第68話
「ふむ、獲物が皆居なくなってしまったな」
大都市ランブル。
一見すると街並みにほぼ変わりはない。
しかし、人気が皆無のゴーストタウンと化していた。
そこに唯一いる人、否、ヒトはエルルが創り出した異形のヒトたる彼女のみであった。
適当な店から拝借したドレスのような服装に身を包む彼女は人気のなくなった街をのんびりと見て周り、人が居なくなったことを理解した。
実のところ、完全に都市から人が消えるというのは今回の一件が初めてである。
エルルによって生み出された魔王種達は子供は狙わないように言いつけられるために、基本的に子供の殆どは生き残るようになっている。
結果、子供だけが街に残る。
だがしかし、今回の件では異形のヒトが街に攻撃を仕掛けた初めの段階で怪我を負って、一時的に攻撃の手が緩んだために大部分の大人が逃げ出すことに成功した。
そして、大人が逃げ出すと言うことはもちろん子供達もそれについて行くことになるため、完全なるゴーストタウンが出来上がったのだ。
そして、それは傷を癒す時間が欲しかった異形のヒトにとっては好都合。
英雄アストルフの決死の一撃は彼女に死を予感させるには十分な一撃だったゆえに、人を警戒し、怪我をしっかり治した上で、油断なく全力をもって人間達を殺して回る。
そう考えたゆえの都合であった。
街側ももちろん黙って座視していたわけでは無い。
特に避難という手段はただでさえ過密気味なこの世界では避けたかったのであろう。
彼女を殺すべく、更なる戦力がしつこく散発的に送り込まれもしたがアストルフ達に比べて弱かったために、傷を負った上であれど全て返り討ち、またはやり過ごし、意味をなさない。
住民は本格的な避難を強いられ、さらには今の異形のヒトの体調は完璧な状態まで回復していた。
となれば、だ。
「…追いかけるとするか」
創造主たるエルルに命じられた人の間引きを再開するべく、街の外へと注意を向けた。
瞬間。
「む?この匂いは…」
異形のヒトはもともとはエルルがペット欲しさに芝犬を創ろうとして生まれた魔王である。
完全な芝犬として産まれたわけでは無いため、本物の犬に比べれば数段劣るものの、人よりは優れた嗅覚を持っていた。
その嗅覚が獲物となる人間の匂いを感じ取った。
匂いの濃さから比較的近くに人がいるのに気づいた。
そして。
「やれっ!!」
誰かの号令と共に異形のヒトに向かって魔法が放たれた。
それを特に意に介さず、拳で叩き落とし、避ける。
さらには魔眼ミキサーによる不可視の回転刃による反撃で数十人がバラバラ死体になった。
が、人間達は怯まなかった。
避難生活によって、精神的、肉体的に追い詰められていたのもあったが、こいつを生かしておけばいずれは超大都市アラカブルにまで攻め込んでくるだろうと考えていたからである。
であれば、多少の無茶や犠牲は承知の上で異形のヒトを仕留めねばならない。
流石に超大都市アラカブルまで放棄することになれば、その避難行動による混乱は今の比ではなくなるし、人がいない大都市ランブルであれば彼らも遠慮なくその力を振ることが出来るからという理由もあった。
「はっ!」
「しっ!」
魔法が通じない。
ならばと、そこに2人の人間が斬り込んだ。
アルマ共和国、傭兵ギルドにおいてアストルフの次に有名な双子の兄弟であった。
兄の持つ青い剣と弟の持つ赤い剣が交叉する。
双子が持つ2つの剣は双子ゆえの見事な同時攻撃となる。
下手な二刀流よりも二刀流らしい手数と鋭さを持っていたが故に、二刀流をもじった『二頭流』の2つ名で広く知られるほどの2人組の傭兵であったが
「素晴らしい連携攻撃だ。だが悲しいかな。ただただ遅い」
双子の技量は多少の身体能力の差など、ものともしないほどに高かった。
しかし異形のヒトと双子の身体能力の差は多少どころではない差がある。
技量や努力では補えないほどの差が。
「ごはぁっ?!」
「兄さんっ!?」
まず青い剣を持つ兄が殴り飛ばされた。
その威力は彼が着込んでいた鎧を弾き飛ばしながら彼自身を数メートルほど吹き飛ばして、家屋の壁を突き破るほど。ピクリとも動かなくなった。
「ぎぃあっ!?」
残された弟はトレードマークにもなっている赤い剣を辛うじて防御に使うも、今の異形のヒトの腕力を受け止めるにはまるで足りない。赤い剣は粉砕。鎧が砕け、その破片を撒き散らしながら殴り飛ばされ、兄と同じく家屋に激突して沈黙した。
「ドゥありゃぁあっ!!」
間髪入れず、ハンマー状の魔科学武器を持つ男が異形のヒトへと襲いかかる。
ハンマーにはジェットエンジンのような物が取り付けられており、それによる力も加わった結果、非常に高威力、高速なハンマーによる叩き潰すような振り下ろし。
それが異形のヒトへとぶち当たる。
「今のは少し痛かったが、まだまだ足りんな」
「潰れるどころか骨一つ折れねぇだとっ!?」
再度、振われるハンマー。
しかしそれもまた受け止められた。
異形のヒトは超進化スキルによって元のグロテスクな犬じみた姿から美女へと姿形を変えたが、持ちうるスキルに違いはない。
彼女が元から所持していた骨格補助スキル、矯正外骨格スキルは体内の骨をある程度自由に変形させ、その性質もある程度変えることができる。この二つのスキルにより、常人に比べて骨が非常に頑丈。
さらにはアストルフとの戦闘経験から、より防御力を高めるべく、彼女は皮膚のすぐ下に細かい鱗のような小さな骨片を並べた。
それによる防御が機能しているため、打撃や斬撃が効きづらくなる。
凄まじい速度で振われた重量級武器のハンマーと言えど、彼女に怪我を負わせるのは簡単ではない。
急所たる頭に至っては、鉄針仮面スキルによって頭蓋骨の外側を鉄針仮面で覆っているため、さらに頑健。仮に無防備に食らったとしても頭蓋骨にヒビすら入らないだろう。
「ぎぃみぃっ?!おがはぁっ!?」
そして彼女が行った度重なる戦闘により超進化スキルが発動。より戦闘に適した体へと進化した彼女の膂力は並ではない。
ハンマーを抱えていた男の腕を腕力だけで千切り取り、そのまま男が使っていたハンマーで男自身を殴り潰した。
それからも立て続けに遠距離攻撃、近距離攻撃入り混じる、乱戦に次ぐ乱戦。
しかし、誰もが彼女に碌な傷すら与えることが出来ずに血溜まりに沈んでいく。
敗色濃厚の負け戦。
すでに心が折れてもおかしくない惨状が繰り広げられているにも関わらず、人間達は諦めなかった。
先も言った色々な事情ゆえの余裕の無さありきであったが、それ以上の明確な理由がある。
勝ち目が、一筋の希望があったからだ。
「ぐぅっ!?」
腕がザックリと裂けた。
血が吹き出て、痛みよりも驚きが勝ち、目を見開いた異形のヒト。
「今の私に傷を…傷をつけるだと?
まさか、それほどの力を隠し持っていたとはな。確か…アニーと呼ばれていたか?」
彼女の目の前には異形のヒトに討ち取られた英雄アストルフのパーティメンバーにして、その妻。
光り輝く剣を携えたアニーがいた。
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