Ⅱ章 進撃
第22話
のしり。
のしり。
どすん。
どすん。
錆色の巨大な何かが、西へ西へと歩いていた。
かの者の名は魔王ゾウムシ。
エルルが畑の隅で死にかけていたヤサイゾウムシを元に創り上げた、魔王ヨトウガ、異形の芝犬もどき、魔王蝶々に続く4体目の魔王である。
ゾウムシとは甲虫における種類の一つで、象のように長い鼻からゾウムシと名付けられた。
厳密には鼻にあたる触角が変形したのではなく、口が長細く変形した物であるが、その口で様々な植物を食害する害虫としての側面が目立つ昆虫種である。
して、そんなゾウムシの中でも畑に出没し易く、害虫扱いの異世界産ヤサイゾウムシを元に創り出された魔王ゾウムシの姿はと言うと、だいぶ見た目が変わっていた。
本来の異世界産ヤサイゾウムシは2センチくらいの小さな昆虫なのだが、魔王化処理にあたり、様々なスキルを与えた結果、錆色の色合い以外はかなりゴツく、まるで重鎧を着込んでいるかのような重厚感ある見た目をしている。
改めて魔王ゾウムシの能力を記す。
名前 魔王ゾウムシ
生物強度 23
スキル 超寿命 超外骨格 超魔力皮膜 膂力増強 巨大化 食性変化 一代全霊
となっており、巨大化スキルにより、全長、4メートル。
超外骨格によって甲虫の特徴の一つである固い外骨格がさらに分厚く物々しく変形。
魔法を弾きやすくなる超魔力皮膜スキルによってさらに厚みを増し。
それらの変化で増した体重はなんと2トン近く。
ある程度機敏に動けるように膂力増強を加え、繁殖が一切できなくなる代わりに身体能力を大幅アップさせるスキルの一代全霊でさらに動きやすく、膂力を増強させる。
クマを優に超える巨体を持ちながら、亀とは比べ物にならない防御力を誇り、ウサギ以上の瞬発力を見せる化け物。
それが魔王ゾウムシである。
ちなみに元となったヤサイゾウムシはメスだけで繁殖する生き物なので当然ながら魔王ゾウムシもメスである。
欠点はその巨体ゆえ、小回りが効かず、長距離を走ることも苦手なところ。
本来はエルルが狩りに出た猟師の一団が何やら大変なことになったということで、何かしらの助けになるかもと創り出された魔王であるが、そんな彼女は今、農業国家プラベリアの西にあるユミール公国を目指していた。
結局、救助は間に合わず、意味がなくなったものの、全ての意味がなくなったわけではない。
エルルに『救助したら、ないしは救助できなくてもそのまま西に向かって人類の間引きをしなさい』と言われていたためである。
のしり。
のしり。
どすん。
どすん。
彼女はひたすらに歩いて行った。
その彼女に初めに気づいたのはユミール公国の極東部に位置する大都市、アルファニカの物見台に立っていた1人の軍人であった。
地球の比ではないレベルで人口増加が問題となっているこの世界では、足りない土地、足りない食料を巡っていつ争いが起きても仕方ない状況にある。
ゆえに各国は国境付近の都市には見張りの軍人を少なからず配置していた。
特にユミール公国はこの世界の7つある大国のうち特に食料難に頭を悩ませている国であり、余裕がないせいか国民から軍人まで気の荒い人が多い。それもあって他の大国からはいつか攻め込んでくるのではないか?と警戒されている国でもある。
「なんだ、ありゃ?馬車か?遠くでよく見えないな?」
「あん?どうした?また不審者か?ってか、裸眼で見えないなら、首にかけてる双眼鏡を使えよ」
この世界の科学技術はかなりのものだが、一般者向けの車の類は開発されていない。
人口密度が高いためにどの土地も新たな人を受け入れる余裕が無く、観光なんて事業を興す余裕も無い。
そのため、基本的に遠出する機会が少ないから移動手段となる乗り物の類はあまり発展しておらず、そんな暇や余裕があれば住処をどうにかするための建設事業だったり、食料生産事業、開拓事業だったりに向けられる。
ゆえに車や電車を開発しようなんて発想が無いのだ。
閑話休題。
つまり見張りの軍人は遠くから見える人には見えない大きなシルエットを見て、馬車か?と判断した。
だが、馬車にしてはゴツゴツしているようだし、すでに食肉目的で絶滅した馬の代わりに使われているはずの魔科学で作られた人工馬、すなわち『機馬』もいなかった。
「な、なんじゃありゃ?」
「あん?さっきからやたらとうるせぇな。
どうせ、商人の馬車あたりだろ?
このご時世に外国に出てまで商売とは精が出るもんだな」
「いや…あれは商人なんかじゃねぇっ!
もっと別の…っなっ!?」
もちろんのこと見張りの軍人が見たシルエットとは西へと向かっていた魔王ゾウムシである。
彼らが所持する双眼鏡には魔科学が使用されており、見るだけで遠くの物体でもある程度大きさと質量を計測することができる。
それによると対象の全長は約4メートル。
質量、もとい体重は推定2トンと表示された。
見たことのない巨大昆虫がわずかに身動ぎをした。
瞬間。
「ぎぃっぁ!?」
「どわあっ!?」
いまだ、かなりの距離にあった物見台に魔王ゾウムシが追突した。
その速度は尋常ではなく、推定初速、時速150キロ。
プロ野球で言うところの豪速球並みの速度で2トンの質量を持つ物体が物見台に体当たりしたことになる。
当然、物見台はそこにいた見張りごと爆発四散。
なにせ日本に存在していた巨大戦艦『大和』、その主砲に使われていた弾ですら重量は約1.5トンだった。
空気抵抗で魔王ゾウムシが物見台に追突する頃にはだいぶ速度が落ちていたとはいえ、大和の主砲弾よりも0.5トン分重い魔王ゾウムシの体当たりである。
爆発四散するのは当然の帰結であった。
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