あいする


「そこの君! デッサン部に興味ない?」


 部活勧誘で騒がしい中、僕はデッサン部の勧誘を受ける。絵なんて描かないし、最初は断ろうと思っていた。


「あ、あの! 絵とか分かんないんですけど、入ってみたいです!」


 僕の横から勢いよく女子生徒が入り込んできた。彼女の目は輝いていて、瞬く間に吸い込まれた。ある意味運命を感じた。誰かが幸福になれば他の誰かが不幸になるような運命を。


「初心者も大歓迎! 手取り足取り教えます!」


「僕もちょっと話聞いてみようかな」


 衝動的にデッサン部への入部を考えた。そして、彼女と一緒に入部した。その後、三日もしないうちに彼女が僕を勧誘した先輩のことを好きだということに気がついた。


 愛衣は何かある度に日野先輩を頼った。とても積極的で、愛衣の姿勢が羨ましくもあった。僕は愛衣と日野先輩が日に日に距離が縮まるのを眺めることしかできなかった。


 放課後になり、愛衣に会うためだけに入ったデッサン部の部室へと向かう。しかし、そこに僕の居場所はなかった。


 蜜柑の皮が満ちたような教室にヒグラシの鳴き声が入り込む。脳内でこだまして子騙して小玉して……。僕が覗いた教室では愛衣と日野先輩が手を重ねて絵を描いていた。


 未完成の絵として、その光景が脳裏に焼き付く。熱さで溶けたアイスが厚い画集を溶かして暑い夏に溶ける。でも、ベタベタした質感は胸の奥底に遺ったまま。融解誘拐幽界有害。言えないこの気持ちを抱えて生きて、拭えないこの言葉を刺して留めて、這いつくばりながらアイスを舐める。


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