ロマンチックな雨
「やまない雨ってなんかロマンチックじゃない?」
隣の席の結愛はロマンチストだ。いつもこういう調子で共感を求めてくる。
「そうか? てか、雨が降ってたら靴が濡れて不快に感じる」
しかし、俺はその度に否定する。
「そうだけどさ、なんか、こう……魔法を使っても実現できないし、他の人から嫌がられても降り続けるって考えたら良くない?」
「ただの自分勝手だろ、そんなの。やりたきゃやればいいって話じゃないし」
「でも、天気は何年も変わっていて、頑張ってるじゃん。だから、たまには好きなようにしてもいいんじゃない?」
「確かにそれは一理ある。ただ、そんなこと言ったら『ここに就職するため、頑張って働いて生きてきたんです!』って面接でアピールしてるようなもんだぞ」
「ちょっと理解できない……」
結愛の後ろにある窓から雨が降っているのが見えた。
「ほら、変な話しするから雨降ってきたじゃねーか」
「そもそも雨の予報だったし」
「俺は天気予報なんて見ねーから、おまえの言葉が雨を降らせたとしか思えないな」
「ひどーい! でも、そういう亮くんはどうなの? いつも堅苦しい反論して、私の感性をぎったぎったにするけど、まさか、美の一つも持ちあせていないとか?」
「……ちげーよ。俺は……」
そうだ。俺は彼女のロマンチックな感性が好きだ。でも、それを認めるのは恥ずかしいし、男のくせにロマンチストなんて言われるのは嫌だ。それに俺は、やまない雨のように現実では有り得ないし、他の人から嫌がられ、自分勝手な恋をしているから、この話を肯定したら駄目なんだ。
「俺は……馬鹿なんだよ。おまえみたいにな」
「ちょっと、予鈴に合わせて喋らないでよぉ。それはずるいって。もう一回言って?」
「やっぱり馬鹿だな。俺は同じことは二回も言わん」
「その言葉は何回か聞いたことあるよ」
「揚げ足取れて嬉しそうだな。次はないと思って喜べ」
「え? いつもと違って素直だね。『俺の性質を説明しただけだから、このセリフも含めてノーカンだ』なんて言わないの?」
「あぁ、言わないさ。最後くらいは」
「ん? 最後?」
「いや、なんでもない。それより、授業の準備したのか?」
「あっ。課題やってない! 光の魔法の活用ってところ見せて!」
「実はな、俺もやってきてないんだ」
「なななぁあの秀才亮くんが!?」
「秀才でもめんどくさいと思う時はあるんだよ。まぁそうだな、浜崎とかはやってるんじゃね? 今ならまだ間に合うよ」
「そ、そうだね! 行ってくる!」
「……じゃあね」
彼女が窓際の席へ行った後、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。そして、俺に人を殺すような目が集まる。嫉妬や羨望といった感情が酷く拗れるとここまで鋭くなるのだ。
俺だって頑張ってきたさ。初めは厳しい貴族の家庭で育ち、両親の言うことを真面目に聞いていた。だが、俺には大した才能はなく、勉強も普通未満、運動も底辺、魔法を扱う才能に関しては絶望的であった。
何度も何度も挫折しかけた。何度も何度も両親に激怒され、殴られた。十五の時は自殺も考え、未遂にまで至った。でも、この世界から逃げることはできず、頑張るしかなかった。そうして、ようやく、能力を身につけた。
許嫁も決まって順風満帆に思えたが、魔法学校で出会った少女に恋をしてしまった。
彼女といることこそが、この人生の意味だとも思った。だけど、世の中はそう簡単に許してくれなかった。
まず俺は許嫁に嫌われるよう、素行を悪くし、食事会も連続で欠席したりした。
もちろん両親が黙っているはずもなく、俺と好きな人とを引き離すと言われた。だから、俺自身が彼女から離れる。そっちの方がロマンチックだ。
鞄を持って、彼女が窓際にいる間に教室を出た。最後の『課題をやっていない』という嘘が今更胸に染みる。
外へ出ると想像以上に雨が強くなっていた。やまない雨という言葉が浮かんだ。いや、まさか。俺は自分の気持ちをここで断つし、この雨だって明日には……。
「あぁ、そうだよ。やまない雨な、すごいロマンチックだよ」
独り言は雨に掻き消され、俺の記憶の片隅に遺るだけ――
「やっと認めてくれたね」
「えっ!? なんでここに……」
振り返ると結愛がいた。
「なんでって、そりゃあ急に帰ろうとしたら追いかけるよ」
「待て、もう授業始まってるだろ!」
「サボろうとしたのはどちらですか。というか、私から逃げようとしたでしょ?」
「……」
「分かってないなぁ。私が亮くんの想像より頭が良いってこと。私は亮くんと逃げる覚悟はできてるよ」
「あぁ……そうか、気がついていたんだね」
「うん。だからさ、一緒に逃げよう? 何処まででも」
「断る理解なんかない」
彼女はふわっと笑い、俺に手を差し出す。
「雨に濡れて学校から逃げるってロマンチックだね」
俺はその手を握りしめ、絶対に離さないと誓う。
「そうだな。そのシュチュエーションよりも結愛の方が好きだ」
二人で雨の中へ飛び込んだ。靴が濡れても、結愛と一緒なら不快に感じなかった。
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