第12話「Dは最強。これはガチ」
我が癒しの空間、喫茶店「Choko De Chip」には二人のウェイトレスが居る。
一人は金髪ゴスロリウェイトレスのマリアたん。本名不明、出身地不明、年齢不明。プロフィールのほとんどが「不明」で覆い尽くされるという、ふざけているとしか言い様の無い謎少女であるが、そんな彼女を平然と雇っているこの店こそが本当の謎である。あ、スリーサイズはこの前測っておいたから不明じゃないよ、念のため。
ちなみに、マリアたんが着用している制服は、この店正規のモノに若干の手を加えたものだ。やたらとフリルやらリボンやらが付いているのは、間違い無くマスターの趣味だろう。
そして、もう一人のウェイトレスが──このわたしをもってしても攻略不能な牙城の主、リョーコさんだった。
何しろ彼女、マスターを心底愛してしまっているのだ。あんなハゲのおっさんの一体全体どこが良いのか、マスター以外はアウトオブ眼中(←死語?)当然わたしなど歯牙にもかけて貰えず、歯痒い日々を送っている。
ああ、ちなみに。マスターとリョーコさんは、実の父娘の関係なのであしからず。
……え、それって余計にヤバくない? とちょっと思ってしまったのはリョーコさんには秘密だ。わたしも、他人のことは言えない。
まあ、そういう訳でして。
今回の話はその、リョーコさんがメインのお話──という訳でも何でも無く、彼女はただの一背景キャラとして終わるのでした。ある意味ゴキブリよりも出番が少ない。南無ー。
「悪魔的発想によりわたしはここに決意する! 世界征服をしよう!」
朝っぱらからジージーと蝉の鳴く、暑い夏の日の昼下がり。例によって例の如く薫子を連れてお茶を楽しんでいたわたしは、突如として天啓を得た。セカイセイフク。漫画の中じゃスクール水着とタメを張るくらい頻出するメジャーなその単語が、何故かわたしの頭の中で花を咲かせたのである。
「世界征服イコール、全人類わたしの下僕化! どう、なかなか魅力的だとは思わない? 核ミサイルの発射スイッチを押すのも体育の時間にブルマ着用を義務付けるのも思いのまま! くっはー、想像するだけでたまらーん!
薫子。無事に世界を征服できた暁には、あなたに地球の半分をあげる。だからお願い、わたしと結婚して! きゃー言っちゃった、言っちゃったよわたし! むはぁ、薫子たんの純白ウェディングドレス姿、想像するだけでお姉さん涙が出て来ちゃったよ……悲しくないのに涙が出ちゃう。くすん、だって女の子だもん」
「うん。とりあえず暑苦しいから落ち着いた方が良いと思うよ美沙樹ちゃん」
「オケ、お乳突いた」
つん。頷いて、薫子の胸の先っぽを軽く突いてみると。
予想以上の弾力と共に、ある種の想念がわたしの中に流れ込んで来た。こ……これはっ……!?
「薫子。わたし、世界征服よりも大切なことに気付いちゃったかも知れない」
「ふぅん? どんなこと?」
「Dは最強。これはガチ」
「あはは。ねぇ美沙樹ちゃん、冗談も休み休みに言わないと、その内セクハラで訴えられちゃうよ?」
そう言って薫子は、いつものようにカラカラと笑った。わたしもつられて笑い出す。楽しい楽しい、二人だけの時間。いつものようにゆったりと穏やかに、わたし達は談笑する。そこに、他人の付け入る隙間は無い。
──はずだった。
ぶち込まれた独房は、冷たい床の感触と、ほのかに百合の匂いがした。気分はもうサイコー! ……に最悪な感じだ。
「くっそー。薫子のヤツ、覚えてろー」
独り毒づくも、彼女はここには居ない。当たり前だ、ここは犯罪を犯したアウトロー達の掃き溜めなのだから。こんな腐った場所に来たら、清純さの塊である薫子なんて一発で汚れてしまう。というか、留置所に居る薫子の姿が想像できない。
「やってくれたっ……本当にアンタって娘は、やってくれたよ畜生めっ!」
やり場の無い怒りを抱えたままで、わたしは独房の壁を思い切り殴りつけた。するとあら不思議。コンクリートで何重にも固めているはずの壁が、わたしのパンチ一つであっさりと崩れ落ちる。マジで!? わたしいつの間に爆●点●使えるようになったの!? 今ならわたし、乱●にも勝てるかも!
なんて少年漫画的な甘っちょろい驚きは、ここの刑務所では通用しない。澱みきった空気がそうさせるのだろうか。誰も彼もが無関心で、ツッコミ一つ貰えないまま、わたしは壊れた壁の修理を始めるのだった。ううう、空しい。
それにしても、何でこんなことになってしまったのだろう。わたしはただ、いつものように薫子と楽しくお喋りをしていただけなのに。まさかその会話の一部始終がテープに録音されていただなんて……わたしには未だに信じられない。
「えへへ。一度こういうの、やってみたかったんだ。
ごめんね美沙樹ちゃん? だけどやっぱり、セクハラは良くないと思うよ?」
警察に連行される間際の、薫子の笑顔が忘れられない。薫子にもう一度逢いたい。逢って一発ぶん殴らないと、どうにも気持ちが落ち着かなかった。
「そんなにお乳突かれるのが嫌だったの、薫子?」
それとも、わたしの見立てが間違っていて、実はDではなく(ピー)だったとか。ありえない話じゃない。けど、薫子がそんなことで怒るとはわたしには思えなかった。いやそもそも怒ってなかったかアレは。どちらかと言うとアレは、状況を楽しんでいるような……?
「全くもう。しょうがないなぁ、薫子たんは」
壊れたコンクリートの壁の隙間から、隣の独房の中が見えた。誰かが、ボロボロの毛布にくるまって眠っている。こちらからは顔は見えないが、体格からしてどうやら女性のようである。わたしがこんなにどたばた騒いでいるというのに、起きる様子は全く無い。と、いうことは、つまり。
ピンポンパンポーン。わたしの脳内で、瞬く間に組み上げられる妄想城。パズルのピースは全てはまった。後はただ、本能が導くままに行動すれば良い。
「全くもう。しょうがないなぁ。薫子たんはー、っと」
同じ台詞をもう一度呟き、わたしは壊れた壁にそっと手を触れた。狙うはただ一点。これが、モノを殺すということだ──!
「……やった!」
ちょっと力を加えただけで、壁の崩壊はなおも進み。独房の壁には今や、人間一人が通過できる程の大きさの穴が空いている。ミッションコンプリートであります、提督!
「くひひひひ。さあそれでは、開通式と参りましょうか! レッツゴー美沙樹! 世界がわたしを待っている!」
死の点まで見えるようになったわたしにとって、もはや恐れるものなど何も無かった。完成した穴をくぐり抜け、悠々と隣の独房に移動する。
「ウホッ!」
思わず声が漏れた。目の前には、わたしが侵入したのにも気付かず眠り続ける、女の姿が在った。何て無防備な。そうか、これも四方を檻に囲まれている刑務所ならではの光景なんだ。普段誰も中に入って来ないから、ついついパーソナルスペースが狭くなってしまうのだろう。
まあ、そんなことはどうでも良い。わたしはそろそろと身を屈め、彼女の毛布を剥ぎ取った。洗濯していないのか、つんとした汗の臭いがした。彼女の、体臭が。うへへへへ、これはこれで良いものだのう。わたしは体臭フェチではないが、状況が状況ということもあり、何だかとっても興奮してしまう。あはぁん、何だかとってもハイトクカン……!
「さあて。それでは早速、イッてみよー!」
わきわき。さながら手術(オペ)を始める寸前のお医者さんのように、何度も握る練習をしてから。わたしはその手を、目の前の哀れな女囚に向けて伸ばしていった。
良いよね、やっちゃっても? だってこのヒト、悪いことをしたからここに居る訳でしょう? だったらお仕置きしないとね、お仕置き、お仕置き……。
ふと。そのフレーズからある人物の顔が脳裏を過ぎったが、一秒という時間を与えず抹消した。居ない居ない。幾ら何でもこんな所にあの娘が居る訳が無いし、もし居たら素でビビる。
「あらこの娘、綺麗なお尻」
後姿ということもあって、わたしの目をまず引いたのは整った形の彼女のお尻だった。真ん丸でツルツルで、桃のように美味しそう。今すぐにでもしゃぶりつきたいくらいだが、そこはぐっと我慢して。彼女が起きないよう、服の上から撫で回すだけに留めておいた。
「あらこの娘、綺麗な金髪」
ひとしきりお尻の形を堪能した後、わたしは彼女の身体をそっと抱き寄せる。その時、彼女の眩いブロンドがふわりと浮いた。枝毛一つ無い、さらさらのロングヘア。きっとアソコの毛もちぢれ一つ無くさらさらに違いない。
……と。そこでまた例の人物の顔が頭に浮かんだが、わたしは何とか追い払うことに成功した。うむ、それで良い。あんなのいつまでも想像してたら、脳が腐ってしまうからね。
「さあてと。それではいよいよ、お顔を拝ませて貰いましょうかねーふふふん」
可愛いかな? きっと可愛いよね? つーかこれで不細工だったら反則だと思う。尻も髪も完璧なんだから、きっと、いや絶対に、超絶美少女であるはずなのだ!
すー、はー。よし、覚悟完了! 見せて貰うぞその素顔!
「どんどんがばがば、どんがばちょー……っと」
もはやここまで来たら彼女が起きようが起きまいが関係無い。散々触りまくられて相当感じているはずだから、抵抗なんてできる訳が無いのだ! そう確信し、わたしは思いきって彼女を抱き起こし、その唇にキスをした。
瞬間。「彼女」と目が合った。
──時が、凍り付いた。
「な、ななななな、ななな」
震える声は、言葉にならず。
「えへ……美沙樹お姉様の唾液、すごく美味しい」
ごくん、と。「彼女」が喉を鳴らして唾を飲み込む様を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
「あは。でもびっくりしました。まさか美沙樹お姉様の方から、あたしにキスしてくれるだなんて。待ってた甲斐があったというものです。
ね、お姉様。今度はあたし、お姉様のえっちなお汁が飲みたいな?」
そう言って、いつものようにおねだりをして来る「彼女」。ああもう、何と言うか。あんまりにもいつも通りに接して来るもんだから、かえって対応できなかったわよわたし! はいもうっ、そして時は動き出す!
「何で……何でアンタがここに居るのっ……マリア!」
にじり寄って来る「彼女」──マリアを、渾身の力を振り絞って突き飛ばす。
「アンタ、ここがどこだか分かってんの!? 刑務所よ刑務所! 分かる? 犯罪者が入るトコなの! アンタみたいな馬鹿が来る所じゃないのよ!?」
「えー? でもお姉様、いらっしゃるじゃないですかー? だからあたしも、一緒に入ろうと思って、えへ。
マスターとか、何人かシメちゃいましたっ」
「ますたぁぁぁぁぁっ! ハゲオヤジなんて言ってゴメン! だからお願い、生きていてっ」
褒めて欲しいのか、満面の笑みを浮かべて迫って来るマリアを必死で牽制しつつ。わたしは見えない月に向かって、マスターの安否を心配せずには居られなかった。
あ。別にマスターがハゲててお月様みたいに真ん丸だからって訳じゃあないよ? 念のため。
マリアとの刑務所暮らしは、幸いにも一晩で終わった。薫子が告訴を取り下げてくれたのだ。
「えっちなのはいけないと思います。ね、美沙樹ちゃん?」
「うん、全くその通りだね! わたし、すっかり目が覚めたよ!」
「良かった、美沙樹ちゃんが真人間に戻ってくれて」
本当に良かった、マリアが当分ムショにぶち込まれることになって。
けど──いずれ刑期を終えたら、彼女は出て来る。その時わたしは、果たして彼女を温かく迎えてあげられるだろうか──?
なんてことを思いながら。マリアが居なくなった分の穴埋めとして、わたしは今日もウェイトレス業に勤しむのであった。
「ようこそ、Choko De Chipへ!」
今日の日記:
まあ、その、何だ。
くれぐれも調教は程ほどに(←昨日も言った)
それでは、明日に続くのだっ(はぁと)
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