第44話

だが、大きな問題がある。


醤油の作り方なんて分からない、という大きな問題だった。

日本人にとってのソウルフードならぬソウル…ソウル…調味料って英語で何でいうのだろう?

ソウル調味料、ソウルソース、でいいか。まあ何だっていい。

とにかく、日本人なら嫌いな人はいない、まず生涯一度は口に入れるであろう醤油だがその製造法までしっている人は、まあ少数派だろう。

それこそ醤油が好きすぎるような醤油マニアか製造会社に勤めている人くらいしか知らないはず。

僕は残念ながら製造会社に勤めていたわけではないので当然ながら製造法なんて知っているわけがない。


本来ならばここで暗礁に乗り上げるはずだった。

が。

大豆が原料である、くらいには知っていた僕は大豆の原産国ならば知っているのではと見当をつける。


つまりプラベリアから東に位置する黄泉国である。

魔王蝶々を飛ばして、数週間。

ようやく国境付近に辿り着いた。

魔王蝶々を様々な場所に飛ばしてある程度、僕の住んでいる辺境の位置が掴めたのだが、どうやら南寄りの最西に位置するらしく、そこから黄泉国までかなりの時間を必要とした。

だが、これでようやく醤油の製法を知る事ができるかもしれないと日々の畑仕事の合間をぬって、偵察を続けたところ絶望感に苛まれる。


醤油はあった。


しかし、忘れてはならないのがこの世界の人口密度。

大豆を発酵させて作るのが醤油だが、発酵させるくらいならそのまま食べざるを得ないくらいには食糧生産が追いついていない。

プラベリアで言うところの畜産業のような扱いのようで、かなり偉い人用の贈呈品だとか特に金持ちの人たち向けの超高級品扱いになっており、黄泉国の首都らしき場所の一箇所のみでの作製のようである。

この時点でほぼほぼ輸入して手に入れるという選択肢が消えた。

自国内で消費する分ですら確保できかねないものが辺境の僕の元に届くルートが思い浮かばない。


次に本来の目的である自分で作る方法。これも難しい。

大元の大豆は農業国家なだけあって普通に流通しているし、なんならウチでも栽培している。

しかしだ。

魔王蝶々を通して見た作製方を見る限りでは大豆を発酵させるための細菌が必要になる。

それの入手法に見当がつかない。

その辺に生息しているものなのだろうか?

生息していたとしてどうやって回収できるものなのだろう?

その辺の土やら木屑やらを混ぜてみるか?

もしかしたら醤油を作るための細菌が付着している可能性もなくはない、いや、ないか。

よしんば上手くいったとしても口に入れるものに、土やら木屑やらを入れたくはない。


僕が諦めかけたその時。

ふと気付いた。

魔王がいるじゃん?と。


魔王を派遣してぶんどって…いや、ほら、強いられてるだけだからね?

イヤー、強いられてるだけだから、罪悪感でココロがイタムワー、ザンネンダナー、でもシカタナイジャナイ。

シイラレテルンダカラ。

魔王で人間を蹴散らす傍ら、作成中の醤油を回収、なんなら醤油を作っている職人さんをそれとなく拐ってしまうのも…いや、いかんいかん。

この半年、魔王蝶々で魔王の被害に遭った土地を見て回っていたせいか、殺伐とした風景や行いに対する忌避感が薄れてきている気がする。

戒めなくてはならない。

そもそも東側へ魔王を送るのはまずいと判断して、今も黄泉国には魔王を送り込んでいないのだから。

なぜならいっぺんに襲わせると、唯一襲われていないプラベリアが怪しくね?となるからである。

だからといって、僕が親玉であるとバレるわけではないが、やはり自分が生きる国が殺伐としちゃうのは困るし、プラベリアに何かあるという僅かなヒントから僕にたどり着く、頭の良い人、勘のいい人がいないとも限らない。

人口が多い分、そういう傑物が生まれるか育つかする確率は地球よりも遥かに高いはず。

前世で見てきたアニメや漫画で出てきた悪役はチョコチョコそれでやられているのだ。

絶対勝てないと思われた敵が死ぬときは大抵、敵側が舐めプした結果だ。

冥土の土産をやるな、いたぶらずにさっさと仕留めれば良かったのに、人質を取るくらいに追い詰められたらまず撤退をしろ、戦力の逐次投入をやめろ、などなど。

そうしたことを思った人は少なからずいるはずである。

油断はしまい。

とりあえず北のサドラン帝国、西のユミール公国、南のアルマ共和国に攻め込ませてる魔王たちで少し過剰なのだし、1人殺すだけで寿命がガッツリ伸びる僕の体質上、焦らず一つ一つ片付けていくのが常道。

あと一度にコロコロしちゃうと、魔王クリエイターで作った聖女たちによる子供たちの保護が間に合わないという理由もある。


とにかく。


東に魔王を送るのは決定だが、人は殺さない方向で、かつ醤油を作るための種となる菌を貰えるようにお金を持たせて、かつ人の姿をしていないといけない。

その考えの元創り出されたのがコレである。


名前 魔王エルル

生物強度 97

スキル リンクドール 自動リンク


僕自身が東側へ向かうわけにはいかない。

しかし、魔王蝶々のスキルである視覚交信と聴覚交信を使っていて気付いた。


魔王と一部の感覚を共有、すなわちリンクさせると魔王の体を僕が遠隔操作できることに。

いや、まあ、正解には魔王蝶々と視覚を共有した僕が右のあそこを見たいなと目を動かそうとすると、魔王蝶々の視界もそこへ視線を向けようとする。結果、魔王蝶々が「あそこが見たいんですね?わかりました」と近づいたり、より見やすい場所に行ったりしてくれるのだ。

聴覚交信がついてからはなおのこと意思の疎通が簡単になった。

何故なら僕が東にいって、という言葉を僕の耳が聞き、それを共有している魔王蝶々にも聞こえることから、いわば音声操作という擬似的な操作を可能としていた。


この魔王エルルはより直感的に、より効果的に僕が操作できるようにした魔王人形とも言うべき魔王なのだ。

これを用いれば、僕は実家に居ながらにして、別の街に出かけているという旅行気分を味わえる。

スキル、リンクドールは本体の僕が操作するためのもの。自動リンクは僕の持つ沢山のスキルのうち一部を共有させることができるスキルだ。

ちなみに材料はコツコツとためてきた畑についてた害虫達の死骸やら、食卓に出てきたハリネズミの残骸、一部ダメになった野菜などだ。

当然ながらそのまま保管していても虫やら細菌やらに分解されるだけなので、しっかりと水気を抜いて麻袋に何重にも入れて保管していた。

まあ、多分、中には小さな虫達が侵入しているだろうがそれらもまとめて材料として創り出した。

芝犬を創ろうとして失敗した経験から材料はさらに増やしたつもりだ。

結果、成功した。


ああもちろん。

魔王エルルと名付けたが見た目は全然違う。

なんなら性別だって違う。

そう、僕は明日から魔王エルルちゃんとして黄泉国の醤油を手に入れにいくのさ。



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