんなストーカーじみたことをしていれば、本人に気づかれてキモがられるだろうから。好きになったのは高校1年の学園祭初日で爽やかな笑顔に一目惚れ。その時は別のクラスであった。しかし、2年に進級する時のクラス替えで同じクラスになれたのだ。


 同じクラスになってからは、まともに話せもしないくせにあたかも偶然を装って彼と同じグループや班になった。緊張で上手く話せているかは心配だが、自分なりに頑張っているつもりだ。


 そして現在、7月の3回目の席替えで運良く隣同士になれた。私のクラスでは2人1組のペアが3列に並ぶ形式で、このペアが男女にならなければならないという決まりは無い。なのでクラスに慣れて気が緩むこの時期は仲の良い友達や、恋人同士がペアになるように仕組まれる。そのおかげで彼……桑江 南(くわえ みなみ)さんとパートナーになれる可能性が高くなったのだろう。


「友原(ともはら)さん、よろしく」


 緊張と動揺で頭が破裂しそうだ。顔は赤くなっているのが分かるほど熱い。それでいて、自分の真っ赤な頬を晒すのが恥ずかしくてたまらなかった。そのため彼のいる方向とは反対に顔を向け、右頬が見えるかもしれないと思って念のため頬杖をつく。


 今まで会話した時の距離とは比べものにならないほど近い距離である。だから自分の心音が聞こえてないか心配だ。この音が彼に聞こえているなら爆発してしまいたい。


「あ、桑江さん。よ、よろしく、お願い、します……」


 よろしくの辺りでデクレシェンドが見えてしまったのか、段々と言葉が弱々しくなってしまった。言い終えてから何で敬語になってるんだろ、と疑問に思う。別に私が他人行儀であるわけではない。単純に混乱して、喋りながら自分の話ている内容を理解している。要するに何も考えずに言葉を発して勝手に後悔しているのだ。


 こんな状態が1カ月続くと考えたら2つの意味で死んでしまいそう。でも、せめてこの席の間に仲良くなりたい。もしかしたらこれが最初で最後のチャンスかもしれないから悔いを残さないように頑張る。とは言っても何を話せばいいのか全くわからないし、現在それを考える頭は仕事を放棄してるようなものだ。


「あ、あの、好きな食べ物ってなんですか」


 黒板から一番遠い窓側の席にいる私は勇気を振り絞って質問した。相変わらず顔は外の方を向いている。でも自分からすればよく頑張ったと思う。彼からしたら私は違和感の塊でしかないと思うけれど。


 外に見える朝日が眩しいおかげで、赤くなった顔はある程度カモフラージュ出来ているだろう。それでも彼と目を合わせるのは困難であった。


「ん? 急にどうしたの?」


「あ、そ、そういうわけじゃなくて……あー、その、桑江さんと仲良くなりたいから……。く、桑江さんのこと色々知りたいな……って」


 私は誤魔化したつもりだが、彼はどう感じたのか。彼は笑っているような気がした。その笑顔が見たくて仕方がない。私は吸い込まれるように彼の輝く瞳へと目線を移す。すると、やはり彼は笑っていた。その笑顔は私の心の中をほんのりと温め、頬を緩ませて赤く染める。


 私は定まらない目線を少し彼の方へ向けると彼は微笑んだ。そのサラサラとした髪を揺らす。私はその柔らかな瞳に吸い込まれそうになる。


「好きな食べ物はいろいろあるけど、一番はミートスパゲティとかのパスタ系が好きかな。逆に嫌いな食べ物はレバーかな。そういう友原さんは?」


「お、わ、私は……好きなのはカレー。嫌いなのはとにかく甘い物。ほどほどの甘さならまぁ」


「へぇ、女子はみんな甘い物が好きだと勝手に思ってたよ。そうでない人も案外いるんだね」


「えっう、ま、まぁ」


 今のは動揺しすぎたかと思ったが、もう取り返しがつかないほど慌ててしまった。もしかしたらもう嘘がバレてしまっているかもしれない。しかし、そんなことを思った時点で私の負けなのだからまだ気づいてないことを願う。


「よく言われるよ」


「そうなんだ」


 とっさに出たでまかせが思いのほか効果があったようで少し安心した。ニコニコしたつもりだったのに筋肉が硬くなってて思うように表情を作れていないのが自分でもわかる。


「ところでさ、なんで僕と仲良くなりたいの? もっと会話が上手な人に声かければいいのに」


「おっ、あ、私、友達少ないしコミュ障だから。なんか桑江さんは他の人と違って関わりやすいというか、派手でもなく地味でもないくせに明るいから」


 まただ。またボロを出してしまった。


「ありがとう。そんな風に思われてるなんて初めて知ったよ。それならさ、僕も友原さんと仲良くなりたいし、何よりクラスメイトなんだから堅くならなくてもいいんじゃないかな」


「だ、だよね」


 バレてないようで助かった。しかし、緊張しながら話題を提供するのは菜箸の一番端っこを持ってBB弾を挟むのと同じくらい神経使うし難しい。


「桑江さんって好きな人いるのかな」


「え?」


「……あっ」


 口を押さえたがすでに遅かった。死を早まってしまったのだ。ここで好きな人の名を挙げられたら私はメンタルブレイクしてもう彼と話すのが嫌になってしまうだろう。だって叶わぬ恋を眺めるだけではもどかしくて寂しくておそらく私は耐えきれない。どうせなら卒業式の時に告白して玉砕する方が気も楽だろう。


 それなのに告白の予兆を感じさせるようなことを言ってしまった。これで彼が自分ではない他の誰かの名を口から零したならもういっそ自殺したっていい。後悔とドキドキが入り混じって頭がおかしくなりそうだ。


「うーんと、好きな人、いることはいるんだ」


「へ?」


「だけどね、クラス違うしその人のこと一度しか見たことないんだ。学校は同じであることは間違いないのにおかしな話だろ? 名前も知らないし単なる一目惚れってやつ。で、友原さんはどうなの?」


「あ、そ、そうなんだ。て、え? 私⁉︎ 私は……桑江さんの好きな人がちゃんと分かったら教える、よ」


 もう訳がわからない。自分から死に近づこうとしてしまった。バカだ。


「ほんとに? でもね、残念なことにその人をどんなに探しても見つからないんだ。だから探すの手伝ってくれないかな?」


「い、いいよ」


 自分で自分の首を絞めることになってしまった。でも、どうせフラれるのだ。ここで仲良くなれれば幸いかなと思い首を縦に振った。


「その……桑江さんの好きな人はどんな人?」


「えっと、そのことなんだけどここでは少し言いづらいから今日の放課後とか予定空いてるならその時に」


「私は大丈夫。部活入ってるわけでもないから。桑江さんは部活とか入ってないの?」


「うん。入ってないよ。そうだ、もう授業始まるから準備しないと」


 時計を見上げると針は授業開始の1、2分前を指していた。教科は国語だっけと思いながら時間割り表に目を向ける。国語で当たっていることを確認すると後ろにある自分の番号が書かれた棚から教科書とファイルを取り出す。そして席に戻ろうと振り返ると桑江さんが自分の席の隣に座っている。


 当然だが当たり前じゃない。そんな日々の生活が始まりを知らせるように鐘が鳴った。




 いつもの何倍早く学校が終わったと感じただろうか。授業なんて瞬きをすれば終わっていたし一息つけば弁当が目の前にあり、隣には桑江さんとその友達が集まって弁当を食べている。一方で私は1人で弁当を食べており、私と桑江さんの間には激しい温度差ができていた。


 桑江さんが一緒に食べないか? と声をかけてくれるのをどこか期待していたから今日は教室で食べたのだけれど、そんな浅はかな考えはことごとく散ってしまった。


 また、午後の授業も風のように過ぎ去ってしまい迎えた放課後、私と桑江さん以外誰も居ない教室で胸はこれまでにないほどうるさく鳴いている。


 夕日が教室をオレンジ色に染め、吹奏楽部のフルートやトランペットの心が躍るような綺麗で透き通った音が廊下を伝って聞こえてくる。幻想的な世界に取り残された私と彼。彼に好きな人がいると知ったところで自分の気持ちが変わることは無かった。そのせいで今も目が泳いでいるし、口が思うように動いてくれない。


 緊張をほぐすため後ろで結んでいる髪を撫でる。そして、溜まっていた唾をゆっくりと喉へ送った。


「じゃあ話すね」


「う、うん」


「朝も言った通り、一度しかその人のことを見たことがないし、部活もクラスも全然知らない。だから見た目というか、特徴をいくつか挙げるね」


「う、うん」


 彼は少し気恥ずかしい様子で淡々と語る。やはり、好きな人の話をしているから気持ちも昂ぶっているのだろう。ここまでの愛を前面に受けている人が羨ましいし、その人に負けて悔しい。


「まず、ね。その好きな人ってのはお、男……なんだ」


「え?」


「冗談じゃないからね。かといって、僕ゲイじゃないよ? 好きになった人がたまたま男子だったってだけ。それを他人にバレるのが怖くて……。でも、友原さんならなんとなく受け止めてくれる気がしたんだ」


「そ、そりゃあ受け止めるよ。うん」


 思考が停止してしまって理解が追いつかない。自分が負けた相手が男子? せめて学校で1、2を争うくらいの超絶美女なら諦めもついた。が、男子に負けたとなれば今すぐにでものたうち回りたい気分だ。それに今頃事実を述べたらもう好意を晒したことになってしまう。


「それでね、友達に言ったのはこれが初めてなんだけど、その……引いた?」


「いやいやいや! 退いたなんてそんな。でも、その……驚いた、かな」


「で、こんな話した後に言うのもなんだけど、探すの手伝ってほしい。お願いできるかな……?」


 たしかに私の通うこの高校は一学年400人の10クラス編成であるので、探すのは困難だ。同じ学年と決まったわけでもないので総数は3倍だ。1人で各クラスを回って好きな人を探すのも精神的にも辛いだろう。


「いいよ。一緒に探す。けど、せめて学年くらいはわからないのかな?」


「あ、そうだ。その人を見たのが去年の文化祭の時なんだ。もしかしたらもう卒業してしまってるかもしれない。それに他校の制服と見間違いしてたらもう……」


 いつもの爽やかな雰囲気からは想像できないような弱音を吐き、暗い顔を見せた。私も苦しいけど彼も同じ気持ちを抱いているのだ。せめて彼の苦しみを取り除いてあげたい。


「で、でも、探してみる価値はあるんじゃないかな」


「そうだよね。こんなところで立ち止まってちゃ何にも変わらないからな」


 彼はいつもの明るい表情に戻ってくれた。自分は彼の役に立てるのだと思うと嬉しくてたまらない。


「その人の顔に特徴はあった?」


「んっと、髪は少し長めで黒。それからメガネ付けてて目立つような雰囲気ではなかった。それに、見た時は一日中ずっと1人で黙々と作業してたから、失礼ではあるけどもしかしたら友達いないのかもしれない」


「作業してたってことはここの生徒で間違いないと思う。他には?」


「うーん、そのくらいかな」


 まぁ一度見たくらいじゃそんな物だろうと思っていた。これは1学年を除いた全クラスを訪問して行く必要がある。


「休み時間か放課後に全クラス行って探した方が早そうだね。友原さん、一緒に回ってくれないかな」


「あ、は、はい。いいですよ」


「早速、明日からお願いしてもいいかな?」


「もちろん大丈夫ですよ」


 そうして私は自分の首を絞め始めて窒息死へゆっくりと歩き始めた。


「今日はもう帰ろう。途中まで送ろうか?」


「あ、は、はい。お願いします」


 幻想世界は徐々に薄れていくのがわかる。最後には真っ暗になってしまうのだ。あの幻想的な景色が嘘だったかのように幻となって消えてゆく。楽しい話題が浮かび上がることは無く、無言のまま校門へひたすら足を進める。


 校門をくぐり、大通りへ出た。車の騒音はいつも以上に静かだ。落ちる夕日を背後にして自分たちの影を見ているとなんとなく嬉しかった。周りから見れば私たち2人は恋人同士に見えるのかなと思うと、水中にある物を覗いた時のように曖昧な格好をした幸せがある。それから夕焼けに照らされて赤く染まり、浮かぶ雲になったかのように心地よい。


 無言であることが少し残念に感じた。しかしそれは私が不甲斐ないせいであり、緊張せずに彼と話す才能なんて望んで簡単に手に入るような安い物でないことは十分理解している。


「あ、私、家ここなので」


「高校から結構近いね。じゃあまた明日」


「は、はい」


 控えめに手を振って彼の背中が消えるまで待った。そして、彼が道の途中を曲がると家へ入る。


「ただいま」


「おかえり。飛鳥(あすか)、またそんなことしてるの? お母さんはあまり似合ってないと思うのだけれど」


「別にいいじゃん」


 母さんとあまり話したくないので早歩きで2階にある自室へ篭る。長めの髪を束ねているゴムを少し乱暴に引っ張ってコンタクトを外し、ベッドに倒れ込んだ。


「別にいいじゃないか。仕方ないことだし」


 そう呟いて枕に顔を突っ込んだ。すると、枕の柔らかな感触と反発力が夢の世界へと誘う。朝から緊張しっぱなしで疲れていることもあり、そのまま夢の世界へと引きずりこまれてしまった。




***




「すみません、このクラスでメガネ付けてる男子って何人いますか?」


 私は近くにいた男子生徒に声をかけた。


「どうしたんですか?」


「人を探しているんです」


 桑江さんがいつもの明るい調子で答える。


「えっと……」


 その男子生徒は天井に目線を向けて指を折り始めた。ブツブツと数字が聞こえてくる。


「4人ですね」


「ちなみに、その4人は今、教室にいますか?」


「はい。いますよ。あの一番奥の席で話してるグループの中に3人とすぐそこで机に伏せて寝ている人です」


「ありがとうございます。どう? いる?」


 桑江さんは目を凝らして奥のグループに目をやっている。私が尋ねると「いない」と言って首を横に振った。


「そっか。じゃあ次行こう」


 私はコミュ障だ。なのに今は不思議なほど喋れるようになっている。桑江さんとの緊張に慣れてしまったからだろうか。何かの魔法にかかってしまったようだ。いつの間にか桑江さんと話す時の緊張やドキドキは弱くなっていた。


「待って、そろそろ次の授業始まるから教室戻ろう」


「そ、そうだね。戻ろっか」


 そんな風に単調な日々が続いた。休み時間には他の教室に行ってメガネの男子を探す。授業中に雑談するようにもなり、先生に注意されたりもした。そんな楽しい学校生活が永遠に続けばな……と思うが、時間は進むばかりで戻るどころか止まろうともしない。


 まだ探していないクラスも残り2つとなったのは席替えから3週間も後のことだった。こんなに時間がかかったのはテストのせいでもある。しかし、そのおかげで延命出来たのだと思うとテストが紙ではなく、神なのではないかと思ってしまった。


 それだけでなく、桑江の好きな人が居るはずもない1学年も探したのだ。もちろん、意図的に1学年の捜索を優先させた。自分で言うのもなんだが、私もつくづく性悪だなと思う。


「あと2クラスだね。なんか、私まで緊張してきたよ」


「そっか、じゃあ居なかったら一緒泣いてくれよ?」


「何それ、女の子泣かしたら磔刑だよ」


「いやいや、そんなつもりじゃないんだ」


 もう冗談なんてお手の物。3週間もあればここまで成長できるのかと自分の能力と人間の可能性を改めてすごいと思った。ただ、緊張しなくなったとはいえ、まだ手は震えている。緊張しなくなったなんて気持ち的な問題であって、体はまだ慣れそうにない。


「ねぇ、ちょっといいですか?」


「は、はい」


 なんだかんだでこの作業も慣れてしまっていた。


「このクラスにメガネの男子は何人います? あなたを除いて」


「僕のクラスはメガネの人、僕しかいませんよ?」


「ありがとうございます」


 桑江の顔をこっそり覗くと彼は不安そうな表情であった。


「時間もまだ残ってるし、最後のクラス行く?」


 本当ならば最後のギリギリまで粘りたいところではあったが、それだと不自然なので提案した。まだ作戦は残っているのだからここは自分の好感度のためにも惜しみなくストックを使おうという魂胆だ。


「いや、やめておこう」


 以外な返事であった。あんなにまで好きであった人物をこうもあっけなく切り離すことができるか。いや、できない。一目惚れだったからどうでもよかったのか、それとも、もう卒業してしまったことを察したのだろうか。


 どちらにせよ探す必要が無くなったのなら私の考えた策略は使えない。その代わりに彼を振り向かすことのできるチャンスが到来した。これから私の時代が来たか?


「友原、放課後話したいことがあるからさ、予定空いてたら残っててくれないかな」


「うん。いいよ」


 もしかして、あっちから告白してくるとか。自意識過剰になってしまった私は誰にも止められない。



 待ちに待った放課後、こういう楽しみにしている時間へ向かう針の動く速さが信じられないほどゆっくりで居ても立っても居られなかった。他の生徒が全員帰るのを確認する。


「その、さ。今探してる好きな人、諦めようかなと思って」


「え⁉︎ どうして?」


「なんとなく最後のクラスにもいないと思うんだ。それ――」


「だめ」


 桑江の言葉を遮るように言った言葉に彼は異常な驚きを見せた。


「だって好きなんでしょ?」


「あぁ。好きだよ。でも……」


「もしかしたらメガネじゃなくてコンタクトになってるのかも! もう一回探してみたら」


「もういいんだ。その必要は無い」


「どうして」


 まさか、『コンタクトに変えた説』を聞いて希望を抱かないとは思わなかった。懐かしい記憶が蘇る。幻想世界に私たち2人はまた訪れてしまったようだ。


「……全て打ち明けるよ。私、女なの」


 私は驚きのあまり声が出なかった。それと同時にいろいろな疑問と後悔が生まれた。


「私、昔から女子っぽく無いって言われてて、学園祭の時、友達にも勧められて男装してみたの。そしたら向こうにいる男子に一目惚れした。特別イケメンってわけじゃないのに運命のようなものを感じた」


「ちょ、ちょっと待って、何で今も男装してるの?」


「その一目惚れした男子と仲良くなるため。せめて仲良くすれば満足出来るかなって思って。まぁその夢も叶わなかったけど、今は別に好きな人がいるから」


「だ、誰?」


 今度こそ私は死刑宣告されるのだ。そう覚悟して目を瞑った。歯を食いしばって手で拳を作り、煮られても焼かれてもいいように構える。


「友原飛鳥……あなたのことが好きです」


 予想外の人名を言われたことにより、私の顔は真っ赤っか。体は熱いし心臓は破裂しそうなほど暴れ狂っている。


「ほ、本気ですか?」


 視界が揺らいできた。もう一寸前の記憶が無い。私は鶏以上のバカになってしまったようだ。


「もちろん本気だよ」


 彼女の頬も赤い。どうすればいいのだろう。確かに私は彼女のことが好きだ。それだけは揺らがない。しかし、これは。


「私も、言わなきゃいけないことがある」


「な、何?」


「お、俺、男なんです」


「えっ」


 そう、友原飛鳥は男子だ。健全な男子高校生である。お互いに衝撃的な事実を知り、硬直状態。何から説明すればいいか悩んでしまう。


「あの、俺は学園祭の時にあなたに一目惚れしました。だから、その……好きです、付き合ってください!」


「こちらこそよろしくお願いします……って、ああ! もしかして……」


「え、どうしました?」


「多分、私が探していた好きな人は友原かも」


 始めは言っている意味が分からなかった。しかし、彼女が言っていた好きな人の特徴を思い出し、それが過去の自分ということを理解する。


「確かに、今はコンタクトだけど当時はメガネだった」


 苦笑いして、照れ隠ししたつもりだが、目線が重なり、お互いおかしくなって涙が出るほど笑った。


「まぁ、俺が女装した理由は男子に一目惚れしてしまったから。ゲイとか思われたくなかったからで……」


「それでいろいろすれ違って今に至るわけか。私たちって赤い糸で結ばれてたりして」


 弁解しようとしたが、その必要はなかったようだった。それから、俺も彼女と全く同じことを考えてしまった。これは運命のいたずらだったのか、あるいは――




 今日髪を切った。切った後の長さはなんだか懐かしくて可愛くて温かい。

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