第91話

そう言って見せられたのはアルルの左腕に付いていた無骨な腕輪。

彼女の綺麗な見目に不釣り合いな無骨さに、ちょっとばかし気にはなっていたが。

どうやらその腕輪に秘密があるのだと言う。

もといアイテムの出し入れはその腕輪で行うのだとか。

それを聞いてへぇとなるフォルフォー少年に対して、まるで納得が行かない様子のルービィ少年。

何故ならばそんな…


「そんなチャチな腕輪で次元干渉からの物理的干渉が出来るはずが…」

「お、おいっ、言い方っ」

「あっ、し、失礼した」


思わずとばかりに悪様に言ってしまうほどにルービィ少年は狼狽えている。

彼がこんなザマを晒すのは非常に珍しい。

そもそもの性格もあるが、2人を鍛えた師匠にいついかなる時も冷静さを失ってはいけないと口を酸っぱくして言われ続けていたためである。

その教えをしっかり守るルービィ少年は、一緒に育ってきた幼馴染のフォルフォー少年が引くほどに冷静であり続けているのを知っている。

ここ、迷宮内のあれこれや死を実感させてくるピンチに追い込まれたことがあってもルービィ少年はどこかで冷静さを残し続けてきた。


その彼がガッツリ失言…相手の所持品、それも腕輪という装飾品に分類される物品にチャチな、と言う悪口とも取られかねない言葉を吐くのは非常に珍しいことであった。

思っていたとしてもまず口に出すような彼ではない。

他人から見れば価値のない物であったとしても何かしらの思い入れがある場合があれば、要らない争いの元になることを重々承知しているからである。

むしろそうした失言をするのはどちらかと言えば、つい口に出してしまうフォルフォー少年であることが多かった、と言うよりルービィ少年がそのような失言をしたところを見たことがない。


「別に構いませんよ。ルービィさんが驚いている理由は分からないでもないです。

このような小さな腕輪一つで、専門家が非常に大規模な施設を用意してなお至難の技をあっさり再現すると言うのは確かに冷静さを失っても仕方がありません」

「そ、そう言っていただけてありがたい。

その、差し支えなければその腕輪の由来を教えて貰うなどは…」


実は次元だの、空間だのに干渉する技術の理論自体は普通に提唱されている。

この世界では人口が多く、魔力というもう一つの体内エネルギーによって寿命が長いぶん、1人でも天才が産まれればその天才が長い間、研究と研鑽を続けることができる。

各国の地球とは比べ物にならない技術力にはそうした背景があってのこと。

ゆえに過去から現在に至るまでの天才達による叡智によって複数の、かなり確度の高い次元や空間に干渉する理論が複数あるにかかわらず、一つたりとも再現はされていないというのは、それだけ難しいということであり、その再現されない、不可能とされている一番の理由はエネルギー消費量にあるとされる。


どの理論であれ、エネルギー効率を最大限に配慮した理論を最低限の規模で実証しようとしたとしても、人間が生涯に消費するエネルギーを約5億人分用意してようやく干渉できると言われている。


それだけ膨大なエネルギーが腕輪のどこに蓄えられているというのか。

ないしは生み出しているというのか。


「もちろん既存の理論を元に作成された腕輪ではありませんよ?

既存の理論ではここまでの小型化はまず不可能ですし、よしんば開発されていたとしても私のような小娘に渡されるはずもないでしょう?」

「まさか…」

「明らかなオーバーテクノロジー…どこからどのようにしてやってきたのか不思議な物品。そのような夢みたいな品が手に入る夢みたいな場所をお二人はすでにご存知ですよね?」

「ここで…不思議なダンジョンで手に入れた…」

「その通りです」

、いくらなんでも…」

「それがありえるから不思議なダンジョンと呼ばれているわけですね」


ルービィ少年はこの不思議なダンジョンで様々なアイテムを手に入れ、見てきた。

それでなお、彼はあり得ないと言う。


それほどまでに信じがたい…目の前で繰り広げられながらも何かのペテンだと言われた方がまだ納得できた。

だが、どうやらそれがあり得てしまうらしい。


が。


「なぁ、ルービィ、お前、さすがに驚きすぎじゃないか?」

「フォルフォー、君はコレの凄さがまるで分かっちゃいない!」

「ふふ、ルービィさんはこれがすごい物だと分かってはいるようですけれど、フォルフォーさんは過剰だと考えているみたいですね。

ルービィさんの言う通り貴方が考えている100倍以上は凄い代物ですよ?」

「あ、ああ、分かった。けど、そんな凄いものをこんな簡単に見せて良かったのか?

その…ルービィの様子や君の言う通りなら早々気軽に使うのは不用心だと思うが。

ついでに言えば、持ち帰るときにはその腕輪を使うんだろ?

迷宮ギルドの職員にはバレるし…手ぶらで行き帰りする俺たちを見た他の探索者達に探られて、最終的には君の身の危険に関しても考えなくちゃいけなくなる」

「ふふ、大丈夫です。

問題ありませんから」

「そ、そうなのか?」

「これは私の性格上、びっくりする人間を見るのが好きだから、殺す前におどかしてやろうとしただけですので」


は?


あまりに急な脈絡のない殺意の言葉に、別の意味で驚く2人。

あまりに素っ頓狂な言葉に、聞き返そうとして2人は急にふわっと体制を崩した。


地面がない。


なくなって彼らは仲良く落下した。

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