第15話 死霊術師の戦い 前編
外を警戒しつつ洞窟から出たリオンたちだったが、
「……だれも……いませんね」
てっきり誰か待ち伏せでもしていたのかと思っていたが、アリシアの言うように外には人の姿などどこにも見当たらなかった。
しかし、リオンの魔力探知には依然として反応があるのでまだ油断はできない。
引き続き周囲に注意を送っていると、森の奥からガサガサという足音を立てながら複数の人影が姿を現してきた。
「……なんだお前ら?」
冒険者らしき恰好をしているが、見覚えのない顔ばかりで意図的にリオンたちを待ち伏せしていた様子だった。
怪訝そうにその集団を警戒していたリオンは、ふとある男を見た瞬間、まさかと思いながら口に出してみる。
「……もしかしてギルドで俺らにちょっかいをかけてきた連中か?」
集団の中にまるでボスのようにドンと構えているハゲ頭の大男の姿があった。
その大男は、ギルドでリオンにケンカを売ってきた男だった。
リオンの投げかけてきた質問に対して大男は声を上げて言ってきた。
「その洞窟から出てきたってことはゴブリンごときでやられなかったようだな。まあまあやるじゃねえか」
「……はあ、それでなんの用ですか?」
「決まってるだろう。ギルドでの借りを返しに来たんだよ!」
「……は?」
まったく身に覚えのないことを言われて困惑していると、大男が続けて言う。
「俺の誘いを断った挙句、テメエのせいで尻尾巻いて逃げる羽目になったんだ。このまま舐められたままじゃあ、俺の気が収まらねえからテメエにはちょいとばかし痛い目に遭ってもらうぞ」
相手の言い分を聞いてみたが、なんとも馬鹿げた内容だった。
完全なる逆恨みでリオンたちに非があるわけではなかった。
「はあ……時間の無駄だったな。……さっさと帰るぞアリシア」
「えっ? で、でも……この人たちが素直に帰してくれるか……」
「それもそうだな。一応忠告ぐらいはしておくか」
面倒ごとに巻き込まれてしまった己の不運を嘆きながらリオンは目の前にいる集団に向かって忠告した。
「オイお前ら! こっちはお前らに用はないんだからそこを通してくれるか? それに冒険者同士の揉め事は処罰の対象になるって受付のお姉さんも言ってただろう。ここは穏便に行こうじゃないか」
穏便に済ませようとするリオンの言葉に男たちはなにがおかしいのか全員笑っていた。
「バカだなオマエ! あれはギルドや街中での話だ。外に出ちまえばそんなもん関係ねえだろう。オレたち以外、だれもいないんだから」
「……なるほどね。仮にここでお前らになにかされて、ギルドに報告したとしても証拠なんてものがないから処罰の対象にならないっていうわけか」
「ええ!? そ、そんな……」
「そういうことだ。これも新人冒険者が通る道だからな。……覚悟しろ」
今にも襲い掛かってきそうなくらい戦意に満ちた目をしている男たちに対してリオンは別のことを考えていた。
「なあ、ここでお前らが襲い掛かってきたとして、俺が返り討ちにした後、門番の前に突き出したらその場合、どっちが処罰の対象になるんだ?」
リオンとしては単なる確認のために質問したのだが、男たちはツボにでも入ったかのように大声を上げて笑い始める。
「アハハ! そうだな……こういう場合は先に手を出してきた方が罰せられるからな。その場合はオレらが処罰の対象になるだろうが、そんなことには絶対ならねえから安心しな。……まあもしそんなことができたらオレが証言してやるぜ」
「それを聞いて安心した。……一応冒険者の先輩だからな。殺さない程度には加減してやる」
「なめた口聞きやがって、ハリソンさん早くやっちゃいましょうよ」
ハリソンと呼ばれたハゲ頭の大男は、手下の言葉に頷き、戦いを始める前にリオンに話しかけてきた。
「オイ、新人! 後ろの女を差し出すんならこっちは見逃してもいいんだが、どうする?」
「……え?」
途端、アリシアは怯えたながらリオンに懇願するような目を向けてくる。
「心外だな……。俺がそんな真似するような男に見えるのか?」
「……っ!? そ、そうでしたね。私、また見捨てられるんじゃないかと思って、すいませんでした……」
「いいよ、別に。気にしていないから。……というわけだ、ウチの仲間をお前らみたいな奴らに渡す気なんかさらさらねえよ」
「そうか……残業だ。……それじゃあ」
すると、ハリソンがなにか合図を出すように指を鳴らすと、後ろから突如爆発音が鳴り響いた。
すぐさま後ろを振り返ると、ゴブリンたちが住処としていた洞窟の入り口が塞がれていた。
おそらくリオンたちの逃げ道を防ぐために爆発させたのだろう。
その証拠に周囲はハリソンの仲間に包囲されており、逃げることなどできない状況にある。
逃げ道を完全に塞いだ以上、すぐに戦闘が始まると判断したリオンは、アリシアにあることをしてもらうため耳打ちする。
「やっちまえ! オマエら!」
リオンの予想通り、戦闘はすぐに始まった。
前からは剣を振りかざして突進してくる剣士が三人。横からは、リオンたちに弓を弾きながら狙いを定めている弓士が数人。
あっというまに複数方向から攻撃を仕掛けられていた。
これにリオンたちは動揺を見せるかと思いきや、二人とも落ち着いた様子で戦闘態勢に入っている。
そして、アリシアが杖を前に掲げ、魔法を詠唱した。
「光のマナよ。閃光の波状を解き放て――《フラッシュ》」
瞬間、全方位に向けて眩い光が発生する。
目を覆いたくなるほど強い光に男たちの動きも次々と止まっていく。
(敵は十……いや十五人か? 前戦った盗賊連中とだいたい数は同じだが、今回は殺すのがなしだからな。加減して斬るか)
リオンは勢いよく地面を蹴り、前方の剣士たちに向かって接近する。
刀の間合いにまで近づくと、腰に下げた鞘から刀を抜き、居合切りの動きでまず一人に一閃。
「ギャアアアッ!」
胸元に浅く斬っただけなのにあの悲鳴。
なんとも情けない。戦いの最中にそのようなことを思いながら次の標的に狙いを定める。
次も剣士だが、全身に銀色の鎧を着込んでおり、常人ならその鎧を前に攻撃を通すことすら難しいだろうが、リオンには通用しない。
刀に硬質化の付与魔法をかけ、またもや一閃。
「グオオオッ!」
鎧はスパッと斬れ、腹から血を吹き出していた。リオンはそのまま流れるように最後の剣士を切り伏せる。
アリシアが「フラッシュ」を使い、光が収まるたったの十秒ほどで敵の剣士を全滅させていた。
「な、なにが起きたんだ……」
目を開けた瞬間、広がる光景にハリソンは自分の目を疑った。
一瞬にして三人の手下が悲痛の声を上げながら倒れていた。そして、すぐ近くにはリオンがいて、その手には血で濡れた刀を下げていた。
これだけ見れば誰がやったかは一目瞭然だが、そんなことを認めたくないハリソンは、構わず次の刺客を差し向ける。
「テメエらなにボーっと突っ立んだ! 次は遠距離で攻めろ! 弓も魔法もバンバン撃て!」
ハリソンの指示を受けて左右にいる弓士は弓矢を構え、後方にいる魔法使いたちは魔法の詠唱をし始めた。
(詠唱時間のことを考えると、後ろの奴らは放っておいてもよさそうだな。……となると、先に片付けるのは)
リオンは、横にいる弓士を次の標的にする。
しかし、そんなことを考えている間に、弓士たちは一斉に矢を放たれた。
(……これなら)
矢の軌道と速度を見てリオンはニヤリと笑みを見せた。
「《召喚――バンデット・ゾンビ》」
影の中からつい最近、使役した盗賊姿のゾンビを呼び出す。
「命令だ。向こうから来る矢をすべて撃ち落して放った弓士を撃退しろ。ただし、殺さず痛めつける程度にしろ」
そのゾンビをリオンの右側に立たせ、右から来る矢を対処してもらうよう指示する。そしてリオンは、逆側から来る矢に対して刀を振るい、的確に矢を落としていく。
「な、なんなんだよこいつ!」
「ひいいっ! なんで急にアンデッドが!?」
突然のアンデッドの出現とリオンの力の一端を間近で見た敵は、慌てふためいていた。
反対側の敵を召喚ゾンビに任せ、リオンはもう片方にいる弓士たち攻撃を仕掛けるため駆け出した。
「く、来るな!」
先ほどの戦いぶりを見てリオンにビビっている弓士たちが、慌てて弓を引く。
リオンは、弓を射られる前に手を前に出し、詠唱する。
「《魂縛》」
詠唱後、弓士たちを中心に小さな爆発が巻き起こる。
「グウッ!?」
「ガッ!」
その爆発は威力が小さく、それほどダメージを与えられないが、リオンの目的は相手の動きを止めることだった。
リオンの狙い通り弓士は爆発に驚き、数秒だけ怯んだ。
その隙にリオンは相手との距離を一気に詰め、剣撃をお見舞いする。
「グアアッ!」
リオンの一閃は一撃一撃が重く、弓矢ごと破壊しながら次々と弓士を倒していった。
「あっちも終わったようだな……。これで残りは半分か」
反対側を任せたゾンビのほうの戦いも終わり、残りは後ろのほうで詠唱を続けている魔法使い三人に、ハリソンと取り巻きが数人。
「さて、次は……」
リオンによる一方的な戦いが続く中、リオンは次の相手となる標的に狙いを定めた。
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