鳴海隼人という男(今)
「おはよう母さん、姉さん、加奈」
リビングにいる家族に爽やかな笑顔を浮かべながら挨拶する少年。
彼は鳴海隼人(身体が入れ替わった後)。
整えられた黒髪に目鼻立ちがくっきりした顔。制服は半袖になり、袖から程よく筋肉がついた腕が伸びている。シャツのボタンを2つ開け、胸元をパタパタと前後に動かして身体に風を送り込んでいた。
「お、お、お兄ちゃん! ボタン閉めて!?」
妹の加奈が頬を赤らめ慌てて隼人に駆け寄り、開けていた2つのボタンをせっせと閉めた。
「今日は暑いから開けちゃダメか?」
「だっ、だめ! そんなことしたら、クラスの女の子たちが鼻血出して貧血起こしちゃうよ!」
慌てて説得する加奈の姿に隼人は「えー…」と不満そうな声を漏らしつつ、ボタンは開けないと約束する。
「これじゃあ夏が息苦しくなる……って、母さん大丈夫?」
「ふぁ、ふぁいじょいぶ……」
鼻を大量のティッシュで抑えている隼人の母。シャツの合間から見えた隼人の肌に興奮したのだろう。
「母さんが俺の全裸を見たら死んじゃいそうだね」
「それは私のお姉ちゃんだって死んじゃうよ! 家では絶対に服を着てね? じゃないとあんなことになるからね?」
前に隼人がお風呂から上がった時、下半身だけタオルを巻き、リビングにうっかり入ってしまった日は、家族全員が大変だったことを言っているのだろう。
「トーくんおはよー!」
「トーくんおはよ〜」
後から起きてきた夏服のセーラー服姿が眩しい双子の従姉妹の楓音と汐音が隼人に勢いよく抱きつく。
「おはよう楓音ちゃんと汐音ちゃん」
2人の頭をポンポンと軽く撫でると、嬉しそうに笑った。
「隼人! 私も撫でて!」
「お兄ちゃん! 私も!」
「お、お母さんも!」
「はいはい待ってね」
鳴海家の騒がしい朝。以前と違いみんな笑顔に溢れていた。
◆
「あっ! 鳴海君だ!」
「鳴海く〜ん!」
校門をくぐると、女子生徒たちが隼人に黄色い歓声を上げながら手を振る。その姿に隼人は苦笑しながらも、彼女達に手を振り返していた。
「あぁぁぁん! 鳴海くん、私に手を振りかえしてくれた〜」
「ちょっと! 今のは私によ!」
「私に決まってるじゃないの!」
隼人に手を振られた振られていないと口論になる女子生徒たち。何故、そんなにも騒いでいるかというと、この世界の男は、わざわざ女子に対してそんな反応をしないからだ。
なので隼人のように愛想がいい男は珍しく、ただでさえ男というだけでモテモテに関わらず、優しい人柄なため、人気に拍車がかかっている。隼人の知らないところで大規模なファンクラブが設立されているほどだ。
「隼人、あんまり女の子に優しくすると痛い目見るわよ?」
姉の真依が隼人の腕にくっつきながらジト目で彼を見る。自分以外の女の子に優しくしているという嫉妬も混じっているのだろう。
「これくらい普通だと思うんだけどなぁ……」
隼人からすれば、前世で友達と挨拶を交わす時に何気にしていた行動だ。困った様子でポリポリと頬をかいている。
夏休み前の7月。制服も夏服に衣替えし、暑さも増してきたこの季節。隼人はこれから夏を迎える。
しかしこの夏は、いつもの夏と(大幅に)違うことを彼はまだ、知らない———
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