第67話
「うわぁ、こんなあっさりやられたの?ミイデラゴミムシには悪いことしちゃったなぁ」
魔王リストを見ると魔王ミイデラゴミムシの名前が消えていた。
魔王ミイデラゴミムシを囮に逃げ出した僕はというと朧村からすでに二つ分の都市以上に離れていた。
魔王蝶々を1匹残しておいたので、状況を確認できるのだが、魔王ミイデラゴミムシはほぼほぼ何も出来ずに仕留められたようだ。
魔王蝶々の眼下にある魔王ミイデラゴミムシの死体と、それを倒した源流院とやらに恐れを抱く。
もう1人の大郷寺とやらは魔王ミイデラゴミムシの初撃でダウン。魔王ミイデラゴミムシによる最後の一撃、渾身の放屁の余波まで無防備に受けているようなので、下手をすればそのまま死ぬんじゃ無いだろうか?南無南無。大郷寺とやらに恨みはないが成仏しておくれ。
しかし、この源流院と呼ばれた変に敵意を向けてきたゴリマッチョは重症は負っているものの、致命傷ではないみたいで、いまだにピンピンしている。
それどころか一人で魔王を殺し切るなんていう快挙まで成し遂げた。
ちょっと異常な戦闘力である。
武器を持たずに魔王を殺すなんて、超人が過ぎるのでは?
地球よりも圧倒的に大きい異世界といえど、ざっと魔王蝶々で見てまわった限りでは彼ほどの戦闘能力を持つ生物は人間以外を含めても初めて見たため、驚嘆に値する。
桜花神拳の使い手は化け物揃いのようだ。
黄泉国は戦闘力的な意味で怖い。
いっそのこと彼自体に魔王クリエイターを使えれば現状最強の魔王である魔王エルルちゃんを超えた真に最強の魔王が仕上がるのでは?と考えるものの、残念ながら魔王クリエイターで魔王にしても元が敵意を向けてきた以上、僕には従わないだろう。洗脳するためのスキルが必要だ。
そして、スキルによる対象の改変は対象からかけ離れた物にしようとすればするほど、沢山の容量を食う。
リアちゃんの母親であるレムザを優しい性格にできなかったように、源流院は正義感溢れる男のようなので真逆に近い人間を殺しまわるような悪人じみた洗脳をするのは到底無理そうだ。
なんなら特に善人でなくても、よほど人殺しを好む人間でもなければ難しいかもしれない。
まあ、あまりの戦闘力に思わず、無力化ないしは倒す方向で考えたけれど超常の存在から命じられたのはあくまで間引きであり、全滅では無いのだから彼は殺せなくても問題ないし、最悪、魔王を複数体用意して襲わせれば斃せるだろう。
今優先するべきは醤油のタネの入手である。
魔王ミイデラゴミムシが出てきたタイミング的に、ぐうの音も出ないレベルで完全に僕を敵対視したのかもしれないが、もはやそこはスッパリ諦めた。
不幸中の幸いながら、各国の人口過多による食糧難でピリついている現状、通信設備の類は軒並み一般向けには支給されてはいない。
もとい、ハッキングや盗聴を警戒して通信手段は手紙やら魔科学技術によって作られた細かく制御の効く伝書鳩型ロボットを使うなどのようなアナログに近いものしかないため、僕の話が広まるまでタイムラグがあるはずだ。
その間に醤油を入手するべく、さらに急ぐ僕だった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「アニーっ!!」
「離してよっ!」
ところ変わり。
ここはエルルの住む農業国家の南に位置するアルマ共和国、最北端にある大都市ランブルからさらに南に位置する超大都市。
そこにはアニーと呼ばれた女性を引き止める大柄な男がいた。
「馬鹿な真似はよせっ!アニスはどうなる!?」
「ガイだって仇を取りたいでしょうっ!?」
「それはそうだがっ、だからといってアニスを放っておくのは間違いだろうっ!?母親なんだから娘のことを第一にっ」
「分かってるわよっ!!でも、母親であると同時に妻だったのよ!?大都市ランブルは堕とされて、今ここに向かっているかもしれない、あの化け物を殺せるチャンスを逃してなるものですかっ!!」
アニー、そしてガイ。
この名前を覚えているだろうか?
エルルが創り出した異形の芝犬もどき、今は異形のヒトとなった魔王と熾烈な戦闘を行った三人のうちの二人である。
残りの一人は自らの命を賭して異形のヒトを仕留めようとして、今一歩届かずに討たれた英雄アストルフ。すでにこの世にはいないアニーの夫だった男である。
「分かった、もう止めはしない。だが、無茶をしないと約束してくれ。復讐よりも自分の命を優先する、と」
「…もちろん、分かってる。流石に娘よりも復讐よりもを優先するつもりはないわ」
アストルフの決死の一撃により異形のヒトは致命傷一歩手前の傷を負い、傷を癒すために潜伏する間、人間側は異形のヒトを仕留めるべくさまざまな対抗手段が試されたが効果はいまひとつであり、結果的に大都市ランブルにいた人間の大半が大都市ランブルよりさらに南に位置する『超大都市アラカブル』までの避難を余儀なくされた。
もちろんただでさえ人口過多にあるこの世界で、急にやってきた大量の避難民を養うのは非常に難しく、さまざまな問題が発生していた。
住む場所はもちろんのこと、1番の問題は食料である。
避難民による先住者に対する盗難や強盗、ひどい時には殺人事件にまで発展しており、超大都市アラカブル側、大都市ランブルの避難民側ともに実に悩ましい問題である。
最終的に農業国家プラベリアによる援助を頼むほどだ。
もちろんプラベリアは喜んで食料支援を行った。
他国に対して大きな借りを作れるからである。
プラベリアの食料自給率は食料難に悩まされる各国にとっては脅威の100パーセント。
さらには年々その生産効率は上がっており、農業に適した気候に恵まれた年に至っては200パーセント超えもあるという。
つまり自国二つ分の食料生産が可能という農業国家の名に恥じぬ飽食国家なのだ。
そうした余剰食料を各国に輸出することで経済的にマウントを取って生き残り続けた国だけはある。
そして、今回のような急な大事件による食料難は農業国家プラベリアにとっては大歓迎である。
困っている時に格安、場合によっては無料で食べ物を援助することで借りを作れるのだから。
そのため、プラベリアを囲む四代国家と違い、プラベリアは軍事技術をほぼ持たないという特徴まであった。
閑話休題。
とはいえ、やはり援助される側としては借りは出来るだけ作りたくない。
いざという時に借りを持ち出して無茶振りされては困るからである。
プラベリア相手であれば軍事技術を持たぬゆえに借りを踏み倒してもコノヤローと攻め込まれる心配はないが、一度そうしてしまえばいざというときの食料援助を断られるようになるわけで、踏み倒すのは悪手。やはり一番は借りを作らないこと。
ゆえに。
大都市ランブルと超大都市アラカブルの政治家は大都市ランブルの奪還作戦を発表した。
「…絶対に殺す」
アニーとガイはアストルフの仇を取るために、その作戦への参加を決めたのだった。
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