第107話
「リアちゃんみたいに非凡な人にはわからないよ」
正確には非凡になってしまった人、ないしは非凡にしてしまった人だが。
「そうだね。さすがの私もエルルくんの気持ちを一字一句間違いなく理解するのは至難の業だし」
「…不可能とは言わないんだね…それはそれでもう少し掘り下げて聞きたいところだけど、今はそう言うことを言ってるんじゃないのは分かってるでしょ?」
「うん、分かるよ。その上で言う。嫌なことはちゃっちゃと済ませて、のんびり過ごせば良いじゃない」
「…分かってるけどさ」
「大丈夫。沢山の人が死んでも、エルルくんの作った魔王…と名付けた生き物たちを使い潰しても、エルルくんは悪くない。どうしようもない、避けられないことなんだから。罪悪感なんてゴミ箱に捨てちゃいなよ。致し方ない犠牲っていうやつだよ」
「す、凄い冷たい事言ってるよ?その自覚はある?」
「うん。でもそうした気遣いは必要ないよ。有象無象に情を向けるくらいなら、その分もエルルくんに注いであげる。嬉しい?」
「う、嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しいけど…」
ちょっとだけ怖さを感じる。
「なんども言うけど、やらないって選択肢はないんでしょう?」
「…うん」
「そしてやるならやるで、意欲的に、効率的に、さっさと済ませた方がいいよね?」
「はい」
「じゃあ、まずは魔王たちの住処に連れてって?一緒に効率よく間引きをする手段を考えよ?」
「いや、リアちゃんにそんなことさせるわけには」
「気にしないで。私は嬉しいの。エルルくんの力になれることが。今まで感じていたエルルくんの罪悪感も一緒に背負ってあげる」
「り、リアちゃん…」
な、なんて健気で甘美なことを言ってくれるのだ。
思わず頷きそうになるが、そこで思いとどまった。
そんなことを言ってくれる彼女だからこそ巻き込めない。
巻き込みたくない。
聡明スキルでいつの間にか、知能だけではなく情緒もまた大人になっている節のある彼女だが、それでも幼い子供には変わりはない。
大切な存在には変わりはない。
ゆえに。
こんな殺伐としたことに関わらせてはいけないと強く思う。
「ありがとう。でも…そんなことを言ってくれるリアちゃんだからこそ、こんなことに関わらせたくないんだ。
気持ちだけ受け取るよ」
「…そう」
いかにも私、不満ですって感じの目で見てくるリアちゃん。
「ただ…その、本当に辛い時には相談というか…愚痴を聞いてもらえたらなって」
「分かった。ひとまずはそれでいいかな…エルルくんも男の子だもんね」
「そんなカッコいいものじゃないけど…」
「とりあえず秘密を打ち明けてくれただけで満足しておくけど、私はいつでも助けになるからそれは忘れないでね」
「うん。リアちゃん、本当にありがとう」
秘密の共有、と言うだけで不思議と罪悪感が晴れた。
それだけでだいぶ上等な結果であろう。
いや、それだけではない。
リアちゃんの中途半端であると言う話は確かにその通りだ。
身に染みる。
魔王クリエイターによる間引き行為を改めて考え直さなくてはならない。
なにはともあれ今日はいい夢を見れそうだなぁ、なんて呑気に家路についた時のこと。
いや、まあ、普段から寝付きが悪いかと聞かれればそう言うわけではないのだが。
『ちちうえ』
頭に声が響く。
「どうしたの?なにかあった?」
声の主は聖女三姉妹の1人、聖女ニアだろう。
僕をちちうえ呼びするのは聖女ニアくらいなものだ。
僕の住まいから少し離れた場所の雑木林にダンジョンメイカーのダンちゃんに作らせたダンジョンと言う名の実質、魔王やら、孤児たちの面倒を見させるために作った聖女やら聖女見習いやらの家でぬくぬくと過ごしているはずだが、切羽詰まっている声音だ。
緊急事態だろうか?
テレパシーというか、念話というか、遠く離れた人と電話で話すように遠隔での会話を可能にするスキルを持つ魔王を介せば、いつでも会話が可能なのだが、その魔王は他の魔王や聖女たちから嫌われており、あまりテレパシーを使われた覚えはない。
なのにも関わらず使ったと言うことは
『さどらん帝国のダンジョンが潰されたって!』
「はぁ!?」
丸一年かけてようやく軌道に乗り出しその名も「便利アイテムを人類へ布教して、それが浸透した頃に全部無くしちゃえ大作戦」計画が台無しになった知らせを聞いて僕は驚きの声をあげずにはいられなかった。
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