第100話
3000トン以上と聞いてもあまりピンとは来ないかもしれないが、東京タワーの質量が約3600トンと聞けばそれがどれほどのものか多少は想像はつくであろう。
体長は約40メートル。
某特撮における初代光の巨人と同じ身長を誇る。
あのヒーローと相対していた怪獣たちと同じくらいのスケールを思い浮かべればキノコマンの今の巨大さがわかるはずである。
「はっ、デカけりゃ良いってもんじゃないよ?
動きを鈍くして、マトがデカくなるだけの悪手だね。こんな図体のでかいノロマの攻撃が当たるほど耄碌したつもりはー」
「さて、貴女は良い奴とやらでしょうか?」
「ない…っん?」
「やりなさい、キノコマン」
流石に質量が大きすぎるのだろう。
超巨大なキノコマンはゆっくりと背を向け始めた。
「あんたら、まさか…」
「察しが早い…いやまあ、気付きますよね。あれをそのまま街に突っ込ませます。さて、貴女は止めますか?止めませんか?」
「爆ぜろ」
今まで喋っていたアルルがまたもや発火し、炭へと姿を変えていく。
しかし、口は変わらず動き続けた。
「良い奴は早死にするのでしょう?
我々からすれば貴女もそうであってほしい者です」
と言い残し、もうそれっきり新たな彼女は出てこなくなった。
「…もう魔力が感じ取れない…中枢部があってそれが本体ってタイプの魔獣か。今より数や種類が多かった昔ですら数が少ないレアなタイプがまだ生き残っているとはね。少女の姿をしてるのがまたタチが悪い…そのせいか?やけに人間くさい」
アルルもとい、ジョンくんの持つダンジョンワープのスキルはダンジョン内で自在にワープ、すなわち転移魔法を使えるスキルである。
厳密には『ダンジョン内のどこかへ』ワープするスキルである。
ダンジョン内で、と、ダンジョンへ、と言うのでは少しばかり語弊がある。
例えばダンジョン内から外にワープは出来ない。
逆に言えば外からダンジョンへはどこからでもできる。
ジョンくんは創造主たるエルルを敬愛している。
ゆえにエルルと会話をしたいからとダンジョンクリエイトで喋れるようにするのは当然、しかし、それをすれば自らの体をミミズのような姿に創ったエルルに不満を持っていると捉われかねない。
ゆえに彼はエルルの名前に似せたアルルと名付けた人形のような体をいくつも用意し、自らの体には一切の手を加えなかった。
しゃべりたい時はダンジョン内に待機させてあるアルルの脳内にダンジョンワープで入り込み、まるで一部の寄生虫が宿主を操るかのようにアルルとして動いていた。
しかし、立て続けに失いすぎたせいか師匠と呼ばれた彼女が今殺したのを最後にアルルは全て焼失したようである。
ジョンくんは今頃はダンちゃんがいるエルルがいるプラベリア辺境付近のダンジョン内にワープしている。
長距離の転移魔法が使えるらしい転移魔法に熟知した師匠でも距離があり過ぎたようで、どこに消えたかは察知できないようであった。
「まあ、いい。魔力は覚えた。あいつはいつか絶対に殺す。それよりも、目の前のデカブツをどうするかだよ」
大きな地響きを立てて街へと向かう菌糸怪獣を眺めながらボヤいた。
「…良い奴、か」
これからどうするかと彼女は考える。
見逃すのは論外だ。
街を守らなきゃ、みたいな青い正義感からではなく、奴もまたフォルフォーとルービィの仇だからである。
仇を取ってやらねば気が済まない。
しかし、今殺すべきかは考えなくてはいけない。
あれほどデカイやつともなると殺すのは無理とは言わないが、自分ですら中々どうして骨が折れる。
幼少期の経験から、師匠と呼ばれた彼女は常にある程度の余力を残すのを信条としている。
この街にも戦える者は皆無という訳ではないだろうし、現在地であるサドラン帝国は元々、周囲に生息していた巨大生物であるドラゴンを根絶させた歴史を持つ国だ。
そのお国柄ゆえ巨大生物との戦いはお家芸なはず。それよりもさらに巨大な相手といえども、多少なりとも弱らせてはくれるくらいの働きは見せてくれるだろう。
なんならそのまま仕留めてくれても構わない。
自分の手でなくとも、結果的に仇が死ねば十分。
だから、このまま見過ごすのがベター。
なんならベストまである。
しかし。
「まあ、人もいっぱい死ぬかもなぁ。ドラゴンがいた時代からだいぶ時が経つし」
サドラン帝国がドラゴンを駆逐して、だいぶ長い時が経つ。僅かに生き残ったドラゴンもいるが、それらはサドラン帝国に近づくことはない。つまりは巨大生物との戦いのノウハウはだいぶ錆び付いているのではないか?と言う不安があった。
最終的にはどうにかできるだろうが、それまでにどれほどの被害を与えるか容易に想像ができる。
なにはともあれ試しにとばかりに彼女は巨大キノコマンの前に転移した。
「爆ぜろ」
彼女の一言。
すぐにキノコマンの体のごく一部が発火、爆発するが、あまりに巨大過ぎてまるでダメージになっていない。
「やっぱりこれじゃ何発当てたところで時間の無駄だね」
土や岩も混ざり込んでいるせいか、火の移りが悪いせいもあるだろう。
「奴に言われたことを気にしているわけじゃない。
気にしているわけじゃないが、まあ、たまには良い奴になってもバチは当たるまい」
キノコマンは立ち塞がる彼女には見向きもしない。
攻撃したところで避けられるだけなのが分かっているからだ。
今できることは街への攻撃。
彼女がお人好しであれば、自ら街を庇おうとして勝手に消耗するし、そうでなくても人間の間引きという最終目標は少しだが達成できる。
「知っているかい?今、魔科学武器と呼ばれるソレを昔は魔法使いの杖なんて名前で呼んでいたんだ。
しかし、魔女である私たちはそう呼ばなかった。
正しくないからね」
正しくは魔法使いになるための杖って呼ばれてた。
と、彼女は呟く。
あくまで魔法が使用できる様になるだけ。
使いこなせるかはまた別であると。
「今じゃあ魔女までアレに頼る始末。私たち古参の魔女たちはあんなものは使わない。
いや、使っていられるほど余裕のある時代じゃなかった。
色々な意味でね」
ずずずとゆっくりと巨大キノコマンが街へ進む姿に、街の人々が気づき始め、その喧騒がここまで聴こえてくる。
「使うなら杖じゃない。
自らの魔力、それだけさ。でも、それだけじゃあ不十分なこともあった。
だから魔女達は見出した。
新たな武器を
どんな相手からも身を護ることができる力を」
人間から魔女が突然変異体として生まれ始めたはるか昔。
魔女に人権は無く、彼女達は恐れられ、沢山の人間に命を狙われることとなった。
大半の魔女は成人する前に殺された。
しかし、魔法を本能的に扱えるゆえに一部の魔女たちは身を護ることに成功し、生き残る。
魔女であっても我が子であるからと守り育てられたケースも非常に少ないが、ある。
そうした生き残りが集まった結果、魔女だけの村が出来上がり、魔女たちはコレで平和に暮らせると考えた。
しかし、魔法を思うだけ、考えるだけで扱うことのできる魔女たちの村を周辺諸国が危険視するのは当然のこと。
魔女と人類は度重なる争いを行ってきたのだ。
当時の魔法を使うための道具、魔法使いの杖は現代版魔法使いの杖にあたる魔科学武器に比べてかなり原始的であり、ごく一部を除いてまともに使える様なものではなかった。
同じ人の姿をしておきながらも自在に魔法を扱う魔女に対する嫉妬もあったのだろう。
人類は狂っているのではないかと思うほどにしつこく攻め込む。
相手が1人ならば魔女が勝った。
2人でも結果は変わらない。
3人でも傷一つつかない。
4人でも意味がない。
5人も一緒だ。
10人も、まあ大丈夫。
20人ならば魔力が尽きる。
30人ならば魔女が嬲り殺しになる。
魔女は強い。
しかし、魔法を使うためのエネルギーは限られており、無限にあると言うわけではない。
人数もまた少なかった。
長い期間、立て続けに攻め込まれてしまうと何もできなくなってしまった。
原始的ながらも当たれば致命傷を負いかねない銃を持ち、圧倒的な数で攻め込んでくる人間達に魔女達は苦しみ、苦しみに苦しみ抜き、しかし、ある解決法を見出す。
彼女達が見出した苦肉の策とは死んだ魔女、ないしは何らかの理由で遠からず死ぬであろう魔女達が自らの体の一部を使って、同胞が生き残るための武器を作ること。
生き残る同胞のために、自分自身の意思で人間との戦争で傷付いて動かぬ腕を引きちぎり、それを元に腕の形をした杖を作るなんてのは序の口。
時には剥いだ皮膚を用いたローブ、抉り取った目玉を加工したスコープ、生き血を抜きそれをインク変わりに魔力を増幅させる魔法陣を体に彫り込んだり、髪の毛を含めた全身の体毛を全て引き抜いて作り出された肉片がところどころに付いている毛の塊状の用途不明な物品などもある。
当然、痛みを緩和するための麻酔などは当時にはない。
あったとしても虐げられ、追い詰められつつある魔女達にそれを入手する余裕などあるはずもない。
あゝ、いかほどの覚悟を胸にそのような凶行に及んだのか。
魔女が作った、魔女のための、魔女にしか使えない、魔女の忘れ形見。
人はそれを畏敬と恐怖を胸に、こう呼んだ。
魔女の装具、と。
「力を貸しておくれ。装具『
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