第101話

師匠がどこからともなく取り出したのは魔女の装具。


火遊び魔女の玩具箱。


それは一見すると麻で出来た小さな布袋である。

もちろん、ただの布袋であるはずがない。

人権がない時代の魔女の村において、とある魔女がいた。

彼女は火遊びが好きな女の子で、攻めてくる人間達を火だるまにし、悲鳴をあげて燃える様を見て楽しんでいたと言われている魔女だ。

現代においては最も残酷な魔女として。

人は環境によっては非常に残酷になれると言う悪例を教え込むために道徳の授業などを通じて広くその名が知られている魔女の1人である。


ある日のことだ。

火遊び魔女は魔女の村にいる小さな魔女達をあやすために作られた玩具をしまうための布袋を魔女の装具へと変えた。

当初はあくまで、玩具箱としての機能しかなかった。

片付けができず、ちらほらとどこかへ玩具を無くす小さな魔女達を見て、遊び終わったら自動で玩具を吸引して、無くしたりしないようにするためだけの魔女の装具とは名ばかりのちょっとした魔法の品のようなものである。


年少の魔女達が河原や村のどこからか拾い集めた綺麗な石や、タマムシなどの死んでも綺麗なままの虫の羽やら、植物の繊維と少動物の皮で出来た非常に簡素な人形などが入っていた。


しかし、いつの日からか玩具箱にオモチャが入ることは無くなった。


魔女の村は歴史上、三度の滅亡の危機に見舞われたと言われている。

一度目の魔女撃滅大戦と呼ばれる人間による大規模な侵攻によって、攻め込んできた人間に持ち主たる年少の魔女達が軒並み殺されたことで、オモチャを必要としなくなったためである。

魔女の村は虐げられてきた魔女達の最後の拠り所。

年少の魔女はもちろんのこと、全ての魔女がお互いに助け合い、家族以上に結束しながら過ごしていた矢先の出来事である。

当然ながら火遊び魔女は怒り狂い、不要となった玩具箱を本来の用途とは違う形に変えた。

自らの生き血で赤色に染色した殺された魔女達の皮を麻袋の裏地に縫い付けると言う狂気じみた行動に出たのである。

当時の彼女が何を思ってそうしたのかは諸説あるが、血に染まった皮を縫い付けられた麻袋は、一見は普通の薄汚れた麻袋でも、内側は皮膚に近い質感の真っ赤な裏地を持つに至った。

そして、この時からオモチャではなく火遊び魔女が出した火の魔法を入れられるようになったのである。


魔法で発生させた炎を溜め込み続けることができる。


これが火遊び魔女の玩具箱の力だ。


しかも、一度玩具箱に入れた魔法は決して無くなることはない。


遊び終えた玩具を玩具箱に片付けるように、玩具箱から出てきた炎は対象を焼き殺したら玩具箱へと戻ってくる。

まさしく魔法と呼ぶべき不思議な現象を引き起こす。

そのメカニズムは魔法のあるこの世界であっても理解し難いものである。

残念ながら種類の違う魔法は玩具箱の中で相殺しあってしまうために入れることはできないが、それを補ってあまりある効果であった。

そして、玩具箱は火遊び魔女を始めとして、様々な火を扱う魔女の手に渡る過程であらゆる火や炎の魔法の攻撃魔法が溜め込まれており、ひとたび玩具箱を開ければちょっとした街ならば更地に変えるだけの大量の火魔法が飛び交うであろう。


それを師匠は魔王キノコのキノコマンに対して使ったのである。


ぴかり。


魔法の射出は一瞬。

一つ一つの魔法の制御は決して難しくはない。

しかし、数えきれない程に大量の魔法が詰め込まれており、それの制御に非常に大量のエネルギー、すなわち魔力を消費する。

師匠は僅か数秒に関わらず、思っていた以上に自らの魔力がゴリゴリと削られていくのを実感する。

少しでも魔力をケチって制御を誤ればキノコマンどころか周囲の街を焼きとばしかねず、なんなら自らの体を丸焼きにしてもおかしくないくらいに大量、かつ高温の火魔法を全てキノコマンにぶつけた。


3000トン以上にも及ぶ質量は一瞬で丸焦げだ。

体を作る際に使った土や岩はあまりの高温にガラスや陶器のように脆く固まり、固まりきれなかった一部がぱりぱりと零れ落ちていき、溶解した岩の一部がまるで血のように巨大キノコマンの体から垂れ落ちていく。


「まったく、相変わらず制御が大変ったらありゃしない」


麻袋に戻っていく火の数々を視界に収めながら、仇を討てたことに少しばかり安堵した矢先のことである。


人々のざわめきがより大きくなり始めた。


「今日のところはここまでかね…細かい報告は明日にするとしようか」


こうしてキノコマンは倒された。


かに思われた。


転移魔法で師匠が立ち去り、騒ぎを聞きつけた野次馬もまた飽きて立ち去った数日後のこと。


にょきり。


この付近では見られないはずのエリンギのような見た目をしたキノコが生えてきたことに誰も気づかないまま…


「生き残れたとでも思ったのかい?」

「…っ!?」

「爆ぜろ」


真菌類特有のしつこさを見せたものの、そうした知識もまた持っていた彼女により念入りに焼き殺された結果、魔王キノコは焼失してしまったのである。


5章 終


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