第92話

「ルービィッ!?」

「フォルフォーッ!背中合わせになって壁に剣を突き立てろっ!!」


唐突に足場が無くなり、落下し始めた2人。

でありながらも、先程の狼狽え方が嘘のようにルービィ少年はフォルフォー少年に呼びかけた。

瞬時に心を入れ替え、最適な行動を指示するルービィ少年はもちろんのこと、その指示に全幅の信頼を持って即座に言われた通りにするフォルフォー少年もまた優秀であった。


ゆえに。


「ぐえっ!?」

「くっ!!」


特に怪我なく着陸することに成功する。

落とし穴の深さは約100m。

装備や荷物含めて70キロいかないくらいの体重の彼らが地面に追突するまでの時間は、約4〜5秒。

落とし穴というのは普通の人の場合、2m近くを超え始めたところで重傷を負いかねないほどに危険な代物である。

地球の場合、国にもよるが深い落とし穴を掘る場合、許可がないと犯罪になる。

その落とし穴が高層ビル並みの100mという深さで急に出現したのだからもう大変。

魔力のおかげで身体能力が高いこの世界の人類であってもちゃんと仕留められるように、しかし深過ぎて対応するための時間を与えないようにと考えての絶妙な深さの落とし穴であった。

大半の探索者は急な落とし穴からの落下死までの約5秒に満たない制限時間内に対応できずに即死、ないしは致命傷を負うのだが、だからこそ無傷の2人の才気煥発ぷりが伺える。


「ルービィ、怪我はないか?」

「ああ、そう言う君も元気そうで何より。それよりもこうも真っ暗だと足元も覚束ない。灯りの魔法を使うが、何があるか分からない。警戒を忘れるなよ」

「あいよ。それにしても、あの子は何なんだ?急に顔に似合わないとんでもないことを言い出したが…二重人格ってやつか?それとも何かに乗っ取られてとか…」

「そう言う人間だったってことじゃないか?僕にも何が何やら、とりあえず敵と判断して動こう。もしかしたら僕たちを殺した後であの腕輪で僕たちの財産を掻っ攫うと言う悪女の可能性も…」

「あんなに可愛いのにか!?」

「…気持ちは分からないでもないが、見た目と性格の良し悪しに因果関係は無い…こともないか?可愛いゆえに叱られる経験が少なくなりそうだし、むしろ可愛い子の方が悪女率は高い…いや、今はそんなことを考えるよりここを脱出することを優先しろよ、フォルフォー」

「そんなこととらやを考え出したのはお前だろ?

脱出しなくちゃいけないのは俺にだって分かってるから、はよ灯くれよ」


まあ。


飛び抜けて優秀ゆえに明確な殺意を向けられることとなったのだ。


「あれ?

死んでませんか?

ゴキブリみたいなしぶとさですね。大抵はこれで死ぬんですけど…」


落とし穴の先に繋がっていた大きな空間に、感心したような声が響く。

灯り代わりのやたらと明るいカンテラを持ちつつの再登場、アルルである。


「ゴキブリさんを舐めんなよ」

「罠に嵌めた相手に対しての第一声がそこですか。生き残っただけではなく、余裕もだいぶあるようですね」

「で?どう言うつもりなんだ?俺を罠に嵌めて装備を漁ろうって腹か?

やめた方が良いんじゃないか?

あんたもギルドに登録している以上、こんなこといつかバレる。

長続きしねぇよ。

今なら黙っててやるからさ、帰り道を教えてくれたりはしねぇかな?」

「ははは、そんな言葉を信じるとでも?

普通は後から通報しますよね?

ちなみに足がつくことはありません。ギルド職員の大半は我々の手勢ですので」

「はぁっ!?」


フォルフォー少年にとって、びっくり仰天な言葉。

思わず奇声をあげてしまう。


「ま、まさか…まさかっ!?」

「ふふふふ、あまりの衝撃の事実に言葉も出ないみたいですね」


びっくりする人間を見るのが好きと公言するアルルはフォルフォー少年の驚きぶりに大変ご満悦。


「天使で女神なニフィちゃんもお前の仲間だったりするのかっ!?

そんなバカなっ!?」

「…本当に余裕いっぱいなご様子で何よりです」


だったのだが、フォルフォー少年の驚きぶりが想定とちょっと毛色が違うことに些か不満になる。


「どうなんだよっ!?

ニフィちゃんは知っててお前をよこしたのかっ!?」

「…し、知りませんよ。ニフィなんて名前は聞いたことないです」

「ま、まじかっ!良かった〜!」


そして。


「まあ、どちらにせよ、関係ないですけど。

はて?そういえばもう1人いましたよね?彼は…っ…あ、らっ?」

「死ぬのは君だよ」


アルルの持つカンテラの灯りが見え始めた段階でルービィ少年は光を遮断して姿を見られにくくするシャドウスキンと呼ばれる魔法を使用していた。

光を遮断するだけなので、SF映画などに登場する周囲の景色に溶け込むとされる光学迷彩や、姿が消える魔法のような便利なものではなく、あくまでも光を遮断するだけの…すなわち墨を全身に塗ったくったような見た目になるだけの魔法であるが、元々真っ暗闇な今いる場所で、姿を紛れさせて不意打ちするのにはちょうどいい魔法であった。

背後からの剣による1突き。

人間ならば完全に致命の一撃。

助からない。



「良い陽動で助かったよ、フォルフォー」

「ニフィちゃんは大丈夫だってよ!ルービィっ!!」

「…陽動、だったんだよね?」

「そんなことより、ニフィちゃんを助けにいかねばっ!!

こいつの仲間がニフィちゃんを襲っているかもしれないだろうっ!?」

「落ち着きなよ、そんなことをする意味はないだろうから、ニフィちゃんは無事だよ。多分」

「お前が気安くニフィちゃんと呼ぶなっ!!」

「ああ、もうっ!今は脱出だろっ!?頭を切り替えろよ!!」


ぱったりと倒れたアルル。

血を流しながら完全に終わったかのように思われた。






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