29. この薄情者!
イーライの声を合図に、俺達は一斉に奥の出入り口へ駆け込んだ。俺とイーライは真っ先に、普段は使われることの無いフロア奥の階段へ向かったが、廃墟に詳しくないエドとジャックは足をばたつかせてあたふたしている。やがて俺達同じように食堂から出て来た政府のロボットが、とうとう一番近くにいたエドを捉えた。逃げられないように肩を押さえながら、笑顔を崩す事無くさっきと同じ質問を繰り返している。それに対する答えがはっきりするまでは、エドを放すつもりは無いに違いない。
「あんたらは早く行っちまいな!俺ならきっと大丈夫だ」
エドが言い終わる頃には、ジャックを含む俺達は既に階段を駆け下りていた。言われなくてもそうするに決まっている。暫くしてから「この薄情者!」というエドの叫び声が聞こえた気がした。
「イーライ、俺達下に降りてるけど、どこ行くよ?」
当のイーライは日頃の運動不足が祟って既に息を切らしているが、まだぶっ倒れる段階までは来ていない。
「ああ、とりあえず、玄関へ行こう、外の様子次第、だな」
一方、もっとひどいのがジャックだ。社会に出て働いているとはいえ、その贅肉が嫌でも自身の動きを重くしている。初めは何とか俺達に付いて来ていたが、次第に一段また一段と遅れていき、結局俺達の速さに合わせるのを諦めたらしい、姿が見えないくらいまで距離が開いてしまった。しかしこんな状況では、こちらにもジャックを待ってやる余裕など無い。
漸く一階に辿り着いた所で、イーライがダウンした。その場に座り込んで玄関の方を指さし、言葉にせずに「先に様子を見てこい」と言う。仕方が無い。エドが犠牲となり、ジャックが未だ降りてきていないとなると、今、比較的自由に動けるのは俺しかいないようだ。
こちらを見ていないイーライに頷いて見せてから、その通りに玄関へ向かう。階段を駆け下りて来たという事もあって、心臓が痛いくらいに暴れていた。それを押さえつけて、昼間に閉ざした玄関の扉をほんの少しだけ開く。隙間から見えるのは、夕焼けに照らされただだっ広い駐車場、そして見知らぬ人間が数人。廃墟の方を眺めている奴もいれば、こちらに背を向けて駐車場の向こうを見やっている奴もいる。食堂に現われたロボットと似たようなスーツを着ているから、政府関係の人間、もしくはロボットといって間違いないだろう。外にも見張りがいるならば、今は下手に外に出ず、廃墟のどこかでじっと身を潜めておいた方がいいかもしれない。とりあえず隙間を閉ざそうとしたその時、見張りの一人がこちらへ歩き出したのが見えた。どうやら仲間を手助けしに向かうつもりらしい。音を立てずに扉を閉めてしまうと、ほとんど飛ぶようにして元来た道を辿っていく。
「一階はまずい。とにかく上だ」
階段の側で座っていたイーライと、漸く到着したらしいジャックにそれだけ言って、とにかく階段を駆け上がる。漸くすると、姿は見えないものの疲れ切った足音が近付いて来たので、何とか付いて来れているらしい。
適当なフロアで足を止め、二人の到着を待った。やがてイーライが息を切れさせながら階段を上り終え、膝に手をついて呼吸を整える。続いてそれよりも重症な男がぜいぜい息を荒げながら姿を現した。魂が削がれたみたいな顔に、油の様な汗がうっすら浮かんでいる。二人共俺と同じくらいの歳の癖して、その姿と言ったらまるで中年のそれだ。
「こ、ここは、何階なんだ……?」
ジャックが息も絶え絶えに声を絞り出す。グロッキーになっている二人の先に立ち、とりあえず歩いた所で、センサー式のライトによって辺りが明るく照らされた。今のブランク、長らくここに人の出入りが無かった事を物語っている。
「……四階、だな」
幾分か体力が回復したらしいイーライが俺の隣に並ぶ。二人しかいないビジネスホテルでは、最早無用の長物と化しつつある、客室のみのフロア。その証拠に、目につく所全てうっすらと灰色に染まっていて、まるで辺りが埃の膜にでも包まれているかのような息苦しさだ。ジャックが神経質そうに咳払いする。
とりあえず三人で奥へと進んでいくものの、歩く度に三人分の足跡が埃のカーペットの上に刻まれる。加えて恐らくこの廊下の照明は、外で廃墟を見張っている敵に丸わかりだろうから、身を隠すにはこの上なく不向きだ。それでも今は、とにかくこの廃墟に入り込んだロボット達をどうにかしてやり過ごさなければならない。
「……僕はこんな面倒事に巻き込まれにここへ来た訳じゃないのに」
ジャックが息切れ交じりに恨めしく独り言ちた。
「へえ、そうだったのか。じゃあ、この面倒事は一体誰が引き起こしたんだろうな」
俺のすぐ後ろのイーライが素っ気無く言い放つ。勿論、俺の背後で二人が不満気な雰囲気を醸し出したのがすぐ分かった。この三人の中では、俺が一番の被害者だと思う。
やがて、敵から逃れる案は何も出ないまま、四階の突き当りまで来てしまった。そこには右手と左手それぞれに開け放たれた灰色の客室があるだけで、その他は何もない。
「どうする。この辺にでも隠れとくか?」
言ってはみたものの、それが何の解決にもなっていない事は分かり切っていた。いくら廃墟が広いからとはいえ、恐らく今は二体になったロボットが俺達を見つけるのは時間の問題だろうし、何よりも埃の上に浮き出た三人分の足跡が、はっきりと俺達の居場所を示してしまっている。しかし他に代案も出ず、イーライとジャックは所在なさげに立っているばかりだ。
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