第16話 死霊術師の戦い 後編

 リオンが次の標的に選んだのは、後方の高台にいる魔法使いたちだった。


 まだ詠唱の段階にいる魔法使いは格好の的だ。

 リオンは、その場所に行く前にある行動をとる。


(念のために用意しておくか……)


 影の中から一冊の黒い本を取り出すと、それを手にしたまま勢いよく地面を蹴り上げ跳躍する。


「なっ!? 一瞬でここまで!」


「だが、一歩遅かったな。詠唱はもう終わった。……これでお前も終わりだ」


 運の悪いことにリオンが魔法使いたちのところまで行く途中で詠唱が終わったようで、自ら接近してきたリオンに狙いを定めていた。


「《合技魔法・アクアストリーム》!」


 魔法使いたちが放った魔法の合わせ技により、強力な一撃へと変わりリオンを襲う。


「これは……なかなか……。だが、俺には……通用しない!」


 リオンが叫ぶと、手に構えた刀が白く輝く。


「《斬霊気・霊獣》!」


 敵の合技魔法に対抗するように刀を振るうと、その斬撃から白い霊気を纏った巨大な獣が現れる。


「な、なんだありゃあ!?」


「喰らいつくせ!」


「グルアアアァァッ!」


 虎にも似た獣は、リオンの言うように強力な魔法に飛びつき、喰い尽くそうとしている。飲み込まれないよう合技魔法も奮闘を見せるが獣の前には無力と化し、飲み込まれてしまった。


「なんだよ……あのデタラメな剣……」


「ゆ、夢でも見ているのか……?」


「テメエら、なに休んでやがる! 早く攻撃しろ!」


 放心状態にある魔法使いたちにハリソンは叱りつけるような言い方で指示する。


「く、くそぅ!」


「こうなったらヤケだ!」


 自暴自棄になりながらももう一度、戦う姿勢を見せる魔法使いたちにリオンは次の一手に出る。


「させねえよ……」


 自分にだけ聞こえるような小さな声でそう言うと、リオンはここに来る前に取り出した黒い本を開く。


「《ソウル・ポゼッション》」


 詠唱後、開いた本の中から人の形をした黒い煙のようなものが飛び出し、目にもとまらぬ速さで魔法使いたちに襲い掛かる。


「なんだ、こいつ! ――うっ!?」


「くそ! このままやられて――がっ!?」


 黒い煙は魔法使いたちの中へと入り込むと、魔法使いたちは途端に苦しみ出した。


「っ!? なにしやがったオメエ!」


「ガアアアアアアァァッ!」


「うわあああああぁぁぁ!」


 耳をつんざくような悲鳴を上げた後、ある者は苦しみから逃れようと地面を転げまわり、ある者は口から泡を引き出しながら気絶していた。


「だ、大丈夫か! オマエら!」


「無駄だよ……。あいつらには俺が使役している悪霊を憑りつかせたからな」


「あ、悪霊だと……」


「一つの体に魂は一つ、それが人のことわり。そこにもう一つの魂が入り込めば、あんな風に拒絶反応を起こすのが当然なんだが、まあ死にはしないから安心しろ。……精神が少し壊れるくらいで済むはずだから」


「なに言ってやがるオマエは!」


(……これで残りは親玉のハリソンと、取り巻きが数人か)


 敵の全滅まであと一歩と言うところまで追い詰めた。

 最後の戦いに出ようとリオンが、ハリソンたちのいる方向へ体を向けると、


「キャッ!?」


「アリシア!」


 キインという鈍い音が、アリシアがいる方角から聞こえた。

 パッとアリシアのほうへ顔を向けると、ハリソンの仲間がアリシアに奇襲をかけていた。どこに隠れていたのか、リオンの魔力感知から逃れていたようだ。


 本来ならアリシアが危険な目に遭っていただろうが、アリシアは全方位に障壁を張っていたおかげで敵の奇襲を防ぐことができていた。


「なっ!?」


「《ライトニング》」


「――っ!? ぐわああぁっ!」


 リオンから放たれた迸る雷撃が敵に直撃。

 隠れていた敵も戦闘不能に追い込んだ。


「大丈夫か、アリシア?」


「はい、大丈夫です。リオンさんの言う通り自分の身を守っていましたから」


 実は戦闘に入る前にリオンは、「魔法を唱えた後は、自分の身を守ることにだけ集中しろ」とアリシアに伝えていた。


「あと少しだからもう少し待っていてくれ」


「がんばってください、リオンさん」


 アリシアの応援を耳にしながらリオンは、前へと駆けだす。


「く、くそ! なんだあのガキ! オイ、オメエら! なにぼさっとしている。早くあのガキをなんとかしろ」


「ハ、ハリソンさん……ムチャ言わねえでください」


「あんなのに勝てるわけねえだろ。だいたいあいつ本当に新米か? オレたちをダマしていたんじゃねえのか?」


「ハアッ! なんでオレがそんなこと……」


 圧倒的な力を見せるリオンを前にハリソンたちは仲間割れを起こしていた。

 それは、リオンにとってチャンスでしかない。

 敵の注意が別に向いている隙にリオンは先制攻撃に出る。


「《パラライズ・ショット》」


 小さな雷のようなものが矢のように一直線に伸び、敵に直撃する。


「ぐっ!?」


「アァッ!」


 体がマヒ状態になり、体を動かせなくなった敵は、その場に倒れてしまった。


「オ、オイ! どうしたんだオマエ――ヒィッ!」


「動くな」


 リオンは、ハリソンの首元に刀を当て、いつでも殺せるようにしながらハリソンの動きを止める。


「おそらく他のヤツらはお前に巻き込まれただけのようだからあの程度にしてやるが、首謀者の先輩はどうしようかな?」


「ま、待て……は、話をしようじゃないか。オレは単純に先輩として新米のオマエらに指導をな……」


「あれが指導とはね……。相手が俺じゃなかったら下手すれば死んでたかもしれないんだぞ」


「少しやりすぎたんだよ……。なあ、見逃してくれよ。ここで問題を起こしたらオマエらギルドから追い出されるんだぞ」


「……確か、外で起きた問題は誰も見ていなきゃ、違反にもならないんだよな」


「ま、まさか……オマエ……」


「いいね、その顔。格下だと思っていた相手にコテンパンにされて命乞いをしている様は……」


 心底、この状況に悦びを感じているリオンの顔は愉悦に満ちていた。


(な、なんてヤツにケンカを売ってしまったんだ……オレは……)


 ハリソンはその顔を見て初めて、自分は決して手を出してはいけない相手にケンカを売ってしまったのだと後悔していた。


「さようなら……先輩ッ!」


 ハリソンの首元目掛けて刀を振るおうとしていた。


「うわああっ! やめろ 死にたくなぁい!」


 ハリソンの叫びを聞き届けるものなどおらず、このままリオンの手によって一生を終えることになると思いきや、


「……っ」


「がぁ……あぁ……」


 首に到達する前にハリソンが気絶してしまっていた。

 そんなハリソンを見て冷めたのか、刀を鞘に納め、ハリソンを突き飛ばす。


「バーカ、最初っから殺すつもりなんてねえよ。まったくこの程度で気絶しやがって、お前にはきっちり償ってもらうからな」


「……す、すごい」


 十人以上の敵を相手にたった一人で全滅させたリオンの力量を改めて目の当たりにしたアリシア。

 あまりの凄さに、呆然としたまま眺めているしかできずにいた。


「死霊術って……いったい……」


 リオンの戦闘に大いに貢献していた死霊術という未知なる魔法にアリシアは興味を抱いていた。

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