第23話
爆発四散した物見台。そしてそれに巻き込まれて粉々に吹き飛んだ見張り役の軍人だった残骸。
それらの入り混じる瓦礫とかした物見台に動く影があった。
傷一つ無い魔王ゾウムシである。
のしり。
のしり。
彼女は次のターゲットを探すべく歩き続ける。
西へ、西へと。
しかしながら当然のように物見台の爆音は大都市アルファニカ中に響いている。
それによって何事かと、警察がわりの軍人達が、野次馬の一般市民達が集い始める。
魔王ゾウムシは思った。
こちらから出向く手間が省けて良い、と。
再度、身動ぎし、三対六本の足に力を込める。
「おいっ!?どうしたっ!?」
「何があったんでいっ!?」
「おいおい爆発だってよっ」
「貴様らっ!?散れっ、散れっ、何があるかわからんだろうがっ!」
「おい、上に連絡だ」
「なあ、あれってなんだよ?隣国のサドラン帝国からやってきた生体兵器か?」
わいわい。
ガヤガヤ。
実に喧しい生物だと思いながら魔王ゾウムシは人の群れへと突っ込んだ。
エルルに与えられた膂力増強、一代全霊のスキルによって跳ね上がった筋力によって生み出される力はまさに爆発的で、弾丸のように飛び出す2トンの魔王ゾウムシの身体が、集まっていた人々をボーリングのピンのように吹き飛ばした。
いや、粉砕した。
「き、き、…きゃあああああっ!?」
「おいおいおいっ!?なんだってんだっ!?」
「きっとサドランだっ!サドラン帝国が攻めてきたに違いないっ!?」
「どけっ!どけっ!逃げられないっ!逃げられねーだろおがよっ!」
「だれか軍人をっ!常駐軍人を呼んでっ…」
「おっぴょっ?」
血飛沫を撒き散らし、
臓物を撒き散らし、
白い骨を撒き散らし、
赤みがかった肉を撒き散らしながら。
人々が粉々に撒き散らされていく。
それを見て幸いにも魔王ゾウムシの攻撃の範囲外にいた人達がパニックに陥った。
わいわいガヤガヤから一転。
どんちゃん騒ぎもかくやない。
さらにパニックを助長したのが魔王ゾウムシの行動である。
パニックに陥った人々を蹴散らした後にゾウムシの名の由来となった長細い口、すなわち口吻から撒き散らした人肉を食べ始めたのだ。
街の入り口付近の場所ではあるものの、敵対している生物の住処の真ん前で呑気に食事をしだす姿は人々の恐怖を煽ったのである。
実際の所は彼女にそんなつもりはなかった。
食性変化のスキルによって草食から肉食になっている上、創造主のエルルから『ただでさえ、沢山の生き物が絶滅しているんだから、どうせ食べるなら殺した相手をそのまま食べなさい』と言い含められているため魔王ゾウムシはここに辿り着くまでずっと何も食べていなかった。だからこそまずは腹ごしらえと判断しただけなのだ。
さらには体当たりしたために全身血塗れだったり甲殻に付着した肉片だったりを彼女は舐め取りつつ、一服する。
とはいえそれは長い間ではなかった。
「おいっ、あいつ人間を食ってやがったぞ?」
「バカっ!近づくなっ!!」
「軍人はまだこねぇのかよっ!」
「身体を舐めて綺麗にしてるのか?」
「いいからここから逃げる…」
「ひぇえええええええっ!?」
みちり、と魔王ゾウムシの足から音が出た。
腹ごしらえを早くも済ませ、魔王ゾウムシは遠巻きに見つめる人間達を視界に収め、とりあえずとばかりに今度は思いっきり体当たりをした。
その威力たるや尋常ではない。
街が揺れた。そう言っても過言ではない衝撃があたりに広がり凄まじいほどの轟音を発てながらも、彼女は止まらない。
今までの体当たりはジャンプするように地面を一回だけ蹴り飛ばして行ったものだが今度は一度ではなく、減速し始めたら再度地を蹴る。何かに当たって止まっても蹴る。ひたすらに蹴り上げて突き進む。
彼女はそれを何度も何度も繰り返して一気に数キロほどを一直線にぶち抜いたのである。
空から見れば何があったのかと誰もが唖然とするであろう破壊の跡が一直線に出来上がったのだ。
当然、
ゴゴゴ、ドドドと地響きを上げ、砂埃を立ち上げながら倒壊していく建物。それに巻き込まれて怪我、ないしは死傷を負う人々。
実に派手で爽快だと、自らのやったことにご満悦な魔王ゾウムシであった。
とはいえだ。4メートルの体長を誇る魔王ゾウムシと言えども横幅はそこまであるわけではない。そんな彼女の一直線の体当たりでは一度に倒せる人間や建物は思ったより少ないのでは?と考えたかもしれない。
しかし、ここは人口密度が高すぎて色々困ったことになっている世界。
しかも、大都市の一角をぶち抜いたのである。
その実、結構な数の人間が今の一撃で倒された。
特に人口密度が高く、土地の足りなさゆえに横ではなく高さを求めた結果、建物は基本的に4階から5階建てが基本。かつ一階ごとに結構な数が住んでいた。
それらの建物が数キロにわたり、何十軒と倒壊させられたのだ。
実にたくさんの人間が間引かれたであろう。
そして、ここで魔王ゾウムシはヤバっと思って軽く戸惑う。
エルルには人間の間引きを命じられているが、子供は狙わないようにとも言われていたことを思い出したのだ。
彼女は思った。今の一撃で子供も沢山、間引かれちゃったんじゃない?と。
いや、でも子供は狙ったんじゃなくて巻き込んだだけだし別にいいか。とあまり気にしないことにした魔王ゾウムシ。
魔王クリエイターによる注文、もとい命令は使ったからと言ってその命令に対する守ろうとする度合いは、対象の性格や知能や種族によって異なってくる。
生物強度が上がると知能も上がるが、結局は
本気で命令を聞かせたい場合はそれ用のスキルが必要なのにエルルは気付いていなかった。
「し、死ねぇっ!!」
魔王ゾウムシが子供もヤッちゃったんだぜ!と少し反省してボーっとしているとチュインと自身の甲殻から金属音が響いた。
甲殻に何かが当たったみたいで、その何かが来た方向を見ると、1人の男が銃を構えていた。
「ばかっ!!よせっ!逃げるんだよっ!銃火器なんか通じるわけないだろっ!?せめて魔科学武器をっ」
「でもっ!でもぉっ!!俺は今日、ラベリアちゃんに告白する予定だったんだぞぉっ!?なんでよりによって今日なんだよぉっ!?」
「俺が知るかっ!ってぎぃあっ!?」
「おぎょっ」
再度、体当たりをする魔王ゾウムシ。
またもや蹴り進む。
再度一直線に街が破壊される。
もはや魔王ゾウムシにとって、子供は殺すなというエルルの言葉は子供を故意に狙わなければ良いと言う意味に変わっていたのである。
ゆえに彼女はどんどん突進を繰り出し、街を破壊していく。そして殺していく。
まさに怪獣が大暴れしていく様相に変わっていく大都市アルファニカ。
かの都市の命運はもはや風前の灯に思われた。
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