28. 謝れ

 とにかく、一向に事態は良くならない。気まずい空気が辺りを満たす。

「いっつもこうだ」

 沈黙を破るかのようなジャックが呟きに、壊れたロボットを除く全員の視線が彼に注がれた。テーブルの上で手を組んでいる男の顔色はまだ青い。元とはいえ、御曹司をこき使っていたという事は、相当なショックを彼に与えたようだ。そしてその事実は、どうにかして自分を傷付けずに、この件を切り抜ける事が出来たかもしれないやり方が、完全に封じられてしまったという事も意味する。

「イーライ、君がいなければ、僕はもう少しマシな人生を歩んでいたろうさ」

 同居人の「院」時代の話を思い出す。ジャックが院から「消えた」後、彼に何があったのかは分からないが、やはりそれにイーライを絡めるのには無理があると思う。

「ジャック、そりゃ単にお前の能力が足りなかったって事だろうが」

「いや、それだけじゃない。本当の事を、全部憶えている――僕も、君も」

 ジャックはその挑戦的な目つきをイーライに向けた。イーライはどっかりと背もたれに身を預けた格好のまま、眉一つ動かさない。

「あの時の僕とイーライには、もう後が無かったんだ」

 さっきから頑なに口を閉ざしているイーライに代わって「ふーん」と言っておく。

「何だよそれ、そういう意味」

 ここでいきなりエドが割って入って来た。一人で大人しくしているのにも限界が来たようだ。ジャックがそちらを一瞥してから、話を続ける。

「僕らが昔いた施設はね、定期的に行われる試験で良い成績を残していかなければ、そこで暮らす事を許されなかったんだよ」

 これが、イーライが言っていた「勉強に励むしかない」という事なのだろう。その当時、二人揃って成績が芳しくない時期があった。その状態が長く続けば、どちらかが消されるのも時間の問題だったという。そして、およそ十年前の六月に行われた試験が、二人にとって最後のチャンスだった。

 結果。生き残ったのは、イーライのみ。二人共、全く同じ点数であったにも関わらず、だ。

「君は、自身の魅力を知り尽くしていたんだね。イーライ・ベレスフォード君は、院の大人共の大のお気に入りだった」

 ジャックが乾いた引き笑いを発する。封じ込めておきたかった過去を再び覗き込む形になって、いささか傷心しているのだろう。

 一体イーライがどのようにして大人達に気に入られたのかは分からないが、もしその話が本当ならば、ちょっとはジャックにも同情を寄せて然るべき、と言えるだろう。

「本当なのか、その話?」

 しかし、石になった同居人は、それを肯定も否定もせず、ただジャックを凝視していた。

「図星なんだよ。都合が悪くなると、そうやってだんまりを決め込むんだ」

 ジャックの声に苛立ちが漂い始める。こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていき、キュイハン社はどんどん追い込まれていっているに違いない。彼には、こんな所で時間を食ってる暇は彼無いのだ。

 しかしイーライは、何も言わない。風変わりな同居人が今、何を考えているのか、それは彼が片時も外す事の無いサングラスに覆われているせいで、誰にも分からない。

「ええと――イーライ、聞こえてる?」

 エドが恐る恐る俺の隣に座り、心配そうにイーライを覗き込むように見やる。心配そうなエドの手が肩の方へ伸びたその時、イーライは漸くエドの方を振り向いたかと思うと、口角を吊り上げてニッと笑った。

「ああ、聞こえてるさ」

 まるで呪いから解放されたかのように伸びを一つして、そのままジャックの方へ身を乗り出す。ジャックは、目の前の何を考えているのか分からない男の気迫に気圧されたかのように少し身を引いた。

「ジャック、お前の本音が聞けて嬉しかったよ」頬杖をつき、少し顔を俯かせる。「俺の事を、そんな風に思ってたんだな」

 ジャックは不愉快そうに鼻を鳴らしただけで、何も言わなかった。

「お前の言う通り、俺は大人達のお気に入りだった」垂れた金髪の間から見える唇が、卑屈そうに笑った形を作っていた。――果たしてイーライは、気に入られようとしていたのか。それとも、自身の思惑に関係無く、勝手に「気に入られていただけ」なのだろうか。

「イーライ。今お前がすべき事を弁えなければ、自らの身を滅ぼしかねないんだぞ」

 ジャックが口を挟んだ。最早彼は表面を取り繕う事を完全に忘れて、苛立ちのままに言葉を発している。

「分かった、分かった。うるさいなあ」不可抗力な力に引っ張り上げられたかのように顔を上げた。

「その前にもう一つ、頼みたい事があるんだ」

「なんだ、この期に及んで一体何を望むというんだ?」

いきり立ったようにジャックが叫ぶが、イーライは身じろぎ一つしない。

「謝れ」

「は?」

「謝れと言っているんだ、俺の友達に!」

 イーライが拳でテーブルを叩いた拍子に、死んだロボットの基盤が床に落ちた。ジャックは驚きに一瞬身を縮こまらせ、隣のエドも息を呑む。

「な――それは、どういう意味……」

「お前は俺の友達を危険な目に遭わせただろうが」まさに噛みつかんばかりの勢いだ。「謝れ。エドとジョンに謝れ!」

 ……怒ってるんだ、イーライ。しかも、俺達の為に。

「そ、それは僕の責任ではないだろう!ツシマ君は君が勝手に連れていただけだろうに、エドモンドは向こうから僕に協力すると言って来たんだ!」

 ジャックも負けじと叫んだ。同じ姓を持つ幼馴染の怒りの矛先は、互いに交差しあって再び拡散し始めてしまっている。

「おい、二人共、いい加減――」

『失礼します。この建築物のオーナーでいらっしゃいますでしょうか』

 全員の視線が開け放たれた食堂の出入り口に集まった。見慣れない背広姿の男が一人、にこやかに立っている。俺は一瞬状況を呑み込めず、宙に放り投げられたかのような気分を味わった。しかしそれもほんの一瞬の事。

「あ、あいつ、政府のロボットだ!」

 エドのヒステリックな叫び声を皮切りに、その男――政府の遣いは、ゆったりと食堂に入って来る。いつここへ侵入したというんだろう。ジャックの奴、廃墟のシステムを安定させたと言っていた癖に!所詮は「仮」という訳か……。

「逃げろっ!」

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