第38話

魔王ゾンビは考えた。

初めてアームズシェル部隊と交戦した魔王ゾンビは自ら1人では手に余ると、返り討ちにあうと理解していた。


ゆえに彼は仕留めたアームズシェル部隊を捕食し、体をより頑強なものに変化させるだけでは終わらせなかった。


仲間を増やせないかと考えたのである。

彼の視線の先には死体がある。

これを使って何かしらの仲間ができないか。

そう考えた魔王ゾンビは自らの体を千切り、死体にねじ込んでみる。

何故そうしたのかは魔王ゾンビ自身にも分からない。

ただの軽い思いつきだった。

が、当然ながらそれで仲間ができるはずもない。

死体に死体を繋ぎ合わせたようなグロテスクなオブジェが出来上がるだけだ。

やむを得ず魔王ゾンビはひたすらに死体を、時には生きた人間をも喰らい続け、2、3日が経過したある日のこと。

死体らを食べ続け、取り込み続けた結果、肥大化した自らの体が自身の意識とは別に勝手に動くように感じた。

次の瞬間、肥大化した体から新たに魔王ゾンビが産まれた、というべきか切り離されたのである。

スキル超進化のおかげだ。

彼はこうして仲間を増やすことを覚えた。

それからは魔王ゾンビはより勢力的に、効率的に動くことを可能とする。


まず、魔王ゾンビは自らの手で穴を掘り、地下に潜伏していた。

この穴の規模はせいぜいが落とし穴程度のものであったが、自らの体から仲間のゾンビを増やせるようになってからはさらに規模が大きくなっていった。

死体を、生きた人間を捕食すればするほど、加速的に数を増やし、潜伏するための巣穴を拡張、活動範囲を広げてさらに死体を回収、自らの勢力を拡充していった。


まるでアリの巣のように。


魔王ゾンビ本体はひたすらに体を太らせ、女王アリのように仲間を生み出すためだけの肉塊へと姿を変えていった。


そして、いま。


「クソォおおおおぉぉおぉっ!!」

「コイツらは何だってんだよぉっ!?」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!」

「ぎゃあああああああああああっ!」


街の地下にて巣穴をひたすらに広げた結果、いたるところから魔王ゾンビの生み出した魔王ゾンビ…ゾンビワーカーが這い出してくる。

時には2体分の死体を消費して作り出されたより強力なゾンビソルジャーなども這い出しており、次から次へと人々が殺され、本体である巨大な肉塊となった魔王ゾンビへと運び込まれた。

運び込まれた死体は巨大な肉塊の表面からびっしり生えている人間の腕やら指やらに掴み取られ、肉塊の内側へと骨や肉の潰れる音を発しながら血を吹き出しつつ送り込まれる。

すると肉塊からゾンビが新たに生み出される。


この状態の魔王ゾンビたちの一番恐ろしいのは数がまるで減らないことだ。

もちろん、襲われている人々とて逃げ惑うばかりではない。

時には銃や適当な鈍器で返り討ちにしようとしたりする。

特に軍人たちが持つ銃器は一発でも当てればゾンビ達に大ダメージを与えることができる。

銃を乱射するだけでゾンビ達は駆除できるはずだった。


しかし。


「なんでなんでなんでなんでっ!?」

「数が減った気がしないのは気のせいかっ!?」

「撃て、撃て、撃て、撃て、撃てぇぇええっ!!とにかく撃ち続けるんだよぉっ!!」


軍人たちが銃器で応戦するものの数は減っていない。

むしろ増え続けていた。

なにせ死体があれば無限に増え続けられる魔王ゾンビがいる。


ゾンビ物の映画や漫画などでは一度ゾンビを仕留めればそれきりだ。

それが復活することはない。

どんなに数が多く見えても、有限である限り可能かはさておき根絶は出来ないことはない。


魔王ゾンビにそれは通用しない。

なぜならば彼にとっては倒されたゾンビたちもまた、死体であり、回収して再度生み直すことが可能だからである。

ゾンビたちを根絶したいならば、魔王ゾンビ本体をまず潰さなくてはならない。

さらには銃器という武器との相性もあった。

銃器はどうしても点での攻撃になる。

集団を相手にする場合、かなり広範囲に弾をばら撒かなくてはならない。

だがそんな使い方をすればすぐに弾切れを起こすし、下手に乱射しようものなら誤射しかねないという危険性もあった。


魔王ゾンビはひたすらに殺し、自らの戦力を増していく。

それに対して人間たちは着実に数を減らしていく。


結局、生き埋めにされたアームズシェル部隊が地上に出れたのは20分以上が経過してからのことだった。


「な、なんだよコレは」

「べ、別の場所に出たってわけじゃないよな」

「全くよぉ、勘弁してくれ」

「あんまりだぁ」

「マジかよ…ここがアルファニカだっていうのかよ?」


たかだか20分。

されど20分。


その短時間で地上はめちゃくちゃになっていた。

魔王ゾンビは殺せば殺すほど戦力を増やすのに対して、殺されれば殺されるほど戦力を減らし、逃げ出す人が増え、士気が落ち込む人間たちはあっという間に押し込まれた。


凄惨な光景が広がっている。



『地上に出れたようだな』

「長官っ!?これは何があって…」

『黙って聞け』

「は、はいっ」

『肝心な時に穴掘りを楽しんでたてめぇらを1人づつぶん殴ってやりたいところだが、残念ながらそれは出来そうにもない』

「長官殿?」

『得られた情報を今伝える。まず奴らは下っ端を蹴散らしても無駄だ。本体が再生させるために意味がない。先に本体を叩け。次に不用意に近づくな。できれば遠距離から電磁誘導狙撃銃で仕留めろ。下っ端であっても尋常じゃない腕力をしてやがる。

おそらくはアームズシェルごとねじ切られて終わる…バキバキッ』

「長官殿?今の音は…」

『それと軍支部は放棄が決まった。どうにか奴を…みんなの仇を取ってくれ。俺は先に逝く。結果を出せなきゃあの世でぶん殴るからな。頼むぞ』


ドガン。

と、凄まじい轟音が鳴り響いた。

アームズシェル部隊が咄嗟に警戒態勢をとりながら音の方向を見ると軍司令部があった方向だ。

そして今の通信内容。

否が応でも理解させられた。

自爆したのだ。

おそらくは攻め入れられた敵戦力ごと。


「長官殿っ…」

「た、隊長っ!あ、あれを見てくださいっ!!」


軍支部長官の死に様に悲しむ間もなく、隊員が騒ぎ立つ。

そうだ。

自分たちの仕事は悲しむことではない。

街を守らねばと奮起し、隊員の1人が指差す方向へと目を向けると信じがたい者が視界に入る。

人間の手足がびっちり生えた巨大な肉塊が街中を闊歩していたのである。


「おそらくはあれが本体とやらだろうな。あれが下っ端だとは思いたくない」

「隊長、どうしますか?」

「長官殿のアドバイス通り電磁誘導狙撃銃で叩く。幸い動きは鈍い。外すことはないだろう。ここから狙って、とっとと仕留めるぞ」

「了解…隊長っ!あれをっ!!」

「今度はなんだっ!?…くそったれめ」


電磁誘導狙撃銃で魔王ゾンビを撃ち抜こうとしたが彼らは気づいた。

周囲にゾンビたちが集まっていることを。


「優先順位を間違えるなっ!幸い、距離はある。奴らが接近する前に本体を叩くっ!!いくぞっ!!撃てぇっ!!」


アームズシェル部隊12人による電磁誘導狙撃銃による一斉射撃。

魔王ゾンビ本体に打ち当たり、大量の血を撒き散らしながら魔王ゾンビは動きを止めた。


「よしっ!」

「あとは雑魚の掃討だげぇえおぶっ?」

「なっ!?」


魔王ゾンビが生み出したゾンビたちは実のところ、かなり厄介だ。

どれくらい厄介かというと敢えて動きを遅く見せて、彼らがそういうものだと油断させるくらいの狡猾さを持ち、本体の魔王ゾンビに気を取られている間にアームズシェルに備わる動体センサーが反応した瞬間にはすでに懐近くに接近できるくらいの瞬発力を兼ね備え、アームズシェルごと頭を握りつぶせる膂力を持つ。

肉塊となる前の魔王ゾンビに近い身体能力を発揮する。


「くそっ!!ヨシュアがやられたっ!!コイツら、かなりの速度で接近してきやがるぞっ!!」

「全員、近接武器に切り替えろっ!連携して1匹ずつキッチリ処理していくぞっ!!」


だが。

多勢に無勢。

彼らは1人、また1人と命を散らしていく。

最後の1人になったのはアームズシェル部隊隊長のみ。

彼は血だらけになりながら、アームズシェルが半ば壊れながらもゾンビたちを殺し続ける。

そろそろ目に見えて数が減ってきたろうと思い、改めて周りに視線を向けると


「数が…増えている?」


なぜ?

原因は?と周りを見渡した瞬間、彼の心はポッキリ折れた。

そのままあっさり死んだ。


なぜならば、魔王ゾンビは仕留められていなかったからである。

大ダメージを負ったが、魔王ゾンビ本体の肉塊の大部分はゾンビを生成するための外部器官のようなもの。

彼らの放った電磁誘導狙撃銃は分厚い肉に阻まれて、肉塊中心部の魔王ゾンビそのものに致命傷を与えられなかったのである。



この日、大都市アルファニカは壊滅した。




二章 終

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