第60話

朧村にたどり着いてまず思ったのが、変に大きな建物が多いことである。


黄泉国は前世の江戸時代の日本を思わせる街並みの国である。

この国に限らず、人口が多いこの世界では縦に長い、二階建て以上の民家が基本ゆえ、江戸の街並みそのままという風景ではないし、高さがまるで違うが、広さ自体はあまり変わらないはず。

なんなら狭いくらいだ。

そのため何となく民家の大きさはこのくらいだろうと分かるのだが、やたらと大きな民家っぽくない屋敷をよく見かける。


なんてとぼけてみたものの、まああの屋敷がなんなのかはわかっている。

黄泉国に限らず魔王蝶々を飛ばしていたのだから、その過程でこの国の最大の特徴は把握していた。


あのでかい屋敷は"道場"である。


黄泉国はどうも格闘技が特に盛んで、他の国が魔科学技術を様々な形、例えばプラベリアから北のサドラン帝国は戦車をはじめとする大型兵器に力を入れていたり、西のユミール公国はアームズシェルと言う特殊なパワードスーツ、南のアルマ共和国は魔科学武器をより洗練させていたりとそれぞれの国で独自の発展を遂げてきた魔科学技術に反するかのようにこの国はほぼ、それ関連の技術がない。


変わりと言ってはなんだが、魔力はもちろんのこと、気だのオーラだの呪力だの霊力だのという人体に備わる超常のエネルギーを扱う技術に優れているようなのだ。


はっきり言って胡散臭いことこの上ない。


というのも、この世界では魔力はあると知られてはいてもそれを用いた技、すなわち魔法は普通の人間には使えないとされている。

厳密に言えば大半の人は魔科学武器の力無しには、魔法が使えない。

かくいう僕も魔王クリエイターの力が無ければ魔法は使えなかっただろう。


何故ならばからだ。


前世の時にも人体にある種のエネルギーは宿っていた。


電気エネルギーと熱エネルギーである。


電気エネルギーは脳から発生して体の各所にああしろこうしろという電気信号を送るために作り出され、熱エネルギーは体温を維持して寒空でも支障なく動けるようにと常に36度前後の熱エネルギーが体で維持され続けていた。

遭難時に雨を浴び続けると体力を消耗する、と言うのは体温を維持し続けるのにカロリーを消費するからである。


だが。

そうした2つのエネルギーを生み出せるからと言って、とあるアニメに出てくるビリビリ中学生みたいに電気エネルギーを集めてレールガンをぶっ放したり、拳に熱エネルギーを一点集中して相手を殴ると同時に火傷させるなんてことは出来ない。

そんなことが出来る様に人の体はできてないからだ。

というか、相手にダメージを与えるほどの電気を発生させた段階で自分の身体を感電させるだろうし、熱エネルギーを一点に集めた段階で集めた部位は大火傷となるだろう。

この世界に於いてもそれは同様。

つまりは魔力も同じく意識的にコントロールできるようなものでは無いし、漫画やアニメのように呪文だのイメージだので魔力エネルギーを炎に変えたり雷に変えたりなんてことはこの世界であってもファンタジーである。


とはいえ例外も存在する。


電気ウナギという魚がいる。

最大で3メートル近くにもなる大型の淡水魚で、その名前の通り強い電気を獲物となる小魚に浴びせて、動けなくしてから食べる名前の通りウナギに近い姿をしている魚だ。

しかし、分類上はウナギの仲間ではない。

なにせ似通っているのは見た目だけであり、体内構造はまるで違うからである。

通常、魚の肛門は尻びれ付近にあるのだが、珍妙なことに電気ウナギの場合は顎下に存在する。

食べるための穴の真下に出すための穴が存在しているのである。

何故ならば内臓が頭側に集中して配置されているからだ。

であれば細長い体の大部分は何が詰まっているかというと、実は発電器官が詰まっている。

つまり電気ウナギは獲物を仕留められるほどの電気エネルギーを生み出すために体組織の大半を発電器官として使用していることになる。

すなわち人間が魔法を使うには電気ウナギのように魔力を生産、蓄積、収集するような専門の器官や体組織が必要なのだ。

そこで開発されたのが前世で魔法が登場する漫画やアニメにてちらほら見かけた魔法の杖にあたる存在である『魔科学武器』ないしは魔科学技術であり、魔科学武器は言うなれば電気ウナギの細長い体の部分のような魔力を生み出したりコントロールしたりするための器官がわりになる後付け部品なのである。


さて。ここまで言えば分かるだろう。

魔力だけならまだしも、気だのオーラだの呪力、霊力とそんなバカスカ沢山の種類のエネルギーを道場に通うだけで使えるとは到底思えないのだ。

もちろん、そういう機能…様々なエネルギーを扱えるように進化した人種が住まう国だからという可能性もあるが、それよりは使えてる気になってるだけ、もしくはどれか一つのエネルギーだけを人や場所によって別の名前で呼んでいるだけ、というのが自然なのではというのが僕の見立てである。


長々と話したが、何が言いたいかと言うと


「たのもーっ」


弟子入りしたいでござる。


「うん?どうしたんだい?お嬢ちゃん」


朧村で僕が真っ先に向かったのは道場だ。

まあ、まずそんなわけはないはずだが、もしも魔力以外のエネルギーも扱えるようになる訓練法があるならば是非に学びたいものである。

黄泉国に飛ばしている魔王蝶々は基本的に醤油の探索に当てていたために、魔王蝶々を飛ばしている最中に立ち聞きした程度の知識しかない。

胡散臭いと思っていたために、あまり気にしてなかったが、こう目の前にあると知的好奇心というやつが湧き上がってくるではないか。

急ぐ旅というわけでも無し。

いずれ黄泉国にも魔王を送り込まにゃならんことを考えれば、彼らを斃してしまう前にその格闘術の何たるかを見学するくらいはしても良いと思う。


「この辺じゃ見かけない子だねぇ?

どこから来たんだい?いや…まあ今のご時世、他所から来たとなるとどこかの商人の子かな?」


相手は道場の関係者と思われる30代ほどの男。

人の良さそうな柔和な顔立ち、しかしそれに反して体つきはガッシリしていて見るからに体を動かす何かをしてそうな見た目である。


「あのね、私ね、道場がどんなものかね、気になってね、だから見学に来たのっ!」


ちょっとぶりっ子が過ぎたかなと思いつつ、僕の考える最強の幼女な口調で彼に話しかけてみた。

見た目と相まって、もはや網目ガットのないテニスラケットのごとく僕を道場に通したくなるはずである。

さらには満面の笑顔も添えてある。

これで見学を拒否るようならば、目の前の彼はホモだ。





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