第12話 木箱を叩き、復讐を語る

 ぼんやりと光る薄いオレンジ色の灯りが開いたばかりの瞳に差し込む。また突然の場所転換かと溜め息を漏らすイブキは、ひとまず見慣れない部屋を見渡すことにした。


 --なんだここ……誰の家だ?


 そこら中に散乱するやたら分厚い本の数々に謎の紋章が描かれた紙切れに趣味の悪そうな置物。薄暗い部屋の中を少しだけ照らすオレンジ色の灯りは、この部屋の独特な雰囲気を演出するのに一役買っていた。


 --それにしてもいい匂いするなこの布団。ちょっとシーツとかぐしゃぐしゃで掛け布団がやけに重いけど……


 心地よく、何故かむず痒くなるような何処かで嗅いだことのあるような無いような……そんな不思議な香りを堪能しつつ身体を起こし、重みの正体を確かめるべく掛け布団に視線を落とすと、その重りの正体に大きく取り乱した。


「おっっっっふッ!!!!!!」


 掛け布団の上に転がるように寝息を立てる青髪の少女クルドは、驚きすぎてベットの端で縮こまるイブキを寝ぼけた瞳でじっと睨みつける。


「……うっさいなぁ……いい感じで惰眠に耽ってたのにさぁ」


「いや…でも……! な、なんで添い寝!?」


「はぁ? オマエの傷直してたら眠くなったから寝ただけでしょ。今日はおーばーわーくだよほんと」


「あ、は…ふーん。じゃ、じゃあこのベットは……?」


「あたしの」


「おおう…!」

 --ナイスファンタジー……! ちょっとロリだけどこいつ。


 女の子のベットで眠るという密かに憧れていた事を実現できたイブキは、心の中でガッツポーズをかます。


 ニヤけるイブキをじと〜っと見つめるクルドは、少しだけ寝癖の付いた青髪を手で梳きながら意地の悪そうな笑みを作って話しかけてきた。


「ねぇ、イブキさ…今あたしにめっちゃ借り作ってない?」


「ま、まぁ……なんか、ほんとごめんっていうか……」


「そーじゃなくてさ、あたしとゲームしてよ」


「ゲーム……?」


 ニヤリと不敵な笑みを向けるクルドは、変な雑貨が山積みに置かれている机からカードの束と木箱を取り出す。床に散乱した本や雑貨を無理矢理退かして足場を作り、中心部にそれを置いた。


「え?」

 --トランプカード……? ババ抜きでもやれと? つーか変な雑貨買いすぎだろこいつ。なんだよあのギョロ目の魚の木彫りは。


「トランプバトルだよ。あたしが作った最強のゲーム」


 鼻歌を口ずさみながらトランプをシャッフルするクルド。ババ抜きやポーカーゲームといった遊び方は知っていたが“トランプバトル”と言った名称の遊びは聞いたことがなかった。彼女の自作ならば知らないのは当然と言えるが。


「な、なんすかそのなんの捻りもないネームのゲームは……」


「うっさいなぁ。まぁ見てなって」


 クルドは山札の中から2枚カードを抜く。いいカードが引けたのか、そのうちの一枚を見ておぉっと口を丸くした。


「いきなり前大会3位入賞者の“スペードの4”選手の登場かぁ。ゲストがいるからって張り切りすぎかぁ?」


 --え? 何言ってんのこいつ。


 引いた2枚のカードを互いに凭れるように木箱に自立させ、両端の側面を手でとんとんと叩く。


「さぁどっちが勝つかどっちが勝つか〜!」


 暫く叩くと2枚とも重なるように崩れる。上になった方のトランプを掲げ、高らかにし審判を下した。


「勝者、“スペードの4”〜!! えへへ、やっぱり大会上位常連は強いなぁ〜」


 まさかトランプで紙相撲を始めるとは思わなかったイブキは、彼女の奇行に思わず固まる。2枚のカードを仕舞い再びシャッフルしだすクルドは、あんぐりと口を開けるイブキに首を傾げた。


「え? 何クチアケウオみたいにでかい口開けて固まってんの? 大気中に餌のプランクトンはいないよ? 早くここ座ってよ。せっかくこれから記念すべき第52回トランプバトル最強決定戦やるんだからさ」


「は、はぁ……」

 --え? 俺これやるの?


 イブキが見てきたなかでもダントツで一番惹かれないゲームだった。こんなことをこいつはやっていたのかと少しだけ引いたが、彼女には短い間に何度も助けて貰っているという恩があった為、渋々横に座る。


「はい、一枚引いて。記念すべき最初のトランプなんだからいいの来るといいね」


 --いや、何引いても同じだろ。


 引いたカードをクルドに渡す。彼女のパチりと開いた双眸がおぉっていう風に煌めいた。


「“ハートのA”! 前大会チャンピオンに輝いた最強のカードじゃんか! イブキさてはツイてるなぁ?」


 ノリノリのクルドは同じように並べ、木箱をトントンする。イブキも言われるがままにトントンするが、彼が叩いた瞬間にへたりとカードは崩れ、クルドはむくれた。


「あ〜! ちょっと叩くの強すぎだってさ! こんなんじゃすぐおわっちゃうじゃんか! 今のナシ! もっと優しく叩いてよ!」


「はぁ……ごめん」


 もう一度今度は弱くトントンする。自分のカードが下になるように崩れ、クルドはしてやったりな表情をこちらに向けた。


「えへへ、やっぱり強いカードもシロウトの叩きだと弱体化するね。開幕早々大番狂わせとか興奮するじゃんか」


「はぁ……」

 --うわ……つまんな! 大根おろしでもすってる方がまだマシなんですけど!?


 ハートのAを除いたカードを再びシャッフルするクルド。いつぞやのイブキを救った頼もしさとは何処へやら、その横顔は年相応にはしゃぐ少女のそれになっていた。


「はい。また引いて、言っとくけど最後の一枚になるまで終わんないよ?」


「お、おう……?」

 --なっが! 退屈すぎてタイになるって? おい!


 また一枚引いて並べてトントンして自分のカードが負ける。そんな謎のゲームを10回程黙々と続けたあたりで彼は“虚無”という概念を理解しかけていた。


 --あっ…このままだと心ぶっ壊れるかも……。


 何とかしてこの状況を打破しようと思考を巡らせる。中断してババ抜きのやり方を教えようかと思い付くも、当のクルドはウキウキと楽しんでいることもあり、いきなり止めてしまうのは可哀想に思えた。


 だからといって虚無ゲームが終わるまで耐え抜く訳にもいかなかったイブキ。遂に“コミュ障”という固い鍵で閉ざされていた口を開き、“女の子と世間話”という難問にトライすることを決心した。


「な、なぁ……」


「うんにゃ?」


 トントントントントントントントントン………………。


「君はその……何歳?」


「じゅーよん」


「その青い髪は……染めたの?」


「地毛。……あっ、“クローバーのJ”初勝利じゃん」


 トントントントントントントントントン………………。


 --うわ、話すのむず……。


 箱をトントンしながら一生懸命会話の糸口を探すイブキ。世間話は少しハードルが高いと悟ったのか、別の角度からのネタを考える。


 --そうだ! 俺はこの子についてまだなんも知らないじゃねぇか! 14歳なのにこんな物騒な組織に居るとことか……てかこいつ確か……?


「な、なぁ……」


「なによ」


「なんで君は……その…メテン? じゃないのにあんなとこに居るんか…な…?」


「復讐」


「……え?」


 復讐── 。あどけない少女の口から出るとは思えない言葉に、イブキは再び口を開けたまま固まる。


「あ、またクチアケウオになってる。んまぁ、確かにあたしみたいなのがあんなとこにいんの違和感でしかないか……言った通りの意味よ、あたしは黒龍に復讐を誓ってる」


「ご、ごめん……なんか」


「なんで謝んのよ……あたしがかわいそうなヤツみたいじゃんか」


「いや……変なこと思い出せたかなみたいな……」


「思い出すもなにも……忘れた事ないかんなぁ。過ごしてた家がものの数分で燃えてく感じとか……近所の人が丸焦げで転がってたりとか……まだ11歳だったあたしを追っかけ回す黒角のヤツらとか……あと…」


「も、もうやめてくれ……」


 聞くに耐えられなかった。想像を絶する地獄の体験談を平然と語るクルドの横顔を見ると、何故か鳥肌が立つ。誰も居なくなった中、ずっと1人でこんな風に遊んでいたのかと必然に目頭が熱くなった。


 一筋の涙。この世界に来てから何度も流したそれを拭い、顔を伏せてトランプを受け取る。


「な、泣くなよな……! あたしはもう前向いてるし……別に同情は求めてないっていうか……」


「ご、ごめ……」


 イブキは人の痛みに敏感だった。自身の人生をなんの取り柄も無い不幸な人生だったと振り返り、必然的に同じ“不幸”な人に対して“同族意識”に似た同情心を抱くようになっていた。


「えへへ……イブキってただの泣き虫男だと思ってたんだけどさ、結構優しいとこあんのね」


「お……俺は優しくなんかないっすよ……。いつも人を妬んでばっかで…なんの取り柄もない癖に人とは違うことをしようって突っぱねて……そんで気が付いたら1人で……死んだ後なんて全然いいとこ無しで泣いてばっかで……とろくてダサくてコミュ障でおまけに嫉妬深くて……どーしようもねぇ奴で……」


 木箱を叩きながら本音をぼやくイブキ。出会って間もない少女に弱音をぶつける自分自身の情けなさを心の中で嘲笑う。自己嫌悪に身体を蝕まれた彼にお構いなくトランプを押し付けるクルドは、試すような表情で語る。


「んまぁ、自分でそー思ってんなら嫌でもそうなっちゃうよね。なんも出来ないことを無理矢理受け入れることで“それが普通なんだ”って思い込めるんだからさ……ほんとは変わりたい癖に」


「そんなこと言ったって……俺に変わることなんて……」


「変わってんじゃん。身体ん中におっかない魔力流れてるんだしさ」


「そうだけど……こんな身体俺は望んでなんか……」


「うんにゃ、でも変わったのは事実だし要は思い込みじゃん? って話。満足いかないならそのおっかない魔力使って満足いくまで変わればいい。イブキだけの力なんだし」


「でも……願いが無い奴はすぐに殺されるってあの茶髪がっ……!!」


「あるじゃん。立派な“自分を変えたい”っていう願いが。だいたいさ、願いとか目標とかをまったく持ってないヤツなんて居ないもんだよ? ラディはただ焦ってるだけ。アイツもなんだかんだいって人を殺せないしね」


「……具体的なビジョンが無いと……俺は迷ってしまう気がする……。だって、今まで俺はずっと……」


「願いを持つことを恐れていた──。でしょ?」


 不敵なクルドの視線に心の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。心の奥で抱いていた“自分を変えたい”という願望を、まるで自己暗示をかけるように現状維持を主張し続け、実行に移すという発想を押し殺してきたイブキにとって、この一言は良くも悪くも胸に響いた。


 ゆっくりと頷くイブキ。せめて、彼女の目の前では正直で在るべきだと感じていた。


「それなら……えっと、とりあえずなんかになるぞー! って感じでいいんじゃない? “ナニカになりたい”っていうのも、一応立派な願望になるわけだしさ」


「そ、そんな適当な……もんなんすか……?」


「メテンには色んな願いをもって戦ってるヤツがいんのよ……例えば家族を取り戻したいとかさ。これからそんな“必死なヤツら”がイブキに立ちはだかってくる…偉そーに自分のエゴを押し付けてさ。だから…“俺だってナニカになる為に戦ってんだーっ!!”って一喝言ってやればいいんじゃない? お願いの価値なんてそんなもんだよ」


「はぁ……そんなもん……かぁ」


 相変わらずトランプを押し付け、不敵な笑みを浮かべながら得意げに鼻を鳴らすクルド。“ナニカを目指す”というフワッとした願望がイブキの頭を駆け巡り、彼なりの解釈を練り込んでいた。


「お、俺──!!」


「そんなことよりイブキってさ……どんなゲームしてたのよ?? 向こうの世界でさ」


 イブキが口を開くより先に、身体を乗り出し、顔を至近距離まで近付けてきたクルドが浅葱色の瞳を輝かせて話題をごろりと変えてくる。急な話題転換に加え女の子がグッと顔を近付けてきたことで思わずドキッとなり、身体を退いた。


「お、おおう……おおう!? い、いきなりっすか!?」


「なによ いいじゃんか。さっきまであたしが相談乗っけてあげたんだからさ。テイクアウト? じゃなくて……ギブアンドテイクでしょそこは」


「げ、ゲーム……っすか……」

 --やってるよ! ゲームはめっちゃしてるけどさ!! 一日中同じ場所を回してランクをあげてますとかいえばいいのか?? 言えるかッ!!


「ゲーム……あぁ…子供の頃よく“ハンド・モンスター”っていう奴をよくやってて……」


「……それラディもやってた奴じゃんか。他ないの? なんかコアっぽいの」


「え? じゃあ……“青空のチービー”ってうゲームを……」

 --まあ一作しか触れてないんだけどな! ソシャゲって言うよりはマシだろ!


「それも聞いたヤツじゃん……レイがうっさいくらい教えてくれた。んまぁあれかな〜けっこーメテンのいた世界のゲームの情報も集めきっちゃったってとこかな〜」


 クルドはやれやれと首を振る。なんとなく自分は価値がないと思われたプライドの高いイブキはムッとなり、彼女の肩を掴む。


「うわっ!! なにすんのよ! 幾らあたしがかわいいからって……」


「……“グランド・ストライク”ッ!!」


「……何それ?」


「俺が超極めたゲームの……名前!! そんなに知りたかったら明日にでもプロになれるくらい教えてやる!! 俺が人生を捧げたソシャゲって奴を!!」

 --うわ……ソシャゲに人生捧げたって言ってしまった……。


「そしゃげ……そしゃげ……無いよっ! 聞いたことない!! なにそれなにそれ! それやる媒体の機器から全部教えて!!」


「お……おおう!!」

 --ば、媒体から!? そーだこいつ異世界人だった!!


 クルドからトランプを奪うように受け取ってから、イブキが人生を捧げたソシャゲについて一から説明する。他人……ましてや女の子相手にここまで熱い持論を語ったのは人生で初めての事だった。


「そんでだな……“1000ランカー以外は人権がない”って言われた時、俺の心に火がついた!!! 寝る間も惜しんで何周も何周も同じクエストを回し続けてついに俺は夢の1000ランカーとしての地位を……」


「はぁ……へー……うんにゃ……」


「勿論! “歴戦場”の周回も忘れた事がない! いいかよく聞けよ!」


 イブキの熱は最高潮に達し、思わず立ち上がる。もはやボーっとトランプを眺め、イブキの話には聞く耳を持たなくなったクルドを差し置き、彼女のベットに上がり込む。そのまま大きく息を吸い、渾身の名言を残さんと声を張り上げた。


「人権キャラ以外は歴戦場くん……」


「……おいうるせぇぞ」


 名言を言い切る直前に勢いよく向かいのドアが開く。キッと睨みつける猛禽類のような鋭い瞳にあてられ、思わず氷のように固まる。


「あ……え……」


 固まるイブキを他所にラディは呆けるクルドの頭をはたき、散らかった部屋を指差す。


「……おいクルド……部屋を片付けろと散々言ってるだろ。誰の家だと思ってるんだ」


「うにゃっ! はい、今叩いたからやんない〜」


「くだらない意地を張るな追い出すぞ」


 2人の言い争いを他所にひとまず我に返ったイブキ。蒸発する程にまで頬を赤らめ後悔の念に溺れ、それを早く忘れる為にも突然やってきたラディを指指し、叫んだ。


「な……なんで……あんたが!!」


「……ここは俺の家だ。クルドはただの居候だ」


「……え!?」

 --こいつ居候だったの?


 あんぐりと口を開け、何食わぬ顔でトランプを片付けるクルドへと視線を向ける。目が合うと彼女は、フッと鼻を鳴らしてから言い捨てるように返した。


「イブキ……相変わらず説明ヘタクソだね」


「なぁ!?」

 --い、居候の癖にィィィィイイイイイ!!!!!


 わなわなと震えるイブキを他所に2人は部屋を出る。ドアを閉められてから気付いたイブキは、思い出したように慌てて部屋を出てからラディの肩を掴んだ。


「あ、あんた……さっきはよくもっ!!」


 ラディは表情一つ変えずに掴まれた腕を剥がす。そのまま傍らにあった服を3着ほどイブキに押し付け、ぶっきらぼうに言い放つ。


「……暫くはそれを着回せ。それと……」


「な、んだよ……」


「暴行に関してはすまなかったと思っている……日向秀月に対してもな。……ただ」


 予想外な反応を受けて面食らうイブキを再び睨みつけ、ラディは続けた。


「……俺は願望の為にもいずれかはおまえを倒す。それがどれだけ間違えた選択になろうともな。俺はその為に……この世界に転生したのだと信じている」


 本気の視線にイブキは固唾を呑む。返しの言葉が見当たらず、視線をズラしてから受け取った服を胸に押し付けた。

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